恐怖
全身全霊の一撃。拳を放った格郎もまた、大地に両膝をついた。格郎は限界以上に肉体を酷使していた。全身の筋肉ははち切れんばかりにバンプアップし、血まみれの肉体はさながら童話の鬼を彷彿とさせた。
「…たいしたヤツだ…ミスったなぁ」
男が声を震わせながら呟いた。
「…」
格郎は男の方に目を向けた。驚きを隠せなかった。死んだと思っていたからだ。
「ふふふ…強い人間も…まだまだいるんだなぁ…ふふふ」
しかし男の声にはすでに死の気配が漂っていた。
「お前…名前は」
格郎は男に名前を問われた。
「…カクロー…泰田格郎」
「カクロー…タイダ…変わった名前だな…」
「あんたは…」
格郎も男の名前を問う。
「私か…私は、ワインノード…ワインノード…グラムトン…」
「…あんた人間か?」
「ふふふ…そうさ。私は人間だよ。…腕っ節のワインノード…ダハルの戦士だった」
ダハルとはアルマ大陸の五大国の一つである。
「なぜ…人間の戦士が魔王の手先に」
格郎は純粋な疑問をぶつけた。何故これほどまでに強く、優れた戦士が魔王の軍門にくだったのか。
「…それはな…恐怖だ」
男は自嘲気味に語り出した。
「…私は喧嘩でも戦争でも負け知らずだった。修羅場も潜ってきた。だがその私がね…あの男に…震えが止まらなかった。これが恐怖かと…今まで感じたことのない感情だった」
「あの男…?」
「あぁ…ある日酒場でいつものように飲んでいた…そしたら隣にそいつが座ってきたのさ。そしたら…しこたま酒を飲んでいたというのに、酔いが全く無くなった。恐怖がそうさせたのさ…。そいつは魔王の側近を名乗った。この男に従わなければ…私は死ぬより酷い目に遭わされるのだろう…そう確信した」
ワインノードの声からどんどん生気が抜けてゆく。
「ただ側近の男は言った…私に声をかけたのは私が優れた戦士であるからだと…ふふふ…嘘っぱちもいいところだ。…気をつけろよ…カクロー。私なんぞ取るに足らない程のヤツらが…待ちか構えてるぞ…」
「…」
ワインノードは息絶えたようだった。