類友ができました
あ、あぶなかった!!!
さすがは魑魅魍魎が跋扈する後宮で側妃を立派に勤めあげてこられたマトリカさま。なんと恐ろしい方なのでしょう。
一目で私の正体を見破られただけではなく、言葉巧みに私を屋敷へと招き美味な高級菓子 で油断させ、私にとってとても不吉なことを実行に移そうとされていましたよ。
野性動物並みと評価された私の危機察知能力が危険を伝えてきたので、マトリカさまには大変な無礼なことに飛び出してきてしまいました。
とにかく一刻も早くマトリカさまのお屋敷を離れなければいけないという思いにかられてがむしゃらに走った結果。
見事に方向を見失いました。
ここは一体どこ。
だって、もしかしてマトリカさまが家人に命じたりして追っ手を差し向けていた場合のことを考えてジグザグに走ったのです。
マトリカさまのお屋敷で腹ごしらえしておいて良かったです。おかげで思う存分走れました。
結果、迷子ですけれども。
しかもかなりの時間をロスしてしまったようです。
太陽はまだ高いところにありますが、日が暮れる前に兄の住居にたどり着けるでしょうか。兄には事前に連絡を入れていませんので、今日が在宅かどうかもわかりません。
………あー、今まで失念していました。ロルシュ(兄です)に彼女なんていないでしょうね?兄も年ごろの17歳。彼女がいてもおかしくはありません。
随分長い間ロルシュには会っていませんが、ロルシュはお母様似の女の子とみまごうばかりの可愛らしい容姿をしていたのでそのまま成長していればカワイイ系の青年になっている…はずです。柔らかな雰囲気も相まってそれなりにモテそうなんですよね。推測ですけど。
もしかして彼女を部屋に連れ込んだり?というよりも既に同居してたり?
彼女とキャッキャウフフしているところに転がり込めるほど、私も無神経ではないつもりです。
でも一泊くらいはいいですよね?!
可愛い妹を野宿させようなんてしないと思いたいです。
ちょっとイヤかなり妹じゃなくて弟みたいなものだったので、野宿させることに何の躊躇もしなかったりして。
気候もそんなに悪くないですし、雨風がしのげれば、やろうと思ってやれないこともなさそうな感じです。
………やめておきましょう。
ここは田舎ではないのです。野性動物とか野盗の心配はなさそうですが、都会ならではの別の危険がありそうです。
やっぱり都会をなめちゃいけませんよね。都会はコワイところなのです。私のような田舎出の世間知らずは尻の毛までむしられる…あら失礼言葉使いが悪うございましたわオホホホホ。
とにかく手頃な通行人を見つけて、現在地と兄の住所を尋ねましょう。
街路樹が並ぶ細道を進みます。それにしても人気がないですね、ここ。
背後に人の気配を感じないか確認して、てくてくと歩きだします。
少し進むと、前方に不自然な街路樹を発見しました。
なんというか、動きが不自然なのです。
一本だけ風もないのにわさわさと揺れているのですよ。
怪しさ満点です。何でしょうね。
好奇心の赴くままその木に近づきました。
にゃー。
………ネコ?
ガサッ。
にゃー。
ガサガサガサッ。
にゃっ?にゃー!!
ボキッガサガサ…!。
「おわっ?!」
「うゎっ?!」
お、親方ー空から女の子が!
ちなみに「おわっ?!」があちらで「うゎっ?!」がこちらです。
空からではなく、木から女性が降ってきました。
女性、ですよね?
