揃い踏み
まぁ、信じられないし。
「ええと、だから、何ですか? ともかく、私は行きませんし、関わらないでほしいんですが? ああ、できるなら家族とか学校とか」
世界とか? 付け加えると少年は喉を困ったように鳴らす。
「……何気に酷くねぇ? けど、行く事は決定してるから、大体、ライラがいかないと魔王から助け出せないじゃんか」
「大体、父様は魔王じゃないですし……意味が分かりません」
そう言えば魔王魔王と何の根拠があって言っているんだろう。彼は悪びれた様子など無く肩を竦めた。
「魔王だろ? 大体人間は化け物のような若さで百歳を超えないし。幾つだよ。オーエンは?」
言われて私は首を傾げていた。正確な年齢なんて知ら無い。けれど渋さが漂う中年な事は確かだ。今度年齢を聞こうかな? こう考えた頃、私は隣にここにいるはずの無い人物を確認して絶句した。
年齢を重ねたシルバーグレイの髪。彫刻のような整った顔立ちに、黒い両眼――片方だけにメガネをかけた紳士とも言える中年男――私とは目の色くらいしか一致していない父親むがにこりと笑顔を湛えて立っていた。
何か、が怖いのは気のせいだろう。
「百十を超えたくらいかなぁ? よく覚えて無いなぁ」
「とうさん?」
一体どこから湧き出したんだろう? いや、幻覚か何かかな? 目を擦りに擦っても消えない代わりに父の手が私の頭を軽く撫でた。
「来たな? 魔王」
「来たねクソガキ。僕からライラを取ろうなんて消し炭にしてほしいの? せっかく殺さないであげておいたのに」
殺しておけばよかった。と物騒な事を言いつつ笑う。それがまるで何でもないことの様に。それにつられて少年は乾いた笑いを浮かべていた。
「ははっ。消し炭なんて冗談。俺がこの辺り一体をお前の血で染めてやるよ」
「ん? ならよろしく。クソガキにできるものならね」
なんだか火花が散っている様に見え――そんな事はどうでもいいけれどその前に二人は本当に知り合いだった事に驚いていた。
私を殆ど置いてけぼりにして爆発しそうな雰囲気。それでも私は怯むことなく口を開いていた。
「ええと。――どういう……」
「ローエル・ディバス。何の責任も負わずに逃げた大戦の当事者」
ニコリ。嫌味たっぷりに笑いかけると少年の顔が明らかに曇る。
「はぁ? フザケンナ! てめぇが閉じ込めたからじゃねぇか! 何で父上と兄上がアンタを生かしておいたのか不思議なんだけど!」
「そんな事も分からない? 百年たっても脳はガキのまんまで、何よりだよね」
相変わらず脳が付いていく事を拒否している。けれど父は人をからかう為だけにくだらない嘘こそつくがこれは嘘だと思えなかった。尤も結託して嘘を付くなんて絶対にしない人間だ。
「でも――とうさんは人間でしょ? 百年以上も生きてないでしょ? かあさんも。なんでそんな事を?」
しかも未だ中年。平均寿命が五十年ほどのこの国でありえないこと。
「だから僕は百年はゆうに生きてるよ? ジルもだけど」
いい年の男が、小首を傾げながら不思議そうに返されても困る。私は初耳だし。可愛くないし。
思わず言葉に詰まってしまった。ついでにジルは母の名前だったりする。
「だから人間超えちゃってんだって」
「……ええと、私は?」
「普通だよ?」
普通――。普通って何だろうともはや思い始めている。頭痛を感じて米神を押さえているとグイッと身体ごと引っ張られた。
思わずバランスを崩すがそれを支えたのは少年だ。その細い容姿には似合わず案外力強い手だった。
「そんな事より、ライラはもらっていくからな!」
「ははっ。よし、消し炭決定」
清々い笑顔で言っているが目が笑っていないし、内容が怖い。そして、ようやく気づいたけれど周りの視線が痛い。
忘れていたけれど図書室だった。
「上等。表出ろよゴルァ! 剣の錆びにしてやる!」
「……ええと」
うるさいし――当然外に出た方がいいんだけれどどう止めるべきなんだろうか。外に行けば殴り合いになったりするんだろうか。
はっきり言ってしまえば父は強い。しかもその強さは――異常らしい。私も人づてに聞いただけなのでよくわらないけれど。ともかく、父の怪我など微塵も心配しないが少年がどれ程の怪我を負うか心配だった。死にはしないと思うけれど、病院送りは避けられないだろう。
父は私を笑顔のまま引きはがすとポンポンと頭を叩いた。
「いいでしょう。ふふふ。久しぶりですねぇ。最近は誰も僕の相手をしてくれなくなったし」
強いからね。じゃなくて。
「そうは行きまんよ」
「……」
そして――この人はどこから湧いたんだろう?
