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山内くんの呪禁の夏。  作者: 二宮酒匂
第弐章 呪禁の町
11/32

もんじゃくん

 林のなかで見つかった焼死体の身元は判明している。検死での、歯の治療痕照合の結果である。数日前から行方不明になっていた隣町の男子高校生であった。あまりふだんの素行がよろしくなく、悪い仲間のもとに転がり込んで数日家を空けることが以前からあったため、親は捜索願いも出していなかったという。

 司法解剖も行われ、遺体は発見される数時間前から「ガソリンをかけられて燃やされていた」ことが明らかになった。しかし地面の状況からみるに、遺体はあの場所で燃やされたのではないとも。

 まとめると、こういうことであった。

・あの焼死体は何者かによってあの林に運ばれた可能性が高い。

・そいつはあの林以外のどこかで高校生の死体を見つけあるいは作り(殺し)、火をかけた。

・完全に燃え尽きてもいないのに、人目につきやすい道路沿いのあの林に運んできて遺棄したことになる。だが、なんの意味があってそんなことをしたのだろう?

 こんがらかった状況である。

 ただ、悪いことばかりではない。第一発見者とはいえ、山内くんがこの遺体損壊・遺棄――加えておそらく殺人――事件の犯人容疑をかけられることはなかった。

“車も運転できない子供が、重量があり、熱も帯びた死体を遠くから運べるわけがない”

 捜査の現場ではそういう見解になったらしいのである。

「よかったじゃん。犯人扱いされなくて」

 青いアイスキャンデーを舐めながらしれっと言う紺に、山内くんは眉根を寄せてたずねる。

「……なんで君、捜査状況なんて知ってるの?」

 山内くんが十妙院家に泊まるようになってから迎えた、三日目の午後である。縁側に座って、広い庭先に足をぶらつかせ、ふたりは氷菓子をかじっているのだった。

「お祖母様か楓が警察に聞いたんだろ。オレは楓から聞いた」

「なんで警察のひとが楓さんたちにそんなこと話すのさ」

十妙院(ウチ)は外法の家だって言っただろ? 呪禁師(じゅごんし)なんて称して占ったり呪ったり、逆に呪詛・霊障(れいしょう)から人を護ったり……いまはもう呪うほうはやってないけど……こんな家業でも、お得意様はあちこちにいるのさ」

 紺は面白くもなさそうに言った。

「世の中の地位の高いやつ、どれだけ多くが占いやまじないに頼ってくるか、知ったらおまえ驚くぜ。そういうのとふだんからうまく付き合ってると便利なこともあるんだ。知りたい情報流してもらえるとかな」

(君が同級生相手にやってる、おまじないで楽しませる代わりの情報収集……あれを楓さんたちは規模大きくしてやってるってことかな)

 昨日見たこっくりさんの会を思い出し、山内くんは納得した。

(たしかに繁盛(はんじょう)してるんだろうな。“じゅごんし”商売って)

 この大きな屋敷に庭――池・築山・白砂利の川・木々に草花を配した「庭園」と呼んでもいい規模――を見てもそれはわかる。下品な言い方をすれば、しこたま稼いでいるに違いない。

「……それはわかったけど、なんで焼死体事件が神かくし事件とつながるの」

「黒こげ死体が『例の神かくしにあった奴』だからだよ。今回は、死体が出てきたから神かくしにならなかっただけだ」

 山内くんは緊張を覚えてアイスのかけらをごくんと飲み込んだ。

「同じ神かくし事件だと、警察がそう言ったの?」

「いや。ウチでの判断」

「なんでそんなことがわかるの……占いとか、霊に聞いたとかそういうので?」

「いいや。占ってもなにも出なかった。霊も喚べなかった。

 だから、だ」

 紺は目をすがめ、

「これまでの事件と同じなんだ。十妙院家(ウチ)が術を尽くしても手がかりすらつかめないなんてのは。お祖母様の占術をこれだけコケにする事件が他にあるもんか、これは神かくし……“闇宮(くらみや)入り”だ」

