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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
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狭間の出来事

く、暗くてなかなか進みませんでした(>_<)じ、次回こそは……(-_-;)


 それは永遠とも思える一瞬だった。思えば命の終わりに見るかもしれない一種の夢なのかもしれない。最後に視る夢だったのかもしれない。



*****



 目を開けば見覚えの無い世界が広がっていた。どこまでも続くような黄金の麦畑。丘の向こうには小さな家があり、煙突からはふわふわと煙が揺れていた。見上げれば蒼穹が広がり東の空には白い三日月が掛かっている。サラサラと流れる風と降り注ぐ温かな日差しの中で私は麦畑に埋もれるようにして一人立っていた。



「あ――れ?」



 間抜けな声を聞くものはいない。正反対。閉ざされた氷の中に居たはずと考えながら私は視線でいるはずの兄様を探したがどこにもそんな気配など無かった。そう精霊達の気配さえも無い。



 抱いていたはずのリュートの亡骸さえも。



「兄様?」



 声はさわさわと揺れる麦にかき消される。ともかく私はゆっくりと足を進めるとどこまでもどこまでも空間は広がっているようで幻でも何でもなさそうだった。



 広い世界にただ一人。投げ出された感覚に私は不安を覚える。小さな家に向かえば人がいるのだろうか――しかしながらいくら歩いてもその家が近くに見えることは無かった。



 どうしよう。こんなところで――私は消えていくのだろうか。何もできずに。何も返せずに。誰も救えずに。



 『ありがとう』さえ言えずに。



 私は強く唇を噛んでいた。



 おとなしくあのまま、学院に居ればよかったのかもしれない。ローエルに全てを返そうだなんて考えない方がよかったのかもしれない。そうすれば――。浮かぶのは鮮血。静かに死んでいった友人の顔。私が動かなければ、彼女が死ぬことも無かったのに――。覚悟が、覚悟が何も足りていなかった。所詮口だけ。



 それはとても情けなく、悔しかった。涙が出るほど。自分自身を殺してしまいたい。そう願う程。



 だけど――『あのまま』で居たくないと思ったことは事実で。



 相反する心。苦しくて私は歩く事をやめていた。歩きたくなかった。もうこれ以上一歩も、どこにも行きたくは無かった。例え――このまま私自身が消えてなくなってしまうのだとしても。



 何かを、最後に残った何かを護るように、抱きしめるようにして私は身を屈めていた。



「ごめんなさい」



 これは、何かの罰なのかもしれない。何も考えず動いた結果の末起こった出来事に対する罰。リュートが死んだのも。兄様をはじめ、いろんな人を巻き込んだのも。ローエルが記憶を無くしたことも……すべて――。



 そこまで考えて鳴らない筈の心臓が一度大きく鳴った。脳裏に浮かぶのは兄様やローエル。兄様たちは『まだ』闘っている。ローエルが記憶を取り戻したのかどうか私には分からない。その前の記憶はない――けれど。私はようやく気付いていた。自分の『中』で記録と感情が繋がってすべてがまるで昨日のことのように思い出される事を。それを思えばきっとローエルも思い出しているのだろうと思う。



 そして、まだあの『城』に居るのだろう。精霊たちと共に。



 私は思わず息を飲みこんでいた。脳裏に過るのは先ほどまでとは違う不安。大丈夫だろうか。これからどうなるのだろうか。二人が、特に兄様が桁外れに強いことを知っていても不安は尽きることは無い。それは時間が経てば経つほどに紙に落した墨の様にジワリと広がって黒く塗りつぶしていくようだった。



「……行かなきゃ」



 私はぼんやりと呟いていた。行っても意味はない。また同じことを繰り返し、誰かを死なせるかもしれない。それが兄様だったり、ローエルだったり。あるいは誰かかも知れない。それはとても怖いことだった。何もかも私の中のすべてを奪い取っていくように苦しい。後悔は拭いきれず、足が震えるほど怖い。今だって動きたくなくて、もう消えてしまいたいのに――それを何度も繰り返すことはとても嫌なことだった。酷く後ろ向きな心。嫌な感情。てでも『行こう』そう思ったのは、願うから。細かな理由も何もなく、ただ生きていて欲しい。そう願うから。何もできなくても――護りたかった。助けたかった。ただそれだけ。それはもはや本能的なものに似ている。