少年の隣には彼とよく似た面差しの青年が立っていた。蜜色の髪と琥珀の双眸。整った顔立ちに薄らと笑みを浮かべている。ただ――透き通っているけど。
少年は嬉々として青年に駆け寄ると青年は目を細めて見せた。
「兄上……すごい姿に――ユウレイ?」
「ふふっ。『意識』ですよ。少し違います。まぁ、私は人間ですからねぇ――そこの化け物と一緒にしないでください。そんな事よりも、かわいい弟をボコるなんて許しませんよ? オーエン」
父は子供の様に口を尖らせた。いい年の男がしてもかわいくないし、背中が少し寒くなる。そして身内であることに少し恥ずかしさを覚えていた。
「あ? 死人の言う事なんて聞かないデスケド? つぅか死んでまでって、お前どれだけ過保護なの?」
「鏡を見ろ」
柔らかい笑顔と刺さるような言葉の落差が酷い。彼はニコニコと微笑んだまま私に目を向けた。
「まぁ、それはともかくとして、行かせてあげてください。ライラさんも付き合ってあげて欲しいんです」
「嫌だね」
即答に少年が睨み付ける。ただ父はどうってことも無いように肩を竦めただけだった。
「黙れ。魔王。兄上が喋っている」
「まぁ、知っているでしょう? でなければ君がローエルを生かせた意味が、封印した意味がないですから――いい加減子供じみた独占欲は消したらどうです?」
「……生きてたら、殺してたな。絶対。ソルト」
ソルト――少年が兄上と慕うはずだから、おそらく『ソルト・ディバス』だと名前は容易に想像が付く。どこかで聞いたような――。
不満そうな父に青年は楽しそうに笑う。
「ふっははは。それを生き抜いたのが私ですよ? 何度君に殺されかけたことか。まぁ、過去は過去ですしね。ローエル」
「……はい」
うん。と軽く頷くと青年は私に視線を戻して優しく微笑んだ。何もかも包むような雰囲気は大人の貫録と言うべきものなのだろうか。父よりも外見は若いのに父は持っていないような気がした。
父。カッコ悪い。
「ま、だまされたと思ってローエルに少しだけ付き合ってくれませんか? ライラさんにはわけが分からなくてどうでもいいことでも、弟にとってはこの日を待っていたんですから。この魔王に閉じ込められてからねぇ」
「――でも」
「いいからっ! ごちゃごちゃと。行こうって。ほら、オーエンも応援してくれてるしなっ!」
そんな洒落要らないし、食い殺しそうな目で父は見ている。応援と言うより憎悪を募らせている感じだった。その横で対照的にさわやかな笑みを浮かべている青年。そこには世の中の陰と陽が凝縮している様に見えた。
つまり――混沌で関わりたくない雰囲気だ。ここに残っても嫌な気分を永遠に味わうような気がする。
仕方ない。よく分からないけど。
「……う、分かった」
ため息一つ。私はそう呟くしか無いような気がした。




