ストレスが胃にくる
吐き気を覚えた。
食欲がまったくなくて、ロクに食べ物は口にしていなかったが、それでも胃の奥からこみ上げてくる不快感は無視できなかった。
洗面所で顔を洗い、鏡で自分の顔を見る。
血の気がなくて真っ青だ。
岡山からの帰り道は、駿河にとって思い出すだけでも不愉快極まりなかった。
影山のよく回る舌はとめどなく、自分の神経をいちいち逆撫でした。
所轄にいた頃からそうだ。向こうが自分の何を気に入らないのかは、よく知っている。
ものすごく理不尽な理由であることも。
それにしてもよく、自分を抑えたと思う。
先日、あまりにも腹の立つことを言われて思わず和泉のことを殴ってしまったが、今にして思えばどこか『甘え』だったのかもしれない。
彼なら、例え手を挙げても笑って許してくれるだろうという。
「……嫌なことは嫌って、はっきり言った方がいいぜ?」
背後で声がした。
振り返らなくても、鏡に映る姿を見れば誰かはわかる。
友永は隣の洗面台の前に立つと、ポケットから携帯電話を取り出した。
「見ろ、これ。絵里香が俺にくれたんだぜ?」
誰だったか……ああ、思い出した。
先日の事件を通じて親しくなった、周の友人の妹が確か、そんな名前だった。
牡蠣の貝殻を被ったドラえもんがぶら下がっている。
「俺が唯一、智哉に……不満があるとすれば、未だに遠慮するところだな」
何でも言えって、いつも言ってるのに。
彼の言いたいことはなんとなくわかった。
おそらく、班長の気持ちを代弁しているのだろう。
その時、携帯電話の着信音が鳴った。友永が応答している。
「おぅ、智哉。もう晩飯食ったか? 何食ったんだ……俺か? 俺はいつものコンビニの弁当だよ。今日は50円引きだったからな……わかってるよ、ありがとな」
先月の事件で親しくなった少年と話している時の相棒は、すっかり目尻が下がり、まるで孫を可愛がる中高年のようですらある。
「……え……? 駿河さんって、葵のことか? まぁ、他にはいないわな」
友永はちらり、とこちらを向く。
「急ぎの用か? 今はちょっと……後でかけ直させるから」
駿河は首を横に振り、彼の手から携帯電話を、ほぼ奪うような形で通話口に頬を寄せる。
「もしもし……」
『あ、篠崎です。お仕事中にすみません……』
一目見ただけでは女の子と間違えてしまうほどの、美少年はいつも礼儀正しい。
どちらかというと品のない、不作法な友永の影響を受けてしまわなければいいと、いつも心配している。
「いや……かまわない。何かあったのか?」
『実は、周のことで……』
何があったんだ? 俄かに心配になってしまう。
『今朝からずっと元気がなくて、何かあったのか聞いたんですけど、ちっとも答えてくれなくて……』
それで、と少年は続ける。
『初めは和泉さんに相談したんです。でも、どういう訳かそれなら、駿河さんに相談した方がいいよって言われて』
また和泉か。
あの男はいったい何を考えている?
『実は明日、午前中で授業が終わるんです。それで……もしお時間をとっていただけるようなら、一緒にお昼でも……って思ったんですけど』
「……わかった。どこに行けばいい?」
昼過ぎに本通り商店街入り口で。
駿河は頭にメモをし、電話を友永に返した。
そしてふと、気がついた。
なぜ、僕なんだ……?




