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君の名は

大通りの石畳の上を軽やかに闊歩しながら、目に入った店舗のショーウィンドゥを覗きこみます。

ガラスの向こうには色とりどりの陶器が並んでいます。装飾的なティーカップを中心に、動物をかたどった可愛らしい置物が目を引きます。私についてくれている侍女さんたちにプレゼントしたら喜んでもらえるかしら、とも思いましたが、悲しいかな所持金がないのです。

ああ、貧乏って………。



溜め息と共に目線を上げればガラスにうつった自分と目が合いました。

そこにいる自分はすっかり街の風景に馴染んでいるようにも見えます。

いつもは綺麗に櫛梳られ編み込まれている金茶の髪は無造作に後頭部で一つにくくられているだけ。今日は化粧もせずに保湿クリームを塗ったきりです。

服はマチルダさんのお手製で、優しいクリーム色でちょっと変わったボタンがワンポイントになっているシンプルなチュニックに、細身のズボンと膝下までのブーツをあわせています。


うん。中性的で男性に見えなくもないでしょう。

男か女かと聞かれたら、多分男と答える人の方が多いのではないかと思われます。

背も女性の平均身長より頭ひとつ高いですし、凹凸の少ない体型をしていますしね!

なにより女性は足首が隠れるほどのスカートをはく、というのが常識ですので、こんな非常識な格好をしている女がいるとはそうそう考えないでしょう。




パンを焼く香ばしい香りに惹かれて足を動かします。

もうすぐ昼時とあって、王都の商店街はそこそこの人手です。

買い物を楽しむ人や、それを呼び込む店員、旅装をしている人、見たことのないような珍しい髪色や肌色をしている人もいて、久しぶりの後宮とは違う空気に心も浮き立ちます。


そう、ここは王都。

やってきましたよ~。



陛下とマリーエン姫の逢い引きを目撃したのはつい昨日のことです。

え?展開が早すぎ?

だって「思い立ったが吉日」と言いますでしょう?大好きな言葉の一つです。流れがきているうちに、勢いに任せてガンガン突き進まないと駄目ですよね。



陛下はマリーエン姫にご執心のようですし、マリーエン姫が後宮入りされれば私の存在意義もなくなります。それに元々望んで後宮入りしたわけではありません。

今の生活も、侍女さんたちと一緒に過ごせて楽しくはありますが、こんなうすらぼんやりとした毎日がずっと続くとなると耐えられそうにはありません。

そろそろ潮時ではありました。

渡りに船だったわけです。



なにぶん急なことでしたので、外出許可証の提出はしましたが、きちんと許可がおりる前に飛び出してきてしまいました。

後宮に残っている私付きの侍女さんたちがしばらくはアリバイ工作をしてくれるとのことですし、私ごときがいなくなったくらいで大したことはないでしょう。

マリーエン姫を迎えるにあたって、目の上のたんこぶであろう私が去って、面倒が減ったとかえって大喜びされているかもしれませんね。



それにしてもお腹がすきました。

なけなしのお小遣いを握りしめて、先程から鼻腔をくすぐるパンの香りを追いかけて歩を進めます。

そう、今握りしている小銭が私の全財産なのです。

悲しいかな、私の実家は常識と照らし合わせるとあり得ないほどの経済難なのです。


後宮で使っていたものは支給されたもので、私が購入したものは皆無です。というより、貧乏な私には後宮で使われる恐ろしく高額な一流品は手が出ません。重ねて言います。貧乏なんですお金がないんです。


後宮で使っていたものを二・三個ちょろまかして売りさばけば当面の生活費にはなるでしょうが、それではなんか泥棒のようで私には無理です。

というわけで、今の私の所持金は実家から持ってきたお金のみです。昼食のパン代には足りるはずです。しかし夕食代に加えて宿泊費には足りないような気がします。ただし最近の王都の物価には詳しくありませんので、あくまで推測です。

こんなとき物価が高い王都という土地柄が恨めしいです。



こんな時に頼れるのはやはり身内ですよね。

年子の兄がちょうど王都で下宿生活をしているので、とりあえずそこに転がり込もうかと算段しております。

しばらく兄のところで厄介になって小金を稼いで、ライナス様のお姿を心に刻んで、そして旅に出ることにしましょう。


以前より医療の分野には興味がありました。

世界各地津々浦々を旅して、まだ知られていない薬草を探したり病気怪我の治療法を尋ねてまわるのです。野宿も平気ですし、サバイバル術についてはこの身体に叩き込まれているので心配なし。


