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山内くんの呪禁の夏。  作者: 二宮酒匂
第弐章 呪禁の町
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呪歌


 その日はいつもより多い数の子供たちが集まっていた。紺や山内くんのグループとほかのグループがたまたま遊び場で合流したのである。

 遊び場は林のなかの公園。

 地面に描かれた円の中央にコーヒー缶が立っている。

「そいや――っ!」

 直文(なおふみ)が思いきり缶を蹴飛ばした。缶は夕焼け空をくるくる回りながら林道に落ちた。固いアスファルトが缶をはねさせてさらに飛距離が伸びる。むろんそのあいだに子供たちは、蜘蛛の子を散らしたように四方に駆け去っている。

 山内くんは缶を拾ってきて目を閉じ、つっかえつっかえ(うた)い出した。じゃんけんで負けた結果、かれが缶蹴りの鬼なのである。

「えっと……『こうやん髪結い、一日かかるな、つとが三百、油が()百な。これでよいかと、かぎやに問えばな、これでよいよい、かぎしゅとままやよ……』」

 ほかの土地の缶蹴りや鬼ごっこでは、子供たちが隠れるあいだ鬼は数を数えて待つ。かわりに、この明町では唄うのだという。「夜にものを数えてはならない」というしきたりが影響していることは、山内くんにもなんとなく想像がついた。

「『……腹に子はなし、身は軽し』。じゃ、探すよー」

 唄い終わって山内くんは声をはりあげ、あたりを見回した。

 一本のイチョウのうしろから、明かりがかすかに漏れた。呼吸に合わせて明滅する青い火の光。

「はい紺みっけ、最初の捕虜(ほりょ)ね」

 缶をふみつけて名前を高らかに呼ぶ。

 しかし少女は姿を現そうとしなかった。しびれを切らして山内くんはイチョウに歩み寄り、幹のうしろをのぞきこむ。

「紺、捕虜になったってば。往生ぎわ悪いよ」

 幹に背をくっつけて隠れていた紺がかれをにらむ。彼女は怒りに震えながら火をくわっと吐いた。

「このタコ! さっきから鬼になったらオレを真っ先に狙い撃ちにしやがって!」

「だって見つけやすいもの……」

 霊気の塊であるという紺の秘火は、山内くんが見鬼となって以来かれの視界でますます存在を主張するようになった。しかも現在は夕刻で、周囲が暗くなりかけているのだ。目立ってしょうがない。

「その火をひっこめておけばいいのに」

「うるせー! 唇に解けない術がかかってるようなもんで、ほんのちょっとでも口開けたら出ちまうんだ!」

 自分の意志で止めることができないあたりは、山内くんの目と同じらしかった。

 山内くんは紺とそんなやりとりをしながら周囲の気配を油断なくうかがう。

(そこそこ缶から離れて背を向けてるけど……だれか蹴りに飛び出してこないかな)

 離れた隙にだれかに缶を蹴飛ばされれば、捕虜が全員解放されてしまう。そうと知りつつ鬼は、捕まえるために駆け引きをしかけるものだ。

 油断をよそおったくらいでは、子供たちの大半はおびき出されない。が、中には判断力が甘いものもいて……

 はたして、一年生の泰斗(たいと)がやぶから林道に飛び出した。仔イノシシさながらのがむしゃらな突進で缶を目指すが、しょせん幼児の脚だ。二人目の捕虜ゲット――山内くんは身をひるがえして走る。

 だが、かれが泰斗を追い抜かす直前、盛大にその幼い男の子はすっころんだ。

「だっ、だいじょうぶっ?」

 山内くんはあわてて抱き起こしたが、すでに泰斗は泣き出していた。

「あちゃー、ひざをおもいっきりすりむいてんな」

 追いついてきた紺が怪我を見て言った。悪いことに泰斗が転んだ場所は、草むらや林の腐葉土のうえではなく、アスファルト舗装された林道上である。固い地面でひざの皮膚はすりおろされたようになり、赤い傷口には尖った小さな石粒が食いこんでいた。出血はすり傷にしてはかなりのもので、見ている山内くんまでひざが痛くなってきた。

(血がすねまで垂れちゃってる)

 林じゅうに響きわたりそうな号泣を聞いて、隠れていた子供たちがぞくぞくと集まってくる。

「どうしたん?」「泰斗がこけたんだ」「うわー痛そう」「マイタケ、あんたばんそうこう持ってたやん。あれは?」「使っちゃったよ」

 明町の子供たちが口々にざわめく。

「あの……僕、消毒薬とガーゼと包帯持ってる」山内くんは腰のポーチから、簡易救急セットの入った袋をとりだした。かれは外出時はいつでも用心をおこたらないのである。

「よし、借りる」紺がうなずいた。「泣くな泰斗、血を止めてやるから来い」

 紺は泰斗の手をひいて公園の隅にある水場に連れていった。山内くんは明町の子供たちとともにそのあとについていく。

 紺はすえつけられた蛇口をひねる。泣きじゃくる泰斗の傷口を洗い、石粒をとりのぞいた。次はこれだろう、と思って山内くんは消毒薬のスプレー缶を差し出す。

 しかし紺は「まだいい」と手を振った。彼女は泰斗の脚の前にひざをついてしゃがみ、低い声でささやいた。

「ちの道は」


  ――父と母との血の道よ ちの道かえせ血の道の神


 それから紺は傷ついたひざに顔を寄せた。口づけかと見まがうその一瞬、紺の桃色の舌が傷口に触れたのが見えて、山内くんは目をみはった。紺はすぐ顔を離して泰斗に言い聞かせた。

「これで止まった。だからもうぐずるな」

 うん、と泰斗がうなずく。まだしゃっくりはしていたが。

 ひざの出血はたしかに止まっているように見えた。

「消毒するぞ。山内、スプレー貸して」

「はい」

 山内くんは消毒薬を渡しつつ、そっと視線を左右に走らせてほかの子たちの反応をたしかめてみた。みないつもと変わりない様子だった。

(だれも驚かないんだ……)

 だれかが怪我したとき紺が血止めをするのは、よくあることなのかもしれない。

「紺……なに、いまの。なにかつぶやいていたけど」

 泰斗の手当を終えて立ち上がった紺に、山内くんはたずねてみる。

「血止めの呪歌(じゅか)

 口をすすごうとしていた紺はふりかえって答えた。

「昔からあるまじない歌の一種だよ。正式な術じゃない。でもちょっとした効果がすぐ欲しいときには便利だ」

 ちらとのぞいた少女の舌の先端は、泰斗の血で濡れていた。

 艶めかしいほど、あかあかと。


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