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第七話 源あげはと麹町時也 その6


真里菜まりなちゃんを探してたんだ。もうすぐ本鈴が鳴るのに、教室に戻って来ないからさぁ」


 へらりと笑みを浮かべる時也ときやを見たら、今までの緊張感がぐっと減少した。


「邪魔してくれてんじゃねーよ。また包丁投げられたいのか?」

「ちょ……あげはくん、しまってしまって」


 本当に包丁を取り出して構えたあげはを、慌てていさめる。

 少し迷った後、あげははしぶしぶといった様子で調理器具入れに包丁をしまった。特技が料理という手前、あげはは包丁を持ち歩いているが、性格との相性が最悪だ。


「あぁ、こっわ」

「全く怖がってるようには見えねーけどな。あんた随分と狙ったようなタイミングで来たけど、わざとだろ」

「何のことかな?」


 可愛らしい顔を忘れさせるほどの迫力ある表情で時也に対して凄むあげは。大丈夫? 相手が先輩だってこと忘れてない?


 対する時也は口元に微かな笑みを浮かべているものの、瞳が、笑っていない。


 二人の間で私は、「ストップ」と声を掛けた。それぞれの顔に掌を向けて制止する。


「真里菜ちゃん! その手……!」

「手?」


 時也に言われて、手を見ると、まだあげはのつけた歯形が残っていた。


「こいつにやられたの?」

「へ、平気だよ」


 なんだか時也の驚き方があまりにも大げさで、つい手を隠してしまう。


「平気かどうかはオレが決める」


 素早い動きに私は反応ができなかった。そのまま手を時也に奪われてしまう。真剣な眼差しで私の手の状態を観察する時也に、見入ってしまった。


「平気に決まってんだろーが。手加減してんだからよ。適当な理由つけて真里菜先輩に触ってんじゃねーよ。この万年発情期のチャラチャラ野郎!」


 あげはの言葉に、今まで時也が反応したことはない。けれど、今回は違った。


「手加減していたって女の子の手を痕が残るほど噛むなんて、行き過ぎた行為だよ。見過ごすわけにはいかない」

「で、見過ごせないご子息様は、父親に頼んで僕を退学にでもする、と。できるもんならやってみろよ」

「親父は……親父は関係ない。オレが自分で真里菜ちゃんを守るだけだ」

「麹町くん……」


 胸が熱くなる。

 どうなってるの? この気持ちは、何?


「さっすが彼氏ともなると違うな。かーっこいいー。け・ど」

「何、きゃ……」


 腕を突然引っ張られ、私はバランスを崩した。とっさに目を閉じる。



 顎に、手がかかる。



 何かが、唇に当たった。




 え、と思って目を開けると、そこにはあげはの顔が間近にあって。




 ――私、あげはとキスしてた。……時也の目の前で。



「えへっ。貰ってもらっちゃった、僕のファーストキス」


 呆然とする私と時也を尻目に、あげはは笑顔を浮かべた。時也を見ている時の顔とは違う、本当に嬉しそうな笑顔。

 キスされた私はショックなのに、あげはの先輩の私はあげはを怒れない。


 怒らない私を見て、


「ふぅん、悪くない反応ですね」


 と頷いた。


 本鈴が鳴る。もう、授業が始まってしまった。


「諦めませんよ、僕。欲しいものは奪い取ってでも手に入れる主義なんで」


 じゃあまた、とあげはは扉をくぐる。早足で去っていったあげはの靴音は、すぐに聞えなくなった。


 唇の感覚が、おかしい。むずむずする。


 ただの可愛い後輩だったあげは。

 カニバリズムの傾向を見せていた怖いあげは。

 男の子で、私をドキドキさせるあげは。


 私はあげはを、初めて男の子として意識した。途端、今の状況が恥ずかしくなる。

 見られた。キスしてるのを、時也に。


「あ……あぁ……」


 すさまじく恥ずかしい。体がゆでられてしまったかのよう。

 時也と視線が交わせない。


「ご、ごめん。私ももう行くね。本鈴鳴ったし……」


 うつむいたまま、時也の横を通り過ぎる。

 迎えに来たクラスメイトの時也を置いて、私は教室に向かった。

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