胃薬
「……」
きっと悪魔が憑依していたに違いない。そう思っておこう。異様に強かったし。
「……どうしたのって――話聞いてました?」
「うん――ああ。乗せて行ってくれるらしいですね。良かったじゃないですか。言う様に最近物騒ですから」
兄様がね。付け加えたくなるような言葉を飲み込んで私は兄様の笑顔――傍から見れば天使――に目を向けた。
ふふふ。
笑う兄様の笑顔はなんか胡散臭いのだけれど、気の所為だろうか。それはソルト様も感じたらしく若干、乗せると言ったことを後悔をしている様に見えた。唯一リュートが見ていないことが救いだろうか。彼女は『早く〜』と馬車前で手を振っていた。
うん。無邪気でいいな。
私は手を振りかえして少しひきっつた笑みを兄様に向ける。
「何か企んでます? 兄様。さっきまで明らかに乗り気では無かったですよね」
不機嫌そのものオーラを放ちまくってたのは記憶に新しい。だがにこりと微笑んだまま兄様は何事も無かったかのようにして口を開く。
「考えを変えることにしたまでです――それに僕が企んでいるなんて妹なのに信じられないっていうんだね?」
うん。まったく信用度は無いですが。じっと見ていると照れたようにポリポリと頭を掻いている。
「ふふふ。照れるなぁ。見つめても何も出ないですよ。ただ、僕はライラだったらどんな服が似合うだろうって考えていただけです」
「……ドレス?」
私は眉を跳ねた。当然私はそんなもの持っていない。だって農奴だし――必要ないし。美人でもない。たぶんこれからも必要ない。家に帰るし。
興味が無いと言えばウソになるけれど。
大体、パーティも何もないのでそれを何に使うか分からない。タンスの肥やしになるのが落ちだった。それに一番の問題点といえばお金などない――と考えを切って兄を見た。
この人、買わせるつもりだ。あの姫様に私のドレスを――。
「うふふふ」
平坦に笑う兄様の背中を見つめながら私はどうすれば阻止できるか考えていた。ああ、そうだ。違う物に持っていけばいいのだ。パンとか果物とか――野菜の種子でもいいかもしれない。とにかく阻止しなければ。そんな不必要で高そうな物――たぶん――を買わせるわけにはいかない。
うんうん唸りながら考えているとトンと肩に手が置かれた。見上げるとそこには同情的なソルトの整った顔がある。
「あなたも大変ですね。――その年にして。あの人の相手は大変でしょう。末恐ろしい」
「……はぁ」
そう言えば私今年十一になったばかりだった。何でこんなに胃が痛いんだろ。これからさらにこの痛みが増すのだろうか。胃薬を常備しなければならない予感にげんなりする。それより『も』って何だろう。『も』って。
「これからも頑張ってくださいね」
助ける気はやっぱりないんですね。去っていくソルトの背中を見ながら私はようやく思い出していた。その白い衣服はいつか見たことがある。確か領主様の家に向けて穀物を運んでいるときに少しだけ。確か執事さんが教えてくれた。
あれは――確か王家直属、近衛騎士団の制服だ。
<年齢設定>
あまり考慮してません(;゜Д゜)
開始時は1歳マイナスで。
現在→ライラ11歳。兄様13歳。リュート15歳。ソルト20歳