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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
一章
7/61

左目

 綺麗な傘――私は何で晴れているのにそんなものを差すのか甚だ疑問だったけれど――を従者に差されゆっくり、ゆったり歩いて来る女の人。青年が恭しく手を延ばすと彼女は白いレースの手袋を纏った手でそれを取った。



 見ると私が思う『お姫様』のイメージとはだいぶ違う女の人だった。優しげな碧眼の双眸を浮かべた一五、六歳ほどの少女が立っている。これもまた絵になるような美少女で整った顔立ちと抜ける様な白い肌を持っていた。青年とは違った長く緩やかな金の髪を大きな髪留めで纏めている。



「ごきげんよう。私はリュート。リュート・ナルハ。貴方は?」



 なぜだろう。言っている意味も言葉も分かるけれどどこかアクセントかおかしい。私か小首をかしげていると彼女は悪戯っぽく肩を竦めて見せる。



「隣のデリオロン出身なのよ。聞きにくいなら許してね。覚えている途中なの」



 私は心の中で小さく声を上げていた。親近感だ。私もデリオロンの言葉を覚えているから勉強が苦しい――多分――ことはよく分かる。そのため警戒心も忘れ口を開いていた。ついでに兄様のしかめっ面も忘れることにした。怖いから。



「あ。私も――デリオロンの言葉覚えている途中です! あっ。私はライラ・ストローズ。これは兄さ――兄のオーエン・ストローズと申します」



 私は一応――王都に行くならと母が無理やり仕込んだんだけど――習った様にスカートの端を持ち上げた。ぎこちないそれがおかしかったのかリュートはくすくすと肩を揺らした。それか少し恥ずかしくて私は頬を赤らめてしまう。



 ーー慣れないことはしない方が良いらしい。



「ストローズ兄妹ね。可愛らしいわ。初々してくて。それに――ライラのその眼。とても綺麗ね」



「……ええと」



 可愛らしい。少なくとも私はそう思っていない。家族にもよく言われるーー兄様が主ーーけれどおべっかにしか思えなかった。このリュートの言葉にしても社交辞令だろう。目の事にしても。



 ただ、いくら社交辞令でもこの目だけはとても綺麗だと受け入れることはできない。そう思う。


 ため息一つ。


 無い筈の右目に私我知らず触れていた。閉じたままの瞼の下。凹まないように入れた義眼がゴロリと揺れる。そこには異物感しかなかった。



「……目は不気味ではありませんか? 私は片目しか持っていない上に、緋色をしてますし」



 私は不気味だ。鏡を見ると爛々と輝く左目。そんなはずはないのに眼だけが光を放っている様に見える時だってある。それを家族は何も言わないし、目覚めてからそのことに触れもしないけれど。



 リュートは柔らかく微笑んでもう一度言う。『きれいだわ』と。



「……」


 本当なのか嘘なのか分からないけれど。



 何となく照れくさくなってしまう。頬に熱がこもるのを感じて私は彼女から視線を反らす。気味悪がっていたのは自分だけなのかもしれない。



「王都に兄妹だけで行くの?」



 話題が変わったことで私は顔を上げた。リュートはにこりと兄様に微笑みかけるが兄様は相変わらず不服そうだ。それを彼女が気にすることはなかった。少しハラハラしてしまったのだけれど『死刑』とか言われなくてよかった。



「――国立学院に」



「まぁ。エリートなのね! そのお年で! 将来は騎士様なのかしら? ふふふ。素敵だわ。ソルト様もその学院出ているのよ!!」



「はぁ」



 自慢げにリュートは話すと近くに控えていた、きれいな青年に目を向けた。どうやら青年は『ソルト』と言うらしい。彼は『恐れ入ります』とニコリと嬉しそうに微笑んでいる。



 なぜか分かり合う様に見つめ合っている二人。一瞬私達兄妹が疎外感を覚えたのは気のせいだろう。



「本当はね、私なんかの警護をする身分ではないんだけど――ああ。そうだ。ソルト様。どうせ王都に帰るのなら彼らと度をともにして良いかしら? お礼もしたいし。それに最近物騒だから。私の馬車であればソルト様も居るし安全でしょ?」



「――そう、ですねぇ」



 少し考えてからため息一つ彼は落とした。その様子から気が進まないことはよく分かるがリュートは譲ることはないだろう。ニコリと張り付いたような笑顔からはそんな気迫が伺えた。



「分かりました――学院に行くと言うのであれば身分はしっかりした者たちなのでしょう。それに子供ですから……問題はないと思われます」



「――いいんですか?」



 私は訝しげに問うた。



 この国では身分制度はある物のそこまでがっちり決められてはない。故に町民から貴族にと言う事もあるしその反対だってある。私達農奴だっていつでもその身分を脱することは可能なのだ。しかしそれはあくまで法律上と酔っぱらった父に教えられた。未だにその間には高い壁がある。貴族は貴族。平民は平民。垣根を越えたものはゼロに等しく閉鎖された社会――特に貴族間では下の身分と仲良くすることはご法度に等しかった。



 とは言っても父の受け売り。私の脳は実のところあまり良く理解してはいないのだけれど。ただし、リュートの事を心配しているのは確かだ。私達の所為でつまはじきになったら嫌だし、可愛そうだと思う。



「いいのよ。私は身分など関係ないデリオロン出身よ?」



 ふふふ。と軽く笑う。そんな事さして気にしていないと言う表情でくるりと身を彼女は翻した。空色のドレスにあしらわれたレースがひらひらと揺れる。



「それに恩人に対して冷たい態度を取ったと知れればお父様に殺されてしまうわ」



「――兄様」



 どうしていいのか分からず私は兄様に目を向けるが兄様は眉を八の字にさせている。何かを悩んでいるようだった。



「兄様?」



 呼ぶとようやく気づいた様に我に返る。



「――ああ。ライラ。どうしたんです?」



 ああ。ようやく、もとに戻っている。ニコリと顔を向ける天使に私は泣きそうな想いで息を付いた。


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