 のろのろ顔を上げると小さな家を見つめた。酷く重い身体。それは何となく錘が乗っているように感じられた。まるで自身の身体ではないように。私はそれを引きずるようにして歩く。



「行かなきゃ」



「相変わらずね。ライラは」



 私が呟く声に答えるようにして、風に乗り声が響く。それはとても微かで耳を澄まさないと聞こえないそんな程度ではあったが確かに私の耳に届いた。



 透明感のある美しい声。それはとても聞き覚えがあって、泣きたいほど懐かしいものの様に思えた。



「リュート」



目に止まるのは美しい少女の姿だった。丁度私達が出会ったころの年齢に近いだろうか。金の軌跡を描きながら彼女の髪がふわりと舞う。



 彼女は形のいい口許を軽く歪めて微笑んでいた。そこには敵意も何もない。ただ、昔の彼女がそこにいた。



「生きて?」



そんな事を実際思っている訳ではないけれど。呟く様に言うとリュートは面白そうに噴出した。



「そんなわけがないじゃない。どうせならって思っただけ――旅は道ずれって言うでしょう?」



「……それって」



 迎えに来てくれた。と言うことだろうか?



 これは、この世界は罰なのかも知れない。そう思っていたけれど――違うのだろうか。それよりも。リュートは私を……嫌って無かったのだろうか?



 その想いを知ってか知らずか呆れたようにため息を吐き出したのはリュートだった。



「――馬鹿な子だよね。ライラは。ったく、どうしてそんな顔をするのかな? 私はライラを殺そうとしたのに。怒号の一つも飛ばないなんて。恨み言一つ思ってないでしょ? 挙句の果てには『私が悪い』とか思ってない?」



「……」



 そんな顔とはどういうものなのだろう。私が首を傾げていると彼女は私の頬を軽く抓った。彼女の美しい顔はどこか泣いている様にも笑っている様にも見える。



「馬鹿な子。本当に。嫌になるわ」



「だって、私は――」



 リュートが好きだから。とは言えなかった。彼女か弾くようにして私の頬を離した為に言葉にならなかったと言う方のが正しかった。軽く痛みが走る頬。それを撫でながら顔を上げるとリュートはどこか高慢に顎を軽くしゃくった。



「思い上がりもいい加減にしてほしいのよね。ほんと。ライラ中心に世界が回っている訳じゃないから」



「でも……」



 動かなければこんな事には――リュートが死ぬことも無かった、から。やはり私が悪いんだろう。そう、思った。



「めんどくさい子。そんなんだった? 性格。どうせ行動しなくても後悔するんでしょ」



「――そう、だけど。だから……」



 何も答えなんて見えない。どうすればいいのかどうすればよかったのか。今でも『最善』は思いつかず後悔しか見えなかった。



「誰も、何も未来なんて分からない。答えなんて無いと思う。――ライラ。でも、今は『行きたい』んでしょ? 何もできなくても、『行きたい』そう思うんでしょ?」



「リュート」



 彼女は軽く笑うと小屋に目を向けて目を細めた。そこに何か『楽しいこと』があるように。



「だったら、それでよくない?」



「でも」



「少なくとも――今はいいでしょう? どうせ考えても答えなんて出ないんだからさ」



 音も無く歩き出す。それに思わず付いていくと彼女は私を振り返り、艶やかに笑った。すっと伸びる長い指は私の後方を差す。刹那――風が彼女の金の髪を巻き上げて私の頬を通り過ぎて行った。



 さわさわと余韻が残る畑の中で彼女は薄い唇を開いた。



 『行ってらっしゃい』――と。



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