・2章 幸福を欲しますか?
無銘の悪魔?なんだそれ。
「人によれば天使とも揶揄する人がいて少し困っちゃうんですよね~。」
天使?悪魔が?それこそ逆説してる。
それはそうとさっきから流れているバイオリンか何かの独奏曲は何なんだ。
「…さっきから流れているこの独奏曲は何?」
「ここは私達の仕事場と言いましたよねぇ?うーむ。貴方達人間界でのモノに例えると店内BGMってやつですよ~」
何やらクッキーをポリポリと食べながら答える。
「あ。バイオリンは好きじゃないですか?では…」
そう言って悪魔が指をパチンと鳴らすとバイオリンの音が消え、ピアノの美しくもどこか切なげな旋律が聴こえ始める。テンポは少し早く、ノリやすい。
ここが俺の夢の中であり、同時に彼女らの仕事場だと渋々理解し始める。
「で、お前らは何ができて何を成すつもりなんだ?」
率直にそう質問する。
「簡単に申しますと…貴方達お客様に望んだ幸福を与える、という事ですねぇ」
なるほど。天使とも揶揄される意味が何となくわかった気がする。
だが、それだけでは無いだろう。悪魔と呼ばれるモノが代価も何もなくホイホイと人を幸せにするわけがない
「…対価は何だ。」
そう聞くと悪魔…アニスとやらは接客業者のする独特の笑みをつくり
「貴方が幸福を得る為に、お代はいりません♪」
と答えた。俺は半信半疑で
「じゃあ俺を幸福にしてみてよ」
と言う。何かしらの代価があるならば、その異変に気付くだろう。
するとアニスとやらは目を細め口角を少し緩ませニヤリと笑む。…なんだか危ないことをしている気がする。
そう、まるで悪魔の契約書にサインでもしてるように。
「信じてませんよねぇ?まあ、そう易々《やすやす》と信じては貰えませんよね。んー。まあ、いきなり大きな幸福を与えるのも癪ですし…簡単な事から叶えましょう。さあ、何を願いますか?」
本当に叶える、と。
良いだろう。こちらの判断材料にもなる。なら、
「ここから出たら宝くじを買う。その宝くじで少額で良い。そうだな…1000円くらいで良いから…」
そこまで言うとアニスとやらは深く溜め息をつきながら
「貴方達人間って皆そうなんですか?もっと簡単に幸福が判断出来て、もっと奇跡的なモノを提案すれば良い判断材料になるのに…」
と続けた。どいつもこいつも同じ手口ばっかでツマラナイと言いたげな顔で頬杖をつき、唇を尖らせてそっぽを向いている。
「な、なら万人が観測できる流星でも降らせてみろよ」
と言うと驚きと呆れを含んだ皮肉な笑みで
「貴方、バカですか」
と返される。いや、奇跡的なモノを望んだのそっちだろ!と言い返したくもなったが、その前に悪魔の言葉でその考えが絶ちきられる。
「スケールが違います。それに、一人を対象にしているのに万人とは…私を殺す気ですか?」
悪魔を殺しても犯罪にはならないよね。という考えが一瞬頭をよぎるが、悪魔というだけで常識離れした存在を殺したら何が起こるか解らないという恐れからその考えを脳裏から払拭する。
「…じゃあここから出たらアタッシュケースを拾って交番に届けたら落とし主から少しお金を貰える、てのでどう?」
と言うと笑顔で「は~い!」と悪魔は返事をして胸の前で合掌する。そう言えば…
「そっちの猫?と遊んでる子は何もしないけど…」
「あぁ。シーナはいっつも喋らずに猫と戯れるんですよぉ。でも彼女、子どもっぽいでしょ?だからいつも遊ばせておいて私が働くんです」
それで良いのか悪魔よ。
「あ、そろそろですかね?」
そうアニスが言うと意識が薄れていき妙な浮遊感を得る。
成る程、目が覚めるのか。薄れゆく意識の中、最後に聞こえた言葉は…
「それでは良い日常を~。あ、お代はいりません♪」
…………
………
……
…
「…ハッ」
朝、ソファーの上で目を覚ます。
