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幻覚を見てしまったようです

「デルフィはどっかいいお家のお嬢様なんでしょ?」

「ゴフゥッ!!」



ゲッホゲッホとむせかえる私。咳が止まりません。気管に入ってしまったようです。

それにしてもジェニーは何を言っているのでしょう。

お嬢様が男のような格好でうろついて木登りしたり飛び降りるはずないではありませんか。


「大丈夫?ほら、水」

「ゴホッ……あ、ありがとうございます。それにしても何故私がお嬢様なんて思ったのですか」

「だってほら」


向かいに座るジェニーがスプーンでスープをすくう私を指差しました。


「とっても食事の仕方が綺麗だもん。そんなにお上品に食べる人は初めて見たわ」

「そうでしょうか?スープを飲んでいるだけですよ」

「スープ飲んでいるだけなのに何か違うんだよね。しかも喋りもお上品だし」



それは意識していませんでした。

そもそも私はずっと男の子のように過ごしてきて言動も何もかも男の子そのものでした。

後宮に入ってから色々と変えたのですよ。この話し方は兄であるロルシュの真似をしているうちに癖になりました。今ではすっかり板について、こちらが素と言っても良いくらいですね。

後宮でダメ出しをされたことがないので、後宮でもオーケーなくらいにはお上品なのかもしれません。いや、もしかして人数合わせの側妃には誰も関心がなかったとか。ありえすぎます。



「お上品って。そんなことはないと思いますよ?だいたい同じ言葉を話しているのですから違いはないでしょう」

「それが大きく違うんだって。微妙にイントネーションが違う気がするし」

「違いませんよ。お嬢様と言いますけれど、私、このスープを作るために薪割りしましたよね?火おこしもしましたし、調理もしましたよ」



そこなのよね、と首をかしげるジェニー。


「お嬢様が調理にそんなに手慣れてるのが腑に落ちないけど、デルフィの手は一般人の手じゃないよ」



ああ、それは確かに。

水仕事も労働もしない私の手は、侍女さんたちに欠かさずお手入れをされて柔らかくささくれの一つもありません。爪もやすりでピカピカに磨かれた上に明るい桃色に染められています。

後宮入りしてからは日課だった剣の練習もままならず、固くなっていた手の皮やマメやタコは見る影もありません。今の私が剣を持てばあっという間に皮がずる剥けしそうです。


あまりにも体を動かさないと鈍ってしまうので、夜にこっそり腹筋や腕立て伏せなどの筋トレや武術の型のおさらいをしたり、ペーパーナイフを使ってのナイフ投げくらいはしています。

ナイフ投げについては、寝室の続き部屋に飾ってある陛下の等身大☆本人と見間違うくらいとってもリアルな巨大肖像画をちょっとずらし(かなりの重量で、ずらすだけでも体力をつかいます)その真裏を的にしています。

おかげでその部分の壁は傷だらけで、とてもではありませんが人に見せられる状態ではありません。あの肖像画は永久にあそこに飾っておいてもらわなければ!


その真夜中のナイフ投げのおかげで今私はここにいるのです。

ある時に部分的にナイフが刺さるときの音が違うことに気づいてしまったのです。音が籠る部分と、音が反響する部分。壁の向こう側にあるべき間取りとの違和感に不審を抱いた私は、それはそれは熱心に暇潰しのために頑張りましたとも。…だって、後宮での生活は変化に乏しいのですもの。

あれこれしているうちに壁に埋め込まれていたからくりを発見し芋づる式に隠し通路も発見して現在に至る、とこういうわけです。




「何か事情があるんでしょ?待って、言わなくていいの、わかってるから」

「ジェニー?」

「そんな格好してるのも所持金がないのも訳ありだからでしょ」


訳はあるといえばあるのですが、おいそれと話すような内容でもないのです。というよりも、陛下がマリーエン姫をお妃に迎えられるのはまだ公式に発表されていないのでしょうし、自分から「私これでも側妃なんですぅ~後宮から抜け出して来ちゃいましたぁ」と申告するのもどうかと思います。


沈黙は金なり。

はっきりと返答せず曖昧に笑っていれば相手側が勝手に納得してくれる、というのはどこでも同じはず。

どうなんでしょうね、想像におまかせします、と笑みを浮かべてみました。

さぁジェニーはどう来るでしょうか。



「デルフィは良いおうちのお嬢様で、好きな人がいるのに結婚させられそうになってるんじゃないの?」


え。


「親の薦める相手は断れない格上の方で、好きな人は近所の幼なじみね!そのお相手との結婚を控えて、でもやっぱり幼なじみを忘れられなくて、お家を飛び出してきたんでしょ」


うん、うん、と一人で納得しているジェニー。

えーと。

ここは一応否定しておくべきところでしょうか。

ちょっと待って下さい、と言おうとしたらジェニーに制されてしまいました。


「誰にだって話したくない秘密の一つや二つくらいあるものよ。でも大丈夫、あたしはデルフィを応援してるから」


よくわかりませんが、ジェニーは一人で結論を出してしまいました。下手に否定して詳しい事情を突っ込んで聞かれたりしても、それはそれで墓穴を掘ってしまいそうなのでもう放置しておきましょう。

隠し事があるのは心苦しいのですが、嘘をついているわけではないですし。

ジェニーはとてもいい人なのです。

この先もできることなら友人として付き合っていきたい、と思っています。ですから話せないことはありますが、嘘をつくよりは良いでしょう。





その時コンコン、と扉を叩く音がしました。

誰かお客さまでしょうか。


あ、ジェニーはそのまま座っていて下さいね。

足を痛めているのですからなるべく歩かない方が早く治るでしょう。

替わりに私が応対しますので大丈夫ですよ!


はーい、ただいま、と返事をしながら扉を薄く開けました。



「……………」

「……………」



パタンとそのまま閉めました。



…………。

………………??


いやいや、まさかそんなことがあるわけありません。


きっと扉の向こうに広がっていた風景は私の願望が見せた幻ではないかと思うのです。




コンコン。



再び扉を叩く音に思わずビクリと反応してしまいました。


そしてそっと再び扉を薄く開けると、先程と寸分違わぬポーズで立つお方が。



「……………」

「……………」


再度扉を閉めました。




「デルフィ、お客さまは?誰だったの?」




誰だったのと言われましても。

ジェニー、私は自覚していなかっただけでだいぶ疲れていたようです。


だって、愛しいライナス様が立っていらっしゃったのです。



そんな馬鹿な。







お読みいただきましてありがとうございました

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