側妃さまは見た! 後編
今日も麗しい陛下のご尊顔は咲き誇る花に勝るとも劣らない華麗さです。
銀糸で刺繍の入った濃紺の略装がすらりとした長身に映えて、一層凛々しく見えます。王子様という形容詞がぴったりです。
なんか褒めるのも癪にさわりますが、事実なのだから仕方ありません。
ええ、認めてさしあげましょう。イケメンは今日も今日とて健在である、と。
そんな王子様…もとい陛下に寄り添うのは、周囲の花が霞むほどの綺羅綺羅しいお姫さまです。
年齢は私と同じくらいでしょうか。
陽光を紡いだかのような金色の髪。ぱっちりとしてこぼれんばかりの潤んだ大きな瞳に、ぷるぷるツヤツヤとした小振りながらふっくらとした唇、抜けるように白い素肌が陽気の為にほんのりピンクに上気して、文句なしの美少女です。
十人中、十人全員が「美少女」認定するのは間違いありません。
し・か・も。
小柄なのに、なぜどうしてあんなに胸だけ成長してらっしゃるのでしょう……。
胸の谷間もプリンセスです。
あのお顔で、あの胸は反則ですよ……。
幼さの残る愛くるしい美少女が、ボン・キュッ・プリッですよ。
エロい親父でなくとも、あんな美少女を侍らせたい欲求に駆られるでしょう。
少なくとも私がもし男だったなら、間違いなく彼女にしたいです。お嫁さんがあんな容姿だったら自慢しまくりです。毎日定時で仕事を終わって寄り道もせずに家へと一目散ですよ。
……………えーと。話がそれてしまいました。
とにかくそんな美少女と、国民的美形様の陛下が庭園で寄り添う様子は、もうお似合いすぎてツッコミの言葉もございません。
舞台や物語の一場面を切り取ったかのような二人は現実離れした雰囲気です。
美しすぎて直視するのが辛いですね。
あまりにも美しいので私だけが(マチルダさんもいますが)鑑賞しているのが惜しいくらいです。
この情景を残して後世の語り草とするために、誰か今すぐ宮廷画家を呼んできていただきたい。
国王陛下を主人公とした恋物語が出版されるとすれば、表紙を飾るのは今の情景がイチオシです。バカ売れすること間違いないでしょう。
そうですね内容としては、結婚しろと周囲からうるさく言われて仕方なく結婚を決意した国王陛下に運命の相手が現れるのですよ。いじめられながらも健気に国王陛下を慕う運命の美少女。二人は困難に立ち向かい克服して見事結ばれる、と。
いやーめでたしめでたしです。
え。
めでたいですよ?
それでいいではありませんか。
目の前の二人を見て、特にそう思います。
仮に陛下の隣に今並んでいるのは彼女ではなく私だとしましょう。
………うわーないわー。
これまでは私が正妃とかいう断れないご指名に流されて、仕方ないかなどと諦めておりました。至らない私ではありますが、与えられた責務はきちんと果たそうと腹をくくっていたのです。
陛下の隣に並ぶ私。
目の前の光景と、ビジュアルの落差がすごいですねー。
だって考えてもみてください。
たとえば王妃としての素質だとか素養だとか能力だとかが全く同じ女性が二人いたとします。
かたや平凡。かたや美少女。
美形の王さまの隣に並ぶのは美少女で決まりでしょう。
国民の皆さまが求めているのは、陛下と美少女のラブロマンスなのですよ。
私のようなひょろくてのっぽな女はお呼びではないのです。
美男&美少女カップルは国民の皆さまの語り草となること間違いなし!でございます。
そして更にたとえれば。
私の隣にいるのが陛下ではなくライナスさまだったとしましょう。
ライナスさまは私の心の王子さまです。
ライナスさまは王都で中堅の歌劇団に所属されている俳優さんなのですが、もうそれはそれは美しい男性なのですよ!白皙の美貌とはあのようなことをいうのでしょうね。
すらりとした細身の体躯に優美な仕草、そしてあの冷利な眼差しで流し目なんてされちゃったらもう!きゃー私どうしましょう。だって白百合の貴公子(ただし追っかけの間でのみ通じる呼称)なんですよ?想像しただけで心臓がキュッとします。そんなことしてもらえるのだったら死んでもいい!
