翼
「うん。」
「そうだね。別れようか。」
「普通に好きだよ。」
「普通──は、普通。」
「うん。」
「じゃあ、またね。」
夕方。
屋上。
汗ばんだ手を握る。
開いて、また握って。
手のひらに浮く汗に嫌悪感を覚えた。
涼しげな風にスカートが揺れる。
夏の匂いを吸い込んで柵を越える。
誰もわたしを理解してくれないから。
理解しようとしてくれないから。
こうなったのだという文を書いたのだが、あれに何の意味があったのだろう。
理由もわからず突然という方が彼らのダメージにはなったのではないだろうか。
少し後悔をする。
死にたいわけではない。
飛びたいのだ。
空を飛んで、自由になりたい。
でも、人間は飛べない。
肩甲骨が痛くても羽は生えてこなかった。
ペンを手にしても現実にはならなかった。
残酷だと思った。
スカートのポケットにつっこんだ携帯端末が鳴る。
あなたと会話をするのもこれで最後。
「もしもし。」
「分からないならそれで良いよ。」
「うん。」
「ばいばい。」
彼は最後までわたしに理解を示さなかった。
散々説明したのも聞いていなかったんだ。
携帯端末を初期化する。
意味などない。
データのなくなったそれを投げ捨てる。
下の方で壊れる音がした。
痛い。
携帯端末に感情などないのにその音が言った気がした。
これで捨て損ねたものは無くなった。
部活動に励む同級生の声が妬ましい。
幸せなんてどこにもない。
探して見つかるものでもない。
ローファーを脱いで横に並べる。
既視感に戸惑う。
もしも、この世界にエーテルが存在していたなら。
昔見た映画を思い出した。
記憶。
思い出。
感情。
すべて無くなってしまえば良いのだ。
ただロボットのように、言われたことを淡々とこなすことが出来ていたのならどんなに良かったことだろう。
部活動終了を告げるチャイムが鳴った。
それが合図な気がした。
大きく息を吸う。
吐いて。
吸う。
すべてが終わる。
そのことに今まで味わったこともないような歓びを感じた。
「さよなら。」
翼を広げて、わたしは飛んだ。