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第十話 木内尊と麹町時也 その3


「ご、ごめんなさい!」


 オールバックに上げた前髪。釣り目がちな目。見事なまでのへの字を描く口。そのすべてが恐怖のベクトルを有していた。


「んで謝んだよ。何もしてねーやつに謝らせたら、俺が理不尽に怒ってる見てーじゃねぇか」

「すみません!」

「だから、謝んな」


 鋭い眼光に威圧され、私は黙ってコクコクと頷いた。


 黄色い傘だったから油断した。まさかこんな不良風な相手だと知っていたら声を掛けなかったのに。


「猫がいんだよ」

「ん?」

「猫がいるっつってんだ!」

「ねこ……猫?」


 不良さんの身体の向こうに、猫が数匹。身を寄せ合うようにして、段ボールに横たわっていた。


 ……すごい。不良と捨て猫の組み合わせって、初めて見た。本当にあるんだこんなこと。


 見かけによらず優しい人なんだな、と思って不良さんを眺めていたら、スーッと彼の目が細まった。


「おい、なんだその目は。怖そうなのに良い人だな、とでも言いたそうだな」

「うっ……」


 鋭い。その通り。


「こんな土砂降りの中に放置された動物を発見すりゃあ、誰だって助けよーとすんだろうがっ! 俺を外道か畜生とでも思ってんのか、あぁ?」

「ご、ごめんなさい! お、思ってまスん!」

「あぁ?」


 しまった。噛んだ!


「おい、お前。今、思ってますって言ったな?」

「い、言ってませんよぉー」

「いや言った。確かに聞えた。ほー、いい度胸だな、クソアマ」


 クソアマいただきました!

 やっばい、どうしよう。もう前世とかヤンデレとか関係なく、ごく普通にピンチなんですけど。


「まぁ、女殴るのも趣味じゃねーし。……おい、お前この猫持って帰れ」


 予想の遥か上をいく命令をされて、私は首を傾げた。


「何ぼさっとしてんだ。このままここに置いてったら、こいつら可哀想じゃねーか」


 うん、やっぱりこの人見かけによらず優しい。


「分かりました」


 うちではすでに猫を一匹飼ってるし、増えたところで食べ物に困ることはない。この人の言う通り、確かにこのままにしておくのは可哀想だし。


 猫の入っている段ボールごと拾おうとすると、その前に不良さんが「待ちな」と言った。

 不良さんは中にいた猫のうち二匹を腕に抱え上げる。


「じゃあそっちの二匹は任せるぞ」

「あ、あの……その二匹は?」

「こっちは俺が保護する。お前だって、いきなり四匹も押し付けられたら、大変だろう」


 驚いた。この人、私まで気づかってくれるんだ。


「ありがとうございます」

「はぁ? 礼なんて言ってんじゃねーよ。結果的に二匹押し付けられてんだぞ」


 荒い口調でそう言い、そっぽを向いた彼の耳は少し赤かった。


 私は二匹の猫が入った段ボールを抱え上げる。思いのほか段ボールが大きく、傘を差しながらだとうまくバランスがとれない。なんとか落とさずには済んだけど、これで家まで歩くのは難しそうだ。

 どうしたものかと、いったん段ボールを下ろすと、隣からため息が聞こえた。


「ふらふらすんな。危なっかしい。……しゃーねーなー」


 不良さんは腕に抱えていた猫をもう一度段ボールに入れ、持ち上げた。


「あんたの家まで、俺が運ぶ」


 そう言った彼は、私の意見など無視して歩き始めてしまった。



 雨の中、私は不良さんの隣を黙々と歩く。


「あ、ここです」


 家に着き、玄関の鍵を開けて中に入る。


「家の人は?」

「留守ですよ」


 両親と三人暮らし。父も母も帰ってくるのは遅い。


「そうだ、上がっていきます? ずぶ濡れですし。タオル貸しますよ」


 私の代わりに段ボールを運んだ彼は、傘を差してはいたものの、首から下が明らかに濡れていた。


「……あんた底抜けの馬鹿だな」

「は?」

「家族もいない時に、よく知りもしない相手をホイホイ上げんな、って言ってんだよ。あぶねぇだろ」

「え、でも」


 確かにその通りなんだけれど、目の前の不良さんは見た目怖いだけで、意外に親切だし。それに何より私のためにここまで来るはめになったんだし、タオルくらいは提供したい。


「いい。つか、ここで拭いてもまた家に帰るまでに濡れるしな。そうだ、段ボールは貰っていくぞ、あったほうが運びやすいからな。あ……と、そうだ」


 彼は背負っていたカバンを下ろして中を探る。


 今気づいた。この人、宝印ほいうん学園の制服着てる。ってことは同じ学校の人なんだ。


「何かあったときに連絡したいから、連絡先教えろ」

「は、はい!」


 私も慌ててスマホを取り出し、登録する。


「あ、名前……」

「名乗ってなかったな。俺は木内きうち。木内(たける)ってんだ」

「き、きうち……た、たける……さん」


 心臓が止まるかと思った。


 この人、『君はタカラモノ』の登場人物だ!

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