あ、死んでは駄目でした。長生きして末長くライナスさまの追っかけをしなければ。
気分が盛り上がってきました。
ああライナスさまに今すぐお会いしたい。いいえ、遠くから貴方の姿を見つめるだけで私は満足なのです。貴方の隣にいたいだなんて、そんな大それた願望は持っておりませんわ。
「あの、側妃さま………?」
「……えーゴホン。何でもありませんわ。ところで私、恥ずかしいことに不見識で陛下の隣にいらっしゃるあの姫ぎみがどなたなのか存じ上げませんの。マチルダ、貴女知っていて?」
「申し訳ございません側妃さま。私も知らない方のようです」
あら、そうなのですか。残念です。
とその時他の侍女さんたちが近寄ってきました。ちゃんと空気を読んで下さっているようで、中腰で木立の陰に隠れるように物音をたてずににじりよってくれます。
そのまま私の後方に控えるとこっそり耳打ちしてくれました。
「失礼ながら側妃さま、先ほどのマチルダへの質問に私めが答えてもよろしゅうございますか」
「まあ貴女、あの姫ぎみをご存知なの」
「私が直接見知っているわけではございませんが、どうやらフライブルグ王室縁のお方のようです」
フライブルグ。耳にしたことがありますね。ずいぶんと遠方の国だったと記憶しております。でも国交は割りと良好で………ああ、わかりました。
「陛下の姉上さまのご関係でしょうか?」
陛下には年の離れたお姉さまがいらっしゃるのですが、残念ながら私はお会いしたことがないのです。というのも、ずいぶん前に(私が後宮入りするよりも更に以前に)フライブルグ王の妃として嫁がれたからなのです。
侍女さんがずいっと距離を縮めてきました。
「して側妃さま、ここだけの話なのですが」
まあ何でしょう。ここだけの話、というフレーズにドキドキしてしまいます。
侍女さんたちの情報網は侮れませんからね。一人に知れれば、あっという間に末端まで情報が駆け巡ります。ただただ感服するばかりです。
陛下付きの侍女から仕入れた情報なのですが、と前置きがありました。
「先日王姉であらせられますルンファリアさまからの親書が届きました折りに、陛下が返書をしたためられました。その際に、あの姫ぎみを是非にと我が国へ招かれたそうなのです」
「是非にと?」
「そうなのです我らが側妃さまがいらっしゃるにもかかわらず、是非にと、陛下のご要望がございまして今日に至ったというわけなのです」
別の侍女さんがすすっと寄ってきて更に言葉を重ねます。
「あの姫ぎみはマリーエンさまとおっしゃいまして、フライブルグの王族の姫ぎみにございます。来賓用の客間に逗留されているのですが、ここだけの話」
また「ここだけの話」が来ましたね。大好きですので構いませんが。
「陛下はどうやらマリーエンさまのお部屋を頻繁に訪れられて、長時間過ごされているとか」
「ずいぶんと親しげな様子だとか」
「毎日のように贈り物をされているとか」
「食事も一緒に摂られているとか」
侍女さんたちが堰をきったかのようにここだけの話を披露してくれます。
視線の先で仲良さげに肩を並べる美男と美少女。まったくお似合いなのです。
マリーエン姫さまを陛下が望まれて呼ばれたのですね。
見た目も身分も十分に釣り合いがとれすぎていて文句のつけようもないです。
そう、私が正妃なんておかしいと常日頃申し上げていたではありませんか!
主に私の脳内で、ですが。
その昔陛下から「愛している」と言われたこともあったような気がいたしますが、一度きりですし口では何とでも言えますよね。口だけです、口だけ。
地元で山猿とあだ名されて、気品も教養も見た目も微妙な私が正妃候補だとはちゃんちゃらおかしいですよ。
…………。
ははぁ。
読めました。
これまでの流れと、これからの行く末が読めちゃいました。
陛下はマリーエン姫をお好きなのですよ昔から。そうですね、きっと前王陛下がご存命の折にでも知り合われて、幼いながらもお互いに好意を持ち愛を育まれたに違いありません。
将来の約束を交わす前に前国王夫妻が不慮の事故で儚くなってしまわれたため、陛下が即位されて、代替わりによるあれやこれやでお二人はなかなか交流が持てなかったのですね。
そうこうしているうちに周囲の勧めもあって側妃を五人もとる羽目になってしまいますが、マリーエン姫のことは陛下の心の底に残っていたのですよ。
で、国内情勢も落ち着いてきたので陛下は遂にマリーエン姫を迎えられる決心を固めた、と。
てはじめにまず四人の側妃を降嫁させて、カモフラージュに一人だけ残しておきます。これはどうにでもなる一番ちょろい私に白羽の矢がたったのですね。
正妃候補として私を発表しておいて、水面下でマリーエン姫を迎える準備を着々と進め、本命をババーンと発表するのですよ。
「え?あんなショボいのが俺たちの王妃?陛下せっかくカッコいいのに、あんなのが正妃さまなんてかわいそすぎね?」と内心がっかりしていた国民の皆さまも「おかしいとは思ってたんだよ!やっぱりな~」と納得されることでしょう。
ということは、もしかしなくても、私はお邪魔虫以外の何者でもないですね……。
さてどうしましょうか??
お読みいただきまして、ありがとうございました。