返品はお客様負担
駿河は会議室に戻って、胃の周辺をさすりながらパソコンの前に腰を下ろした。
吐き気はおさまったものの、気分は優れない。
このまま眠ってしまいたい。
しなければならない仕事はたくさんあるのに……。
しっかりしなければ。
「葵ちゃん」
頭上で声がした。
そんな呼び方をするのは1人しかいない。面倒なので返事をしないでいると、至近距離に顔を近付けられた。
「ものすごく顔色が悪いよ、大丈夫?」
大丈夫な訳がない。
正直言って、今は誰とも口をききたくない。
駿河が無言で首を横に振った時、
「よぉ、色男。お前さんに荷物が届いてるぜ?」
影山がニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
この男の顔を見ただけで、ずーん、と重い石を飲み込まされたような気分がする。
「どうやら、お前さんが本部にうつったのを知らない人間からみたいだな。差出人は不明だ」
普通郵便サイズの封筒。宛名は駿河葵様で、廿日市南署刑事課付けになっている。
駿河は黙って封筒を受け取った。
和泉も影山も興味深そうに眺めている。ここで開ける気にはなれないので、駿河はそれを内ポケットにしまい込んだ。
が、なんとなく固いものの感触を覚え、思わずもう一度取り出した。
慎重に中を開封する。
出て来たのは一枚の便箋と、見覚えのある髪飾り。
『ごめんなさい。お返しします』
「……」
ヒュー、と口笛が聞こえる。
「ひょっとして、例の元カノからか?」
影山はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
確かにこの髪飾りは駿河が美咲に贈ったものだ。
ほぼ毎日和服を着る彼女に一番喜ばれるプレゼントに違いない、と一生懸命に考えた末に。
非番の日にデパートを何軒も巡り、さんざん悩んだ末に購入した淡いピンクのパールをあしらったかんざしは、彼女の髪によく映えた。
「ひでぇもんだよな、まったく。純情な男心を弄んでよ。そんな安物より、もっといいものをくれる男を見つけたから用無しってか」
まさか、と思う反面、確かにこの字は美咲の筆跡に似ているような気がした。
だが夏の日のあの夜、彼女は言った。
今でもあなたのことが好き、と。
「なぁ、お前もいっそ被害届を出したらどうだ? 2課に同期がいるからさ、なるべく優先的に事案を扱ってもらえるよう口利きしてやってもいいんだぜ」
影山が何か言っている。
ぐるぐる、と頭の中を思い出やら、過去に美咲と交わした遣り取りが巡った。
眩暈がする。
それから、いきなりなぜか視界が変化した。
身体が浮きあがる感覚。
「じゃ、ベッドに行こうか?」
「……???」
「おい、ジュニア。優しくしてやれよ?」
「わかってますって」
視界の端で友永がニヤニヤ笑っている。
今、どうやら和泉に抱き上げられているのだと自覚した駿河は、慌てて手足をジタバタさせかけた。が、ほとんど力が入らない上に、相手の方がずっと強かった。




