良い子、悪い子、普通の子。
なんだかいつもと様子が違う。
先ほどから何か言いたげな顔で見られている……ような気がする。
「ねぇ、葵ちゃん」
和泉は隣の席にいる駿河に声をかけた。ぴくっ、と反応がある。
「もしかして、僕に何か言いたいことある?」
初めは気のせいだと思った。
彼はとにかく真面目で仕事中は一切無駄口を叩かない。
そんな彼が業務上で特に必要がないのに、朝から何度か自分の方を見ているなんて。
まさかな、と思った。
「……あの、実は……」
言いにくそうに口ごもるのもめずらしい。
「お昼、一緒に行こうか?」
聡介ならそう提案するだろう。
和泉は父の真似をしてそう言ってみた。すると、
「はい」
おお、いつになく元気な返事だ。
それから午前中は幸い何事もなく、昼休憩の時間を迎えた。
「どこに行こうか? 聡さんなら迷わず社員食堂なんだけど……」
「そこがいいです」
あっさり決まり、二人は社員食堂に向かった。
刑事達はとにかく食事のスピードが速い。
あっという間に食べ終えて、お茶を飲みながら和泉は駿河に訊ねた。
「……で、なぁに?」
「昨日はどちらへお出かけでしたか? どなたとお会いになりましたか」
淡々としたいつもの口調で駿河が答える……というか、質問し返す。
和泉は思わず動きを止めた。
「僕、何かの事件の容疑者な訳?」
「いいえ、いたって個人的な関心です」
駿河は真面目な表情で答える。
裏に何かあるな、と思ったがとりあえず黙っておく。
「昨日は聡さんと一緒に、尾道へ行ってたんだ。聡さんの初孫を見にね」
「……もしかして班長の……お孫さんの母親が、和泉さんの『初恋の人』だったのですか?」
「やだな、聞こえてたの?」
確かに金曜日の夕方、聡介と日曜日の予定を話していて、ちらりとそんなことを口走った記憶がある。
「そうだよ。で、聞きたいことはそれだけ?」
駿河は少し間を置いてから、
「……奥さんはどのような女性でしたか?」
「それって、別れた奥さんのこと? ……どうもこうも、普通の女性だよ」
一般的に普通の定義は何かと聞かれたら、芸能人だとか、大企業の重役だとか、茶道や華道の家元ではなく、ごく平凡などこにでもいる社会人という意味だろう。
もっとも彼女の場合は、父親が県警本部長だったという特殊な背景はあるのだが。
「普通というと、うさこのようなという意味ですか?」
和泉は思わず笑ってしまった。
「うさこちゃんは良い子だよ。そうじゃなくて、ごく普通」
何が言いたいのかわからない。
顔には出ていないが、駿河の胸の内が手に取るようにわかる。
『うさこ』こと、稲葉結衣巡査は仕事熱心で、時々変な方向に突っ走るが、正義感の強さや被害者に寄り添う優しさ、仲間に対する気遣いの深さなど良い面がたくさんある。
だから彼女は和泉の中で『良い子』に分類される。
そうだなぁ、と和泉は窓から外を見つめつつ話し始める。
「ブランド物と立派な肩書が大好きで、目立つこと大好き、自分大好き。嫌いなものは、自分の思い通りに他人が動いてくれないこと、旦那が他の女性と話してること。おっと、そういえば聡さんのことも、良く言ったことがなかったな」
「……つまり、自己中心的で嫉妬深い女性ということですか?」
「それを言ったら身も蓋もないけどそうなるね。葵ちゃんの考える『普通の女性』と、僕の考える『普通の女性』は基準が違うみたいだ」
「ではなぜ、その普通の女性と結婚なさったのですか?」
もしかして、それが一番訊きたかったのではないだろうか。
「お茶、もう一杯欲しいなぁ……」
駿河はすかさず立ち上がって、給湯器のところへお茶を汲みに行った。
「ありがと。ま、一言で片づけるなら気に入られたから、かな?」
「……気に入られた?」
「県警本部長の娘に気に入られるなんて、ノンキャリアで独身の男なら願ってもないチャンスじゃない? 断る理由なんてないでしょ」
「……」
「もっとも、わりとすぐ上手くいかなくなって現在に至る訳だけど」
向こうもきっと失敗したと後悔しているに違いない。
和泉は苦笑した。
「で、誰がそんなこと僕に聞いてくれって頼んできたの?」
つと、駿河の額に浮かんだ汗が流れた。
「誰にも頼まれてはいません……」
「ふーん、まぁいいけど」
どうせ女警か事務員の誰かだろう。
その時は和泉にはそれしか思い浮かばなかった。