 闇宮。

 その言葉の意味はわからなかったが、山内くんはうすら寒いものを覚えた。

「き……きっと警察が解決するよ。今回は死体が出たんだから」

「オレは解決できないほうに賭ける。この事件は警察の領分じゃない……この世の(ことわり)じゃないんだ。だから、オレたちがやらなくちゃ」紺は腹立たしげに、しゃくしゃくっと音を立ててアイスの残り三分の一を平らげ……

「あ、しまった、キーンとくるぅ……!」

 一気にかじった氷菓子が頭痛を呼びこんだようである。彼女は縁側に転がって悶絶しはじめた。「うあぁぁぁ」ひたいを押さえて足をじたばたさせている。

 紺ってけっこう間が抜けてるよねと思いつつ、山内くんは質問する。

「紺、くらみやって何のことか教えてもらえる?」

「つーぅぅ……何言ってんだ。おまえ夢でそれっぽいとこ見たんだろ? だから楓がこれ以上なくマジな顔してるんじゃねーか」

「……あの夢の神社!?」

 息を呑んだ。かれはあそこで牙笛をなくしたのだ。

 紺がひたいに手を当てたまま起き上がる。

「おまえの家は祝部の分家だからな。おまえには闇宮をのぞくことができるかもしれないってことだ。

 ……もしおまえの見たのが闇宮なら、山内、神かくし事件の行方不明者たちはそこにいたと思う」

 山内くんは肌を粟立たせてのけぞった。

「つ……つぎあの夢を見たときには奥までいってよく調べてこい、とか言わないよね?」

 予想に反して、紺はすこし考えてから首を振った。

「それは危なすぎる。むしろ当分、おまえが夢を見ないように処置すべきかも」

 彼女は池向こうの植え込みにまなざしを投げ、沈黙して思案しはじめた。

 山内くんはそわそわする。二度と見たくない夢だ。だが事件の解決につながるなら勇気を出して手を貸すのが筋じゃないかなと、かれはかれで苦悩しているのだった。

(パパが僕の立場ならきっと「俺にまかせな」って言う)

「あ、あのさ、紺……」

 切り出しかけたとき、

「おおーい。邪鬼丸、ちょっと見に来いよ」

 当のパパの声が、冠木(かぶき)門のほうから聞こえてきた。

 山内くんたちは視線をそちらに向け、それから顔を見合わせた。

「なんだろ」

「バイクじゃね? 昼ごはんのときに、楓がおじさんのために中古のを手配するって言ってたろ」

「それかぁ……事故車だって話だよね……」

 午前中、十妙院家にパパが顔を出して楓さんが昼食をいっしょにとることをすすめた。そのとき流れで「山内家の前のバイクが壊れたので移動が不便」という話になったのである。

『あ、うちに使ってないバイクなかったっけ』

 汁物の椀を置いた紺がそう言い出し、膳を給仕してくれていた楓さんは娘を軽くたしなめた。『あれを薦めるのは失礼でしょう』しかしそこで思いなおしたかのように首をかしげ、

『……そうねえ、物自体に悪いところはないし……。山内先輩、ちょうど前の顧客ですが、一刻も早く単車を手放したいという人がいましたので、うちの蔵で引き取ったんですよ。しかじかのお値段で……よろしければ差し上げましょうか?』

『ほお。それは破格の安値だな』

 二日前の夜ふたりきりの時間になにを話し合ったのか、パパは楓さんの厚意を固辞せず受けるようになっていた。素直に、というより開き直っているようにも見えたが。

『ただでお譲りしてもいいんですよ』

『いや買うが、いっぺん自分の目で状態を見てみないことにはなんともいえねえな。しかし、そこまでして元の持ち主が売りたがったってのはなにか事情があるんだろうな、楓ちゃん』