視線を横に向けると机の上にラップにかけられたご飯が用意されていた。まどろみの中で起こったあの出来事をうっすらと覚えている。あれを明晰夢と言うならそうだろう。
夢は目覚めたときに思い出せなくなる。
俺は洗面所へと行きいつもと同じことを済ませて用意されていたご飯を食べつつ身支度を《みじたく》する。
俺はふと時計を見る。すると時計の針は7:15を指していた。
母さんは…いない。そう言えば今日は早く出ると昨日言ってたな。
今日見た夢のことをあまり鮮明には覚えていない。
覚えているのは…白い壁と床と天井に囲まれた空間にポツリと二人の悪魔を称する女性が居たこと、望んだ幸福を与える、だが、対価は無いという言葉…という風に所々欠けていてハッキリとは思い出せない。
少し不思議な夢だった。
夢の事を思い出せないとは言えどハッキリ覚えているモノが一つある。
それは、アタッシュケースを拾って交番に届けたら落とし主から少しお金を貰えるという望んだ幸福。
俺はそうやって考えに更けながらご飯を平らげる。
制服のまま寝てしまっていたようで、服は少しシワができている。
「…そう言えばクラスの女子たちが噂していたな。夢の中に現れて望んだ幸福を与える悪魔の噂を。Google検索かけてみるか」
そう独り誰もいないの部屋に呟く。当然のことだが返事はない。
俺はスマホで夢の中 悪魔で検索をかける。すると夢魔という言葉が出てきたが、違う。
ならば、と思い次は幸福与える悪魔で検索する。
これも芳しくないものばかりだ。仕方がないから図書館でも行くか。
そろそろ良い時間だから登校しよう。
* * *
「…あれ?黒い、箱?アタッシュケースか?」
見るのは悪いだろうが好奇心には勝てないな。俺は開けてみた。次に眼下に広がった景色に俺は息を飲む。
「なんだ…これ…」
そこには…束になった紙幣が、福沢諭吉が書かれている紙幣が大量にずらりと並べられている。おいおい、これって、これってまさか…!
俺は怪しまれる事を畏れアタッシュケースを閉めて近くの交番へ向かって運ぶ。
意外に重かったが、なんとかなった。
警官達も目を丸くしてアタッシュケースの黒で余計に引き立てられているケース中の景色を見る。
暫くするとブランドモノで揃えた服装をしてスラッとした男性が焦りの表情で小走りしてきた。
そして俺にペコペコ頭を下げてお礼に、半ば強引にだったが10枚ほどの紙幣を渡された。
…なんだよこれ、なんなんだよ!金額は別として望んだ結末を辿っているじゃないか!
俺はそれが少し怖くなり走って学校へ向かった。
* * *
《昼 教室》
「…さ!…かさ!おい、司!聞いてんのか!?」
俺はハッと顔を上げる。健斗が《なか》半ば呆れたようにも怒っているようにも捉えれる顔で俺を見る。
「えっと…何?」
「はぁ!?お前大丈夫か?なんか今日変だぞ?」
健斗は俺の肩を掴んでユサユサと前後に振る。
「本当に大丈夫か?具合悪いんじゃね?なんか今日、ずっと上の空っていうか放心した顔でボー…っとしてたぞ?」
晃太は何やら怪訝な顔で俺を見つめつつ言う。
「…もしかして、恋か!?」
健斗が大声でそう叫ぶ。クラス中が静まり視線が集まる。
「…えっ?…お、おいおいおいおい!待て!どうしてそうなる!」
「いや、だってずっと上の空だったしさー!何言っても聞いてなかったしさー!」
俺の必死の弁解をよそに健斗は目を輝かせて大声で言う。
俺はその場に居るのが段々恥ずかしくなって教室を出る。
「俺は応援するぞー!!!」
という健斗の声援が背中に刺さる。その声に押されるように俺は図書室へ向かって走りだす。
* * *
《図書室》
「…失礼します」
「ん?おお、いらっしゃ…」
声の主はそこまで言って顔を上げる。
すると何やら化物でも見たかのように目を見開き口をパクパクと動かしている。そして椅子から飛び退き
「つ、つか…いったぁ!!」