まだ見ぬ世界を思って心は浮き立ちます。

考えが甘いとは自分でも思いますが、一度きりしかない人生ですもの。しなかった後悔よりも、やってしまってからの後悔の方が良いと思うのです。出たとこ勝負ですよ。

実家の父も数年消息不明で長兄も似たような状況です。旅好きは血筋でしょうか。自己責任と放任主義が家訓ですので、私の決意に家族が反対するということもないはずです。

世界各地を見聞して、この国に戻ってきてライナス様で充電した後にまた旅に出る、というわけです。素晴らしく魅力的な未来に夢を馳せます。

希望は捨てられませんね。

希望を実現するための千里の道も一歩から。

さしあたっては空腹を満たして兄の住居を探しましょう。




己の嗅覚が指示するまま足を向けると、前方の男性二人組にに目がとまりました。

というのも、二人は揃いの服を着ているのです。どこかの制服でしょうか。

なんとなく王宮で見かけた騎士さま…ではなく、兵士さん方が着用していた制服にそっくりです。王宮の兵士さんの制服は緑ですが、前方の男性方が着ているのは青ですね。よく見ればちょこちょこ相違点があります。

男性二人の年齢はどちらも二十歳前後に見えます。どちらも好青年ぽいです。例えていえば小さい頃から面倒をみてくれていた近所のお兄ちゃんみたいな感じです。


一人は中肉中背のどこにでもいそうな男性。

もう一人は。


なんかとても既視感が。



目元を隠す感じの茶色の髪。ゆるやかなくせ毛でとても柔らかそう。

髪の毛で人相はよくわかりませんが、見える口元や鼻筋はすっきりしていて好感が持てます。

あごのラインもシャープでスッとしています。

背は男性の平均くらいですが、やや細身ですね。


こちらの男性も、どこにでもいそうな人に違いはありません。

でも遥か昔に会ったことのある方にそっくりなのです。その方が年を重ねたらきっとこんな感じになっているだろうな、と思わせるのです。


懐かしさでほんわかしてしまいました。


世の中には似た人物が三人いると申します。他人のそら似でしょうね、きっと。

偽名を使っていたあの人と、目の前の彼が同一人物なはずはないです。

彼は今どこで何をなさっているでしょうか。



その二人とすれ違えるように進路を譲るため、さりげなく道の端寄りによけました。



「今日は休憩がちょうど昼飯時で良かったな。なかなか丁度いい時間に休憩取れないもんな」

「まったくだ。職場の待遇改善を訴えたいよ」

「訴えられるとおもってるのか?」

「そりゃ無理だ。お前もわかってるくせに。…お、そこの店が噂の店だろ?」

「みたいだな。うぇえ、さすがに噂の人気店だ。もう行列ができてるじゃん。だから急ごうって言ったんだよ、アル」



………。え?


すれ違いざまに耳に入った名前に凍りつきました。


『アル』


ありがちな名前。

でも私にとっては大切な、特別な名前。



待って。

だって名前が。

貴方は。



その後ろ姿に思わず手を伸ばしました。

自分でも理由はわかりません。勝手に体が動いていたのです。



「きゃっ?!」

「…………っっ」


急に振り返ったのがいけなかったのでしょう、どん、という衝撃と共に女性の声が。

ぶつかってしまったようです。


「失礼いたしました。お怪我はございませんか?」


彼女の手に握られていたであろう日傘を渡しながら、どこにも怪我をさせていないか確認します。

そして彼女の顔に目がいった瞬間、驚いてしまいました。


「……怪我はありま、せん、……わ?」


そう答えながら私から日傘を受け取りつつ一瞥した彼女は、疑わしそうな眼差しでぐいぐいと距離を詰めてきて、いまや至近距離で私を凝視しています。

……こんな格好してますし、ほぼ交流はありませんでしたし、気づかれていないと思いたいです。気づかれていないと誰か言ってください。



「……貴女、デルフィティア様ですわよね。このようなところで、しかもそのような格好で一体何をなさっているの?」



あ、やっぱりバレてましたね。





お読みいただきましてありがとうございました

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