なんと私と似たり寄ったりのズボンスタイルなので男性かとも思いましたが、声が女性ですし何よりも胸部の膨らみがこれでもかとばかりに性別を主張しています。
「いたたたた……」
「大丈夫ですか?!」
慌てて駆け寄ります。
近くで見ると私より少し年長くらいの可愛らしい女性でした。ウェーブがかった艶やかな赤毛、くりくりとした濃い緑の瞳、鼻の頭のそばかすがチャームポイントですね。どうせそばかすがあるのなら、私もこういう風に自分を引き立てられるようなそばかすだったら良かったのに。仕方ありませんけれども。
立ち上がろうとする彼女に手を貸そうと、軽く起きあがらせました。
「……………ッ!」
その途端に顔を歪める彼女。
どこか痛めたのでしょうか。
「大丈夫ですか?」
「足が……」
ちょっと失礼、とズボンの裾をちらりとめくって見ると、足首を中心に赤く腫れてきています。確かにこれは痛いでしょう。しかもこの感じだと、時間と共にますます腫れてきそうです。
早く冷やすなり何かしら処置をした方がいいですね。
「とにかく早く治療をした方が良さそうですよ。それにしても一体何故こんなことに?」
「ネコが…」
彼女が仰ぎ見た視線の先に目をやると、確かに木の上方に子猫が見えました。
「あのネコがどうやら木から降りられなくなったみたいで。助けようと思って登ったのは良かったんだけど、足場にしてた枝が折れて…」
「貴女が落ちてしまった、という訳なのですね。わかりました、ここは私に任せて下さい」
「え。でも……」
彼女に大丈夫、とにこりと笑んでみせて枝に手をかけます。この程度私にかかればお茶のこさいさいです。猿並みに登れる自信があります。するすると登って子猫を胸に抱いて、最後は降りるのが面倒くさくなったのでひょいと飛び下りました。
「この子猫は貴女の飼い猫ですか?」
「いいえ違うわ」
「じゃあ逃がしてあげても?」
「もちろんそうしてあげてちょうだい」
二人で子猫を見送って、二人でほっとして、何となくお互いに顔を見合わせてフフフと笑みがこぼれました。
彼女とは仲良くなれそうな気がします。
格好とか色々と似た匂いがするのですよ。
「あなた、身が軽いのねえ!驚いちゃったわ。私も身軽さには自信があったんだけど、あなたには負けたわ。完敗よ」
「そうでしょうか?よくわかりませんけれども、体を動かすのは好きですよ。………えーと…」
「あたし?あたしはジェニー」
「私はデルフィです。ジェニーさん」
「ジェニーでいいわ」
「わかりました、ジェニー。私もデルフィでいいですよ。お家まで送ります」
「いいわよ」
「でもその足ではきっと歩けませんよ?無理をすれば余計に悪化しそうですし、何より怪我をしている女性を放っておくなどと私にはできません」
「なにそれ?デルフィは面白いわ」
ジェニーに肩を貸して、なるべく彼女の痛めた足に負担をかけないよう、ゆっくりと進みます。
ジェニーの家はすぐ近所だとのことで助かりました。流石の私でも女性を抱える筋力はありません。もっと遠かったら誰か男性の力を借りねばならなかったでしょう。
「………ねえデルフィ」
「何でしょうか」
「あなたにお願いがあるんだけど」
「?」
「さっきのあなたの身軽さをかってお願いしたいの。というより、デルフィにしか頼めない」
「困っている女性のお願い事なら是非とも叶えて差し上げたいところですが、内容によります。どのようなお願いなのでしょう」
ジェニーはとても真剣な様子です。切羽詰まっている、という表現がぴったりです。
「あたしの代役になってもらいたいの!」
「代役…ですか?」
「あたし、この身軽さを活かして軽業中心の大道芸をしているの。今はちょうど大道芸じゃなくて、依頼されてとある舞台に出させてもらっているんだけど、足が…」
「ちゃんとした医師に診てもらったほうが良いでしょうが、数日は安静にしておいた方が良さそうですよね」
「幸い、明日明後日はお休みなの。もし三日後まだ足が治っていなかったら、あたしのせいで周りに迷惑をかけちゃう」
「でも私でなくても、きちんとした本業の方から代役を探した方が良いのでは?舞台なのでしょう?こんな素人が使い物になるとは思えないのです」
「立ち回りがあるのよ。ちょっとした高さなんだけど飛び降りたり。女でそんなことができる人なんてほとんどいないわ」
あー……それはそうでしょうね。
私もジェニーも女性としてはかなり特殊な部類に所属しているという自覚はあります。
だからお願い、とジェニーは重ねて頼み込んできます。
「………お話はわかりました。こうしませんか?とにかくジェニーは二日でなるべく足の治療に専念してください。万一に備えて私はジェニーの代わりになれるよう、とりあえず練習してみます。舞台の関係者の方にも事情を説明して、私の代役でも舞台の雰囲気や流れを壊さないかどうか、きちんと検討してもらいましょう」
「そうね、ごめんなさい。焦っていたみたい。あたしの一存で決めていいことでもなかったわ。あなたの言う通りにしましょう」
「あの、私もジェニーにお願いがあるのですが」
「なに?」
「ジェニーはご家族と同居しているのですか?結婚してたりとかは?」
「独身よ。家族はいるけど、一緒には住んでない。一人暮らしなの」
待ってました!素晴らしい!
渡りに船とはこの事ですよ!
「しばらくの間、泊めて下さい!」
「持ちつ持たれつ、ってことね。いいわ、お互い様だし。泊めてあげる」
「ありがとうございます!私にできることは何でもしますので、遠慮なくおっしゃって下さいね」
「頼もしいわね。でも、本当に代役の方、よろしくね。さっきの身のこなしからしたら心配なさそうだけど」
「泊めてもらう分の恩返しはするつもりなので!よろしくお願いします」
「こちらこそお願いね」
「あ…………」
「どうかした?」
「………あのー、すみません私一文無しなのです。えへ」
「…………………わかった。」
とりあえず、宿泊先&お友だちをゲットしました。
お読みいただきましてありがとうございました。
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