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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
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願う事

 虫の羽音のような小さな音だった。目の前に現れたのは――空間に浮き立つような魔法陣。そう、魔法陣だった。昔習ったことだけど文字一つ一つ、記号の一つ一つに意味があり、その機能は違ってくるらしい。精霊の力ではなく異界の力を呼び出す媒介と言われているけれどそれをまともに扱えるのは僅かだと聞いた。精霊たちよりも難しい力――。私はその魔法陣をぼんやり見つめていると、それはまるで風の様に私の身体を通り抜けて行った。振り返るとそれは消えている。



 何だったのか――そう隣に立っている少年に聞く前に私は息を飲んでいた。



「これ――って?」



 確か、私は学院を引きずられるようにして歩いていたはずだった。裏庭を抜けて――正門に向かっている途中……だったと思う。



 なのに――。私の前には牧草地帯が広がっていた。茜色に染まり始めた世界の中、のんびりと牛たちは犬に追われて移動している。その後ろで、不審そうに牛飼いの人が私たちを見たが『早く帰れ』と言わんばかりに一瞥し牛と共に消えて行った。



「ええと? どこ?」



 すでに私の数歩先を歩ている少年は振り向くことはない。その歩幅は大きく、思ったより早かったので私は少し小走りになってしまった。



「昔――俺を救ってくれた人が言ったんだ。見せたいものがあった。って。宝物だったって」



 遠く、見えるのは古びた神殿だろうか。誰も手入れしていないためか蔦は絡まり、所々崩れ落ちていた。小さく、廃墟と化したその後ろに見えるのは大きな一本の木。周りに何もない牧草地帯にその建物と木だけあるのはなんだかとても淋しい気がした。



「宝物――」



「結局、二人で見ることなんてできなかったけれど――いつか二人で見よう。って約束したんだよ。いつか――って、さ」



 振り向くことの無い少年の背中。だからどんな表情をしているかなんて分からない。けれど、泣いているような、苦しそうなそんな雰囲気だった。先ほどまでとはどこか別人のような……。



 ――もう、その人はいないのだと私にだって分かる。



「……それを見に行くの?」



「見たいんだ」



 言うと迷うことなく神殿を突き抜け、大木の前に立った。その先ははるか遠く――高い。まさかとは思うけれど上るつもりなのだろうか。あの上に宝物を置くなんてどれだけアクティブな人になのだろうとは思うが心底登りたくない。自慢できないが体力は無い方だ。可哀想だけれど――ここまでかな。そう考えていると、私の身体が不意に浮き上がった。



「!!!?」



 いや、浮き上がったと言うのは語弊がある。正確には横抱き――つまりお姫様抱き――でローエルに担がれていたのだ。



 羞恥と不安定な体制。半ばパニックで、私は思わずローエルにしがみつきながら声にならない悲鳴を上げていた。



「案外――重い。動くなよ? 重いんだから。……『ヴェルド(風)』俺たちを木の先に運んでくれ」



 重いを連発は気にならないと言えば嘘になるし地味にボディブロー。けれどそんな事よりも、ローエルが言葉を紡いだ刹那だった。一陣の風がまるで空気を切り裂く様に吹いたのは。それはそのまま私達を覆いつくし、恐ろしいことに身体を足元から軽々と押し上げていく。――まるで空に浮かぶようにして。



 怖い。ぐんぐんと地面が離れていくのが怖くて私は目を閉じてローエルにしがみついていた。



「……つ!」



「大丈夫だって。ヴェルドは精霊の中で一番優しいし。落とすなんてないから」



「精霊?」



 私は少年を見上げると彼はどこか大人びた表情で笑いかけている。それは私を落ち着かせようとしている表情なのかもしれない。



 ただ、揺れる赤い双眸は宝石のようでとてもきれいだった。まるで吸い込まれるかのように。



「でも、精霊はこんな事」



 彼はくくっと喉を鳴らした。



「精霊王だかんな。俺。基本なんだって出来んのさ――そんな事より、ライラ。ほら」



「……」



 いつの間に木の上に来ていたのだろうか。相変わらずローエルが私を抱え込むように抱いていて――人ひとりぐらいのスペースしかない為降りることなどできない――気恥ずかしかったが、飛び込んで来た景色に私は目を見張っていた。



「見たかったんだ。一緒に」



 美しい世界だった。とこまでも広がる大地。朱と藍色。そして山の間に落ちていく黄金の輝き。東の方に出ている月には静かに光が灯り始めていた。



「綺麗……」



 手を延ばせば届きそうな天空。零れ落ちそうな星々。



 これが私の住んでいる世界だとは思えずまるで夢の中に居る様だった。泣きたくなるほどの美しい世界の中、私はどれだけその景色を眺めていただろうか。気が付けば世界は暗闇に包まれていた。



 少し冷えただろうか。空気が冷たく感じたが、寒く感じない。――よく考えれば抱かれたままだと言う事を思い出し、慌てて目をそこにいるはずの少年に向けた。



 じっと微動だにせず彼は景色を見つめていたが私の視線に気づくと、少し困ったような――泣きたいような笑顔を浮かべて見せた。



 感動と言うよりは――ずっと感じている淋しさがそこにはある。



「――きれいだよな。やっぱり。俺も見るの初めてなんだけどさ」



「うん」



 少しの沈黙。彼は息を吐き出すように言葉を紡ぐと空を見上げる。



「でも、思わなかった。こんなにも――こんなにも。まだ、苦しいなんてな。終わったことだと思ってたんだ。あんたもここに居るわけだし。納得だってしたんだ。――なにもかも終わったと、思ってたんだ」



「――うん」



 どうして。聞きたい事は沢山ある。けれど聞けはしなかった。今ここで問いただすのは違うような気がしたし、何よりも――泣いていたから。



 涙さえ見せていないけれど苦しそうに微笑む横顔は泣いていたから。



「けれど――俺は」




 生きていて欲しかったんだ――。




 呟く声は静かに、静かに空気に溶けて行った。


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