閑話休題 ~………どうしましょう~
元側妃マトリカ視点になっています
「え、えーと、………お散歩中?なのです……??」
目を泳がせながらそう言って誤魔化そうとするデルフィティア様を半ば無理矢理引きずるようにして屋敷につれこみましたわ。
まったくこの方は何を考えていらっしゃるのやら。
見る限り何も考えていらっしゃらないようですけど、気のせいだと思いたいです。
わたくしの眼前でお茶菓子をつまんでいるデルフィティア様。
こうやって面と向かうのは実は初めてです。それというのもすべてあの心が狭く意気地無しの陛下のせいですわ。
それは三年…いえ四年ほど前のこと。
前国王夫妻が不慮の事故により急逝され、現国王であるアルブレヒト陛下が即位されました。半年ほど経って国内情勢が落ち着いた頃、まだ婚約者もいなかった陛下にお妃さま問題が浮上したのですわ。
その時にわたくしは陛下から秘密裏に契約を持ちかけられたのです。
「形だけの側妃として後宮に入らないか?」と。
当時わたくしには好きな男性がいました。
ご縁があって知り合った騎士の方でした。彼もわたくしを憎からず思ってくれたのですが、貴族としての身分だとか周囲の思惑だとかがありまして、結ばれることはないと涙をのんでいました。
そんなわたくしに陛下はこうおっしゃられたのです。
「実はわたしにも心に決めた女性がいるのだ。彼女以外妻には考えられない。しかしながらこのままでは意に染まぬ相手を正妃にせざるを得ない状況になりそうなのだ。そこで、そなたとわたしで取り引きをしないか?」と。
取り引きとはこうでした。
それなりの家柄のわたくしが陛下の側妃として後宮に入れば、陛下のとりあえずの面目もたちます。あくまでわたくしは周囲の目をそらすための仮の側妃であり、それらしく振る舞っていれば良い。定期的に夜に部屋を訪れることもあるけれども、実際に肉体関係を持つつもりはないので安心してもらいたい。
そうは言われても、と疑心暗鬼だったわたくしに陛下は「わたしが真に触れあいたいと思うのは彼女だけなのだ。彼女がいるのに、他の女に手を出すなどとありえない」とのたまわれました。遠い目になったわたくしを誰も責められないと思いますわ。
そしてその彼女を正妃として迎える準備が整った折には、国王としての権限を活用して思う男性と結ばれるよう手配してやろう、と。
わたくしは陛下の提案に乗ることにしました。
うまくいけば将来は好いた男性と結ばれることができるかもしれませんもの。
うまくいかなくても優良部件には違いない陛下の側妃としてとりあえずこの身は保障されます。
わたくしにもそんな打算がありました。
そうして後宮入りしたわたくしは、わたくしと同じような事情を抱えわたくしと同じような理由で集められた他の三人の側妃さまたちと出会ったのです。
一人だけ全く違う理由で側妃となられたのがデルフィティアさまです。
たった一人の陛下の想い人。
陛下の気持ちは分かりやすすぎて笑ってしまえるほどでしたわ。
一人だけ別棟に住まわせ。
強固すぎるほどの警備体制。それでいて近衛騎士を極力近寄らせず、多数の厳選された侍女による人海戦術。
わたくしたちを含めた外界との接触を一切許さず、茶会も夜会にも参加させることはなく、大事に大事にまるで手中の珠のように囲いこんで。
わたくしたちには形ばかりの贈り物も、彼女に対しては一年前から職人に特注で発注するほどの熱の入れよう。
当初は権力・見目とも最上級といっても良い陛下の妃になろうと躍起になっていた貴族令嬢も、陛下の溺愛の噂を耳にし更に陛下の周りを固めるわたくしたち側妃四人を相手どっているうちに、一人減り二人減り今では皆無と言ってもいいですわ。
彼女を好きすぎて手も口も出せず指をくわえているだけの陛下の駄目っぷりを耳にしたら百年の恋も一気に冷めるというもの。
今は陛下のへたれぶりを皆さん生温かい眼差しで生温く見守っている、という状況です。
娘を売り込もうとあの手この手を駆使していた貴族当主たちも、(デルフィティア様以外の)側妃の顔ぶれを見て諦めて下さったご様子。自分で言うのもなんですが、確かにわたくしたちは文句のつけようのない最高の布陣です。陛下の作戦勝ちですわね。
