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第十四話 麹町時也と理事長


 期末テストが終わり、学年順位が廊下に貼り出された。上位五十名の名前がずらりと並ぶ。

 成績上位者もそうでない者も、ぞろぞろとその順位を確認しに行く。

 可もなく不可もない私には縁のないものだけど、他の生徒たちの動きに釣られて廊下に出た。


「すっげぇ、委員長。満点トップだって」

「つーか、一位と二位凄すぎ。三位以下と別次元の点数ついてるし」


 廊下の端で騒いでいるのは、うちのクラスの生徒たちだ。


「何、何? どうしたの?」


 近づいて尋ねると、興奮した様子で順位表を指し示された。


「あれ、あれ! のぞむが千点満点!」


 視線を向けると、一の文字の下に『羽鳥はとり望』と書かれている。そしてその下にはやや小さめの字で1000と書かれている。……その他全員と比べて桁が一つ多い。


「すっごい! 望くんが頭いいのは知ってたけど、こんなに凄いなんて……」

「当然だ」


 ぶっきらぼうな口調で隣から声がした。

 望が腕を組んで、順位表を見上げている。


「今回は中間の時以上に勉強した。それが結果に反映されたまでだ」

「勉強したっていうのは分かるけど……それにしたって満点って……」

「まぁ、満点だったのは偶然だな。いくら理解が深かったとしても、一つのミスもなく解答欄を埋めていくのは難しい」


 視線を少しずらし、望は「しかし」と続けた。


「満点を取れたのが今回で良かった。……ふふ、ふふふふふふふふふ」


 周りにいた望の友人も、その低い笑い声を聞いた瞬間身を引いた。

 望が不気味な笑い声を上げたのには理由がある。


 私も、望が見ていた二位の欄へと視線を移す。


 ――二位 麹町こうじまち時也ときや 998


「ふふふ。二点差とはいえ勝ちは勝ち」

「麹町くん、すごいなー」

「……俺の方がすごい」


 私が時也を褒めたらすかさず望が自己アピール。負けず嫌いらしく、意地になる様子が面白い。


「二位と三位で百点近く差があるもん。二人とも次元が違うよ」

「えっへへ~、真里菜まりなちゃんに褒められちゃったぁ~」


 噂をすれば影が差す。

 固い雰囲気の望とは対称的に、ゆるんだ顔で現れたのは麹町時也その人だった。


「出たな、負け犬」

「オレに勝てて好調だね、委員長」


 からからと楽しそうに笑う時也はまるで勝者のようだ。



 望と時也のやり取りに夢中になっていて気付かなかった。


 近くにいた望の友人たちを含め、生徒たちがいつの間にか消えている。



「何を騒いでいる」


 冷たく厳しい声が廊下に響き渡った。


「理事長!」


 望が言った。


 理事長? ということは、時也のパパさん?

 つい時也と理事長を見比べてみたけれど、全然似ていない。顔立ちを比べる以前に身にまとう空気感がまるで違う。


 理事長は私たちを順番に眺めた後、順位表へと目を向けた。そして溜息を吐く。


「時也。なんだこの結果は」

「ん~、期末テストの結果かな」

「それは分かっている。問題は中身だ。……なぜ二位だというのにそんなにへらへらとしていられるんだ」


 威圧的な物言いに、傍で見ていた私の方が絶句した。

 二位だって十分にすごいことだ。……ううん、この結果表に名前が載るだけですごいこと。


「二位だって良いよね。親父の方こそ順位ばっか見て点数を見てないんでしょ」

「二点欠けたという事実が何を指すか分かっていないようだな」


 理事長の声が一層厳しいものに変化した。


「点数を見るに、能力的には拮抗しているのだろう。しかし能力が互角であるにも関わらず負けたということは、勝負所で決められない大バカ者ということだ」

「勝負所って……たかが学校のテストだよぉ。一位だって二位だって、付く成績は5じゃないの」

「たかがテストで勝てないようでは、この先重要な勝負で勝てるはずがない」


 熱の籠もった眼差しで、理事長は時也を睨めつける。


「いいか、時也」

「よくない。聞かない。耳障り」


 廊下に嫌な沈黙が生まれた。

 こんな怖そうな理事長になんて口を利くんだ。いやまぁ、時也にとっては父親だから親しみがあるんだろうけど。


「もうオレ行くね。あと、学校では話しかけないで」

「待ちなさい、時也」


 走らんばかりの早足で廊下を去っていく時也。それを追う理事長。

 遠くで成り行きを見守っていた生徒が、ぎょっとして道を開けた。周囲を気にせず二人は言い争いをしながら、去って行った。

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