『はい。事故車なんです。乗っていた殿方が亡くなられてご親戚が引き取ったバイクなのですが、夜な夜な“出る”のでどうにかしてほしいと。いちおうわたくしが除霊したのですが、薄気味悪いからとやはり手放したがりまして』

『薄情な話だぜ。いまは出ないのか? じゃあ問題ねえ、細かいことだ。あとで見せてもらうか』

 パパはいわくつきのものだろうとまったく気にせず使用できるタイプなのである。自分一人なら、アパートの事故物件(自殺者が出た部屋)にも平気で住むだろう。楓さんもそれをよく知っているらしかった、そうでなければ薦めるまい。

 そばで聞いていた山内くんは喉奥でうめいたが、表立ってはなにも言わない。うつむいてアマゴの塩焼きをつついていた。

(もう出ないのなら普通のバイクと変わりないし……)

 昼食のときとおなじことを内心で自分に言い聞かせ、山内くんは靴を履いて門のほうへ向かう。

 紺が山内くんの前にまわりこみ、かれの前方をキープしながら後ろ歩きで話しはじめた。

「オレが聞いたところだと、あのバイクさ。冬の夜、凍った路上でスリップしたトラックにぶつかられたんだぜ。事故のときさっさと転倒した機体は奇跡的にほぼ壊れなかったけど、乗ってたやつは巨人のアッパー食らったみたいに吹っ飛んで即死。無残な死体だったらしいぞ」

「紺。別に事故の状況とか聞きたくないから」

「バイク好きな男だったらしくてさ。どうもとっさにマシン本体をかばって自分が犠牲になったらしいんだな。で、執着が残ってたんだろうけど、ずたずたになった男がバイクにまたがってるのが何度も目撃されたらしいぜー?」

「紺ウザい」

 目の前、ひょいひょい左右にステップしながら楽しげに語る紺に、山内くんは冷たい声を出す。怖がらせようという意図がここまで透けて見えると、意地でも怖がってやるものかという気分になってくる。

 子供たちが門前の道路に出ると、バイクにまたがっていたパパはにこにこしながら軽く走ってみせた。

「おう、これどうよ。新品とほとんど変わらねえぜ、まちがいなく掘り出しもんだ!」

「ぎ」

 山内くんの視線はバイクそのものより、その後部に釘付けになる。

 バイクの後輪にくっついて、ひき肉の塊みたいなものがずるずるとひきずられている。髪も内臓も服の切れはしもごっちゃになった死肉雑巾(ぞうきん)のなかで眼球が一個、ぎょろりと動いて山内くんをねめつけてきた。

「ぎゃあぁあああ」

「おっ? なんだ邪鬼丸、いきなり絶叫して?」

 紺が横で「……除霊できてねーじゃん楓」とつぶやいた。




「なるほど、機体をかばって死んだほどのバイク好きが前の持ち主か。よほど愛車に思い入れがあるんだな。くうっ、バイク乗りとして共感しちまったぜ……!」

 話を聞いて男泣きしているパパ。……感涙すべきとこだろうかと山内くんはげっそりする。まあいい、除霊しても戻ってくる霊が憑いたバイクなんて、さすがにパパだって乗るまい。