デルフィティア様が16歳になられたのを機会に陛下が一気に動かれたのも、これまで手をこまねいていらっしゃったのが嘘のようで、わたくしたち一同驚いたものでしたわ。
その迅速さと言えば、改めて国を動かすことに慣れた為政者、と再確認させられるほどの手際でちょっと陛下を見直しました。
おかげでわたくしは当初の契約通り、清い体のままで想いあっていたお方の元へと持参金付きで降嫁させてもらいました。
ですのでわたくし、陛下にはとても感謝しているのですわ。
陛下に協力できることがあれば全力でサポートさせていただく所存です。
さて目の前のデルフィティア様に話題を戻しましょう。
………天下のご寵姫さまが一体何をなさっているのやら。
恐ろしいことに護衛もつけていらっしゃらないご様子。近衛兵、仕事をきちんとしなさい!デルフィティア様に万が一のことがあれば一族郎党路頭に迷うくらいでは済まないのは想像に難くありません。国政がストップしかねませんわ。
しかもそのお姿はどうされてしまったのでしょうか。
男性かと思いましたわ。
元より長身の陛下と並んでもバランスがとれているすらりとした体型によくお似合いではあるのですけれども。
とても板についていらっしゃるのは何故なのでしょうか?
身についている所作がきびきびとして凛々しく見えるので、余計に男性のように見えるのかしら。
開け放たれた窓から入る風と陽射しを受けながら、長い足を組んで優雅にお茶を飲まれる姿は舞台俳優のようですわ。中性的な美貌がもてはやされる昨今、このような方が社交界にいらっしゃったら女性に言い寄られるトップクラスに入れるでしょう。
それにしても、こんなに近くでデルフィティア様と接するのは初めてです。
それもこれもわたくしたち側妃とデルフィティア様の交流を嫌った陛下のせいですわ。
「このような場所に供もつけずに散歩などと世迷い言を誰が信じるというのでしょう。本当のところはどうなのですか」
そう問いかけて帰ってきた返事を要約してみました。
つまり、こういうことでしょうか。
そもそも自分は何故正妃になろうとしているのか常日頃より疑問を感じていたところ、陛下が直々にマリーエン姫を迎えられとても仲睦まじい様子だった。マリーエン姫が正妃になられるのだったら自分は不要であるので、こうして後宮を後にした次第だ、と。
~~~~っ陛下ぁぁぁーーー!!
貴方は一体何をなさりたいの!
そして今まで何をなさっていたの!
あんなにデルフィティア様につきまとっていたくせに、そのお気持ちは針の先ほどもデルフィティア様には届いていないではありませんか!
しかも陛下が好きな相手はマリーエン姫だと、デルフィティア様に勘違いされているではないですか。
そして哀しいことに嫉妬の欠片もしてもらえていないとは。
あまりの憐れさに涙が出そうですわ。
だから残念陛下などと言われてしまうのです。
そうは言ってもデルフィティア様を野放しにするわけにはまいりません。ひとまず我が屋敷に逗留していただくことにして、王宮にその旨伝える使者をたてなければ。事は一刻を争います。
「デルフィティア様、」
是非ここにご滞在下さいませ、という言葉は続けられませんでした。
私が名前をお呼びした途端、それまで泰然としたご様子だったデルフィティア様は跳ねるように椅子から立ち上がり、窓枠になんとおみ足をかけられたかと思った瞬間ひらりと身を翻したのです。
お止めする暇もありませんでした。
はっと息を飲んだわたくし。窓から外に飛び出すなど予想もしていなかったものですから、デルフィティア様の行動に驚き、次にもしや怪我をされたのではないかと青ざめました。
わたくしの心配を他所にはるか遠く(と思われる場所から)「お邪魔しました~おご馳走さまでした~」という声が聞こえたときは心底安心しましたわ。
脱兎のごとくという表現がぴったりだったデルフィティア様に暫し呆然として、我に返りわたくしが窓辺に行ったときにはデルフィティア様の影も形もありませんでした。
………………どうしましょう。
お読みいただきましてありがとうございました




