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第六話 源あげはと麹町時也 その5

 ――わ、私と時也ときやが付き合ってる?

 そんなことない。そんな事実はない、のだけれど。


「な、ななななんでそんなこと思ったの!?」


 事実ではないけれど、おかしい、心の奥ではあげはのしてくれた勘違いがなぜか少し嬉しい。


「そんなに動揺するなんて……言葉で肯定されるより行動で示される方がショックなんですけど」


 がっかりです、と肩を落とすあげは。

 謎の浮かれた気分が削ぎ落ち、遅ればせながらの否定をする。


「違う、違う。私と麹町こうじまちくんは付き合ってなんか……え」

「こんなことしてたのに?」


 あげはは私の手を口元に寄せて、軽く口づけた。ぷっくりとした唇が私の手に当たって変形している。

 された私はパニックで、金魚みたいに赤面して口をパクパクさせるしかない。


「こ……こんなことした覚えないよ!」

「……嘘つき」


 低く呟いたあげはは、まるで知らない人みたいだった。


「あ、あげは……」

「こうして」


 指を甘噛みされる。


「っ! あげはくん……っ!」


 指先から走った妙な感覚に悩まされ、私は非難を込めてあげはを呼んだ。

 しかしあげははそれを意にも介さない。そのまま動き続けていく。


「こう、していたじゃないですか!」


 パクリ、と私の指を含んだあげはは、容赦無く指を噛んだ。


「痛っ……」


 手を引こうとして、しかし、あげはの力に負けて叶わない。

 あげはってこんなに力強かったっけ?


「ふふっ。血が出てますね。口の中で先輩の味がします。――美味しいですよ」


 あげはの隙をついて手を引っ込めた。

 頭に昨日のカニバリズムがよぎる。


 歯型に傷ついた指先が、食べられかけたのだ、と私を追い詰める。

 怖い、怖い。

 指先と、苛立つあげはを交互に見つめ、私は言った。


「た、食べないで」

「…………………………」

「食べないで、ください」


 返事がないからもう一度、頭を下げてお願いする。


「食べるって言ったらどうします?」


 キーンコーン……――


 あげはの言葉に掛かるように、予鈴が鳴りだした。

 お互い見つめあったまま。私は怖くてあげはから目をそらせない。たぶんあげはの方は、私を逃がさないために瞬きの回数を減らしてまで睨み続けているんだと思う。


 チャイムが鳴り終わった。


「あ、げはくん。授業」

「僕は先輩を食べたいのかもしれない」


 ほ、本気?

 思わず後ずさりしたら、追うようにあげはが距離を縮めてきた。


「ただでさえ極上の先輩を、美味しく飾り立てて、髪の毛一本残さずじっくり味わい尽くしたい。そう思うのはおかしなことでしょうか?」


 脳裏にちらちらと、幸せそうにヒロインを頬張っていたあげはのスチルが浮かぶ。

 やっぱりあのあげはと目の前の……私のよく知るあげはは同一人物なんだ。同様の狂気を感じてならない。


「おかしいよ。だって食べるってことは要するに、死んじゃうってことなんだよ? 顔も見られなくなるし、話だってできなくなる。今まで一緒にやってきたこと……例えば今日みたいに料理を作って食べるのだってできなくなっちゃう。それって本当に……幸せなの?」

「……真里菜先輩」


 ゆっくりと近づいて来るあげはの瞳に、吸い込まれてしまいそう。

 一歩、また一歩と壁際に追い詰められ、ついに背中がぶつかった。もう逃げられない。


「……それ、本気で言ってるんですか?」

「ほ、本気に決まってる!」


 負けちゃダメ。ここで引いたら、分かってもらえない。


「ふっ」

「へ?」

「あはははははははははははははっ」

「な、なに? どうして笑うの?」


 なんか別の意味で怖いんだけど。


「すみません。ちょっと冗談のつもりだったんですけど、まさか先輩がそこまで本気マジで怯えるとは思っていなかったんです」

「じょ、冗談!?」


 確かに、もうあげはに怖い感じは残ってない。けど、そんなまさか冗談だとは思わなかった。だって指だって……。


「そうだよ! 指! 冗談にしてはやりすぎ」

「先輩、よく見てください。確かに歯形はついてますけど、血なんか出ていませんよ」


 指摘されて、見ると……た、確かに切れていない。恐怖と混乱が、痛みを過大に感じさせていたらしかった。


「本当に噛み切りたかったんですが……さすがにそこまでする勇気はありませんでした。臆病ですね、僕」

「い、いいよ。そのまま臆病でいて」

「いいえ。臆病のままではいられないんです」


 ち、近い。

 その距離わずか15センチ。そんな至近距離で見つめられ、ドクドクと鼓動が早鐘を打つ。


「先輩、僕は……」


 あげはの言葉を待っていると、背中に違和感が生まれた。


「なっ! う、うわあああぁぁぁぁ」

「先輩!」


 寄りかかっていたはずの壁が消えた。私が寄りかかっていたのは、ドアだったらしい。


「っと。平気?」


 けれど私は倒れ込むことなく、何かに支えられて事なきを得た。


 首を回して後ろを向くと、そこにはよく知るクラスメイトの姿があった。


「な、なんでここに? 麹町くん!?」

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