「邪鬼丸、俺は前の持ち主の想いを汲んでこのマシン大切に乗るぜ!」

「乗るなバカああ! 何言い出してるのこの眉無しマッチョ!? 返品っ……返品一択っ……!」

「しかしここまで状態が良くて、しかもただ同然というのは」

「正気なの!? なんなら転売して別の中古単車買うとか、やりようはいろいろあるでしょ!」

「邪鬼丸、憑いてると知ってて人に売るのは筋が通ってねえ。俺はさっぱり気にならんが、そういうものを気にする人はいるんだ」

「僕がいま猛烈に気にしてるよ! 自分自身も乗るな!」

「あるものを使わないのはもったいねえだろ。マシンを使えるのと使えないのとじゃ、職場への通勤時間に格段の差が出る」

「命に換えられないでしょ!? どんな事故起きるかわからないじゃないか!」

 山内くんが必死に訴えるかたわら、

「んー? んん……んー?」

 紺が眉を寄せている。彼女はつぶれた霊のそばにしゃがみこみ、アメフラシで遊ぶみたいに木の枝でつついている。ぴくぴく動く肉塊。「なーんかひっかかるけど……まあいいや」彼女は立ち上がり、山内くんにとって余計なことを口にした。

「これならそれほど危険じゃないな。悪意感じないよ、この霊。

 それにおじさんは霊に影響及ぼされるような体質じゃまったくないぜ。オレの秘火吹き込んでも見えるようになるかすら怪しいな」

 いや待て、と山内くんはうめく。

「ねえ僕は!? ばっちり見えてるんだけど! そのミンチ肉か失敗したもんじゃ焼きかというグロい物体が!」

「ん? 見えてるあいだは無視すればいいだろ。執着対象、この場合はバイクだけど、そこから離れたがってないだけだってこのもんじゃ焼き」

「嫌だぁぁぁ!」

 山内くんはよくパパのバイクの後ろに乗せてもらうのである。二人乗り(タンデム)のとき間近でうぞうぞ動いている肉塊を意識したくない、とかれは涙目になった。

「なんとか追っ払えないの紺っ、君の火でおどすとかバイクにお札貼るとかしてよ!」

「えー。……してもいいけどさ」

 紺が邪悪な笑みを浮かべた。

「これだけ執着見せてる霊ってのは、追い払ってバイクにさわれなくしたくらいじゃ、そうそう諦めないと思うぜ。愛しのマシンから引き剥がしたおまえを恨んで、オレがいないときに家にあがって来ちゃうかもなー。いいの?」

「いやだよ!」

「じゃ、焼こっか? グロ外見以外は特に罪がない霊だけど。消滅させるくらいの勢いで」

「そ、そこまでやるとかわいそうだけど……」

 山内くんが口ごもったときだった。

「除霊が失敗していたとのことですが……?」

 玄関から当惑した表情の楓さんが歩いてきて、

「――――」

 バイクの後ろの肉塊をひと目見るなり、袖で口を覆って絶句した。

 顔を蒼白にしてよろめきそうな彼女の様子に、パパと紺がけげんそうにする。

 しばらくしてから楓さんは「……先輩。こちらに。ちょっとお話が」と、かすれた声でかろうじてつぶやいた。

 大人ふたりが庭の木陰に消えたのち、紺が「なんだろ、いまの楓」と言った。山内くんはバイクの後ろでもぞもぞする霊を指さす。

「そりゃこんな酷いものいきなり見たらしょうがないんじゃ……」

「楓はたいていの霊や死体は見慣れてる。こんなので眉ひとつ動かすもんか、だいたい一度除霊したとき見てるはずだろ」紺はきっぱり言って、首をさらにかしげた。「失敗してたからといってショック受けるようなタマでもないんだよなあ。オレの母親だぞ」

 それを聞いて山内くんは微妙な気分になる。立ち居ふるまいに品のある美人の楓さんも、小さいころは紺みたいな悪ガキだったんだろうかと。




 結果から言うと、パパはその幽霊バイクを引き取った。

 新たな除霊すら施されていない。にもかかわらず、「これでいい。邪鬼丸、我慢しろ」とパパは有無を言わせぬ重い声で告げた。

 わけがわからないまま山内くんは涙を呑む。パパは家にバイクを置きに行き、肉塊こともんじゃくん(命名・紺)はそれにくっついてずるずる引きずられていく。


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[良い点] とても面白いなと思ったらシャトランジの作者様で納得いたしました。 引き込まれる魅力があり、読んでいてとても楽しいです
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