と名前を呼びつつ躓いて転び、顔を受付の机で強打し焦りか驚きかで上ずった声で悲痛な叫びをあげる。
たまたま人のいない図書室にその声はエコーする。
「だ、大丈夫ですか…?如月先生。というか、そんなに驚く程ですか…」
声の主、如月先生は涙目で額を押さえつつ床に落ちた眼鏡を取り
「図書室へ滅多に来ない…いや、全く来なかったお前が来るのがあまら(10の-23乗、1000垓分の1)珍しくてなぁ」
と言う。だとしても驚いて椅子から飛び退き、その勢いで躓いて机で顔を打つという見事なピタゴラス起こすなんてこの人ある意味スゲーわ。
この人、如月先生は古典を担当して下さっている男の先生で、授業はいつも本の話に脱線する。
そして授業が無ければ基本図書室に籠ることから生徒より本の虫という不名誉な称号を付けられている。
本を読んでばっかりいるせいか、いつもドジ踏んでそれがいつも皆を笑わせる。
悪戯すると反応が滅茶苦茶面白いから一部の先生に少し弄られている。
「で、何のようだ?」
「本を読みに」
すると先生はお前本当に司かと言いたげな顔で俺を見る。
そんな先生を横目に俺は本を探す。夢に関する本を。何か手掛かりがあるかもしれないから。
「あいつが図書室へ来て本を読むなんてなぁ…天変地異でも起こるんじゃねぇかぁ?」
後ろで何やら声が聞こえた気がしたが、俺は華麗にスルーする。
* * *
「ん?おぉ。もう25分か。あいつは…アレ?いない。そ、そうか。流石に帰った…」
「先生。これ、借ります」
何やら安堵の表情を浮かべる先生の言葉を遮るように俺はそう告げる。
「あぁ。そうか、……………えぇぇぇ!?」
ここまでくると最早失礼じゃないだろうか。その言葉を俺は心の中で放つ。
先生は驚いたまま固まった表情で本のバーコードを機械で読み込む。
「は、はい。どうぞ」
「ありがとうございます。」
軽く会釈して図書室から出る。
あ、教室…帰りたくねーなぁ…
そんな俺の思いを差し置いて昼休み終了のチャイムが鳴る。
* * *
《夕方 家》
「ただいまー」
鍵が開いていたので母さんはもう帰ってきているのだろう。
「おかえりー」
台所から声がする。
俺はさっさと階段をかけ登り自室へ入る。借りてきた本を読むために。
にしても、今日は散々だった。健斗め、いつか報復してやる。部屋に入ると早速本を読む。
「夢とは、『睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像のこと。睡眠中にもつ幻覚のこと』か。」
確かにやけに感覚が冴えていた気がする。それに非現実的だったし幻覚と言えないことは無い。
だか、なぜ願った幸福が叶っていた?偶然?
…あれは意図的に仕組まれた必然だったとしか考えれないほど思い通りに進んだ。そんなことがあるのか?
そう考えを巡らせつつ続きを読む
「『夢から起きると90%は忘れている。夢に出てくる言葉はどれも抽象的で覚えていることはほとんど無い。また、夢を見てないという人は忘れているだけであり、本当は目が見えない人でも見る。見えない人は精神状態に大きな負の障害を抱えた人だけである。夢を見ない程精神に異常をきたした人は数少ない』」
…俺はただ記憶力が良いだけなのか?
それにしては不鮮明とは言え、90%忘れたとは言えないほど鮮明に覚えている。
それにハッキリと言葉を覚えていることはあり得るのか?
これには『ハッキリと』なんて書いていない。なら、本当に記憶力が良いだけ?
…うーむ。夢についての理解は深まったが、
「わからん。何か手懸かりが掴めると思ったのに検討外れすぎて当てにならないな…」
俺は制服から部屋着に着替え、ふてくされたようにベットに寝転がる。
普段本を読まないから目が疲れたのか視界が霞む。
俺はそのまま、まどろみの中へと旅立った




