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山内くんの呪禁の夏。  作者: 二宮酒匂
第弐章 呪禁の町
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呪歌 〈2 包丁傷〉

 数日ぶりにパパの実家に戻っていた。

 バイクを得たパパは仕事に復帰して、もんじゃくんを引きずりながらはるばる姫路市内の喫茶店まで出ている。そういうわけで山内くんは紺とふたりきりである。

「山内、何してんのさー。もういっかい対戦しようぜ!」

 紺の声がかれを呼ぶ。

 テレビのある居間を、山内くんはエプロンをつけながらのぞきこんだ。

「お昼ごはん作らなきゃだめだから。紺も手伝って」

「えっやだ、超かったりぃ。いま忙しーし……」

「マリコカートしてるだけじゃん。僕ひとりじゃ作るの時間かかるんだよ」

 紺はきちんと“番犬役”をつとめており、かれから長く離れることはしない。それについてはありがたく思うが……

「そろそろ休憩しなよ。ゲームずっとやってるじゃないか」

 本日の紺はわざわざ朝からネンテンドーNoo(テレビゲーム機)を十妙院家からここに持ち込んできた。『楓のやつ頭カタいんだぜ、ゲームは一日一時間だなんて夏休みの意味ねーじゃん! ここでやらせて、いいだろー?』と最後だけ甘ったるいおねだり声を出した彼女に、山内くんは朝から四時間付き合わされた。アクションゲームや格闘ゲーム、RPGのレベル上げ。

 いまの紺はレーシングゲームに夢中である。

「もーちょっと待てよぅ。マリコカートいまいいとこなんだ」

 あぐらをかいてコントローラーをにぎった紺は、上体をくなくな揺らしながら画面から目を離す様子がない。カーブを曲がる操作のたびに、メトロノームのように本人も身を傾けている。

 しかし山内くんが重ねてせっつくと、紺はしぶしぶながらゲーム機の電源を落として台所に出てきた。シンクでじゃがいもの皮を剥いている山内くんのとなりに立つ。

「めんどくせーなぁ。肉じゃがにサラダに焼き魚? 昼なんだしそこまで手間かけなくても、そうめんでいいって」

「余ったぶんはパパの夕ごはんにするつもり。そこの人参、葉とって皮剥いて……あ、包丁はそこだけど、使える?」

「はいはい。使えるよ刃物くらい」

 かったるそうに紺は人参を垂直に持ち、包丁を右手で横にかまえ、

「えい、っと」

 勢いよく真一文字に払った。

 すぱーん、と首をはねたように葉のついた人参上部がすっとぶ。

 ついでに、包丁の刃先が山内くんの耳をかすった。

「あ」

 横に包丁を振りぬいた姿勢で、紺が山内くんを見て息を呑む。

 山内くんは手元のじゃがいもを見たまま涙目になってぷるぷる震えだす。

「こ……怖ぁぁ……」

 その耳たぶにぴっと赤い筋が入り、一拍置いてたらりと血がにじみ出た。

「あわわわっ!? ご、ごめん山内!?」

「このバカ……狭いキッチンで、包丁を水平にふるうんじゃない……」

「わ、悪かったって! 治療してやるから耳見せろ!」

 焦りきった声で紺が包丁を置き――山内くんに身を寄せてきた。紺のほうにぐいと頭を引き寄せられて、山内くんは目を白黒させる。紺がつむいだ血止め呪歌は、耳の間近でささやかれたため今度はよく聞こえた。


  ちの道は父と母との血の道よ ちの道かえせ血の道の神


 ちろりと、温かい舌先。

 かすかな息づかいとともに、かれの耳の傷に触れた。

 まじないの言葉と秘火を、傷口に塗りこめるかのように。

(わ)

 紺の吹く火って熱くないんだな、とかそういう感想を抱きながら、山内くんは固まった。きしんだ音が出そうな動きで首を回し、あぜんとして紺を見る。凝視された少女も目を丸くした。

 思いもよらなかった反応をされて、紺はきょとんとしているようだった。うすもも色の舌をまだ出したままである。

「………………」

「………………」

 物音なく数秒が経過した。

「………………」

「………………」

 舌をひっこめた彼女の顔が段階的に赤くなり、

「血止めのまじないだっ、なに気にしてんだタコ!」

「……あの。君、いつも怪我した人がいたらこんなことしてるの?」

「ち、チビども相手がほとんどだし、みんなひざや手の怪我ばっかだしっ! てかこんくらいで、おまえみたいにおおげさな反応する失礼なやつはいままでいなかったのっ! 馬鹿!」

 うわずった声で、紺はばしばしとシンクの縁を叩く。あげくにやっぱ手伝わねーと叫び、走って外に逃げていった。

「……そんなこと言われても。ここらの子達は慣れて麻痺してるのかも知れないけど、僕は初めてなんだからびっくりしたって無理ないだろ……」

 あんなのでも女の子だもの、とぼやきながら山内くんは耳の傷に触れてみる。

 血は止まっていたが、耳たぶがひどく熱を帯びている。


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