第十三話 木内尊と麹町時也 その6
時也には危ないことをして欲しくない。
無意識に思っていたことが、行動に表れていた。
私は時也が――。
「オレってそんなに頼りにならないかなぁ?」
「え……」
「木に登ったことだけじゃない。その前だって、迷子の心配してたよね」
心配。そう言ってしまうと、時也を侮っているようだけど、違う。私は無意識下で、字の如く心配りをしていただけだ。
「真里菜ちゃんから頼りにしてもらえないのは、結構辛いんだけどなぁ」
言葉通り、辛そうな顔をして時也は笑った。そんな顔で笑うくらいなら、泣いてくれた方がまだマシだ。
頼りにしてないなんて、とんでもない誤解である。
私は時也を信用してるし、十分頼ってもいると思う。
「こう……」
「みゃあ、みゃあ」
猫が鳴く。
「……戻ろっか。木内先輩に報告しないとだし」
「うん、そうだね……」
もやもやと言いたいことを溜めたまま、私は時也と共に尊の家へと向かった。
ちょうど西側を探し終えた尊と家の前で鉢合わせ、猫が見つかったことを伝えた。
すると彼は普段の無愛想からは想像もつかない満面の笑みを見せた。
「ふふっ。良かったですね、先輩」
つられて私も笑う。けれど時也はそっぽを向いたまま。
様子に気づいた尊は時也に声をかける。
「ありがとな。つーか、どうした。機嫌悪そうだな。何かあったのか?」
「別にー」
「嘘吐け。んな不機嫌丸出しのツラしてて騙せると思うんじゃねーよ。どうせ青木と喧嘩でもしたんだろ?」
尊は振り向き、「だよな」と私に同意を求めてきた。ギクリとして固まる。喧嘩ではないのだけれど、時也を怒らせてしまったのは事実だ。
「喧嘩なんかしてませぇん」
いつもの調子に似せた口調で、時也は否定した。しかしその後すぐに視線を落とす。
「ただオレが勝手に……」
傷ついた心が垣間見えた気がした。
体の内から、強く思いが溢れてきて、私には止めることができなかった。
「そうじゃない! 麹町くんは悪くない。私が、麹町くんの気持ちを考えなかったのがいけないの」
「真里菜ちゃん……」
「さっき、麹町くんは頼られてないって言ったけど、全然そんなことない。私、麹町くんにすごく甘えてる」
そう言ったら、時也は少しだけ目を見開いた。
「あげはのことだって、本当は私が立ち向かっていかないといけないことなのに、麹町くんが守ってくれてるし。ね、だから頼られてないなんて言わないでよ」
時也の悲痛な顔を見るのは、私の方が苦しくなる。
もう、ごまかせない。
最初はただ平和へ続くルートという存在だった。
それがいつの間にか、大切な友人になって、そして。
――本当に、好きになっていた。
「はぁ……」
時也の溜息に、嫌な予感がして身体が強張る。緊張したまま時也の言葉を待った。
「本当に、敵わないな真里菜ちゃんにはさぁ。オレかなり傷ついてた自覚あったのに、真里菜ちゃんにそう言われたら、一瞬で全快しちゃったよ」
時也は笑う。曇りのない笑顔で。
どうやら私の気持ちはきちんと伝わったらしい。良かった。
「ありがとう。オレの気持ちを救ってくれて」
パチリ。ウィンクが飛んできた。
彼のウィンクは見慣れていたはずなのに、今初めて、これは凶器だと思った。
心臓がきゅうきゅうと締め付けられ、顔が熱くなる。
今までにはなかった反応に、自分の気持ちが追いつかない。
「え……あれ、真里菜ちゃん……その顔……」
「えっ……」
ダメだ。顔を見せられない。
恥ずかしさのあまり顔を隠し、そのまま尊の後ろへと避難する。
「はぁ? おい……」
困惑する尊を無視して、尊の大きな身体を盾にする。
「匿ってください」
「木内先輩、真里菜ちゃんを渡して!」
「なんだお前ら」
「麹町くんから隠してください」
「先輩、そこどいて」
「どかないでください」
「真里菜ちゃんを返して!」
「るせぇ! お前ら! 人を挟んでいちゃつくんじゃねぇ!」
とうとう、尊の怒号が飛んできた。




