第十七話 初めての秘密
ここから第二章です。
時也と付き合うようになって、私の学園生活は一変した。
「あの人が噂の――」
「えっ、意外と――」
「あんな子が時也のカノジョなの? 信じらんなーい」
「趣味悪くね~」
「マニアックっていうか――」
声の全部が私の耳で拾いきれるわけじゃないけど、耳には入ってくる噂。校内の有名な人と付き合うということは、それに耐えるってことになる。
「釣り合ってない、かな……」
時也は理事長の息子で、その上頭も良くて、女の子にもモテる。
対して、私は――一般家庭の育ちで、頭も平均。男の子には――あげは以外には好かれたことも、この十七年生きてきて一度もなし。
「分かってんじゃねーか、ブス」
「……っ!」
私の独り言が誰かに聞かれていたらしい。すれ違いざまに罵られて、私は慌てて顔を上げた。でももうそこには誰もいなくて、相手が誰だったのかも分からない。
見えない敵意にさらされて、私は溜息を吐いた。
「遅くなっちゃった~」
六時間目が総合の授業で外に出ていたため、今日のホームルームはない。戻ってくるのが遅くなった私は、放課後になってひとり教室にいた。
時也は理事長に呼び出されていて、今日は校門前で待ち合わせて一緒に帰る約束だ。
帰りの準備のために、急いで机から教科書を取り出していると――カシャン。
「え……」
音に反応して見ると、床には見覚えのない白い小袋が落ちていた。
「なんだろう」
拾って中身を確認すると、葉っぱがモチーフの緑色をした可愛らしいブレスレットが入っていた。可愛らしいビーズ作りのそれは、私の好みにぴったりだった。
「麹町くん……」
一瞬でそう直感した。私にこんなプレゼントをするのは時也しかありえない。
「もう、直接渡してくれればいいのに」
思わず顔が緩む。
他の誰が私と時也の付き合いに文句を言ったとしても、こうして時也が幸せをくれるから私は笑っていられるんだ。
「つけちゃおう!」
ウキウキしながら留め金を外し、腕に巻く。
「……あ、きゃ!」
後ろから押されて、私は転んでしまった。なんとか手をついて顔面から激突するのは防げたけどね。
「何す……」
冷ややかな目つきで私を見下ろしていたのは、クラスメイトのあんまり話したことない女子生徒だった。
彼女は私の脇を通り過ぎ。
「あ!」
飛んで行ってしまったブレスレットの方へと歩いていく。
なんだか嫌な予感がした。
「ダメ――!」
「っ!」
私がブレスレットを拾おうとしているのが分かると、彼女は素早くブレスレットを蹴飛ばしてはじいた。
「きゃあ!」
目標を見失った私は、床に寝そべるようにこけた。
慌てて視線をブレスレットの飛んだ方へ移す。
「あ……」
彼女が、ブレスレットを踏みつけようとしている。
「やめて!」
カチャリ、と音を立ててブレスレットは砕けた。
「なんか、今日の真里菜ちゃん元気ないね」
「そ、そう?」
帰りは時也と一緒。いつもなら幸せな時間なんだけど。今日はちょっと違っていた。
あの壊れてしまったブレスレットのことが頭から離れない。
せっかく時也がくれたものなのに、使う前に壊してしまってなんて言っていいかが分からなかった。
ブレスレットの話題になったら、と思うと時也との会話も弾まないわけで。
「オレに隠し事?」
「え……」
ドキリとした。
「……ないよ。隠し事なんて」
「……ふーん」
その後の会話は終始重くて、付き合って初めて、早く時也から離れたいと思った。




