精霊の声
金属の重なる音が耳に強く響く。手に残るのは酷い痺れ。よろめきバランスを崩した身体はすとんと腰から座り込むようにして床に落ちた。それでも剣を離すことが無かったのはその剣で恐怖で見えなくなりそうな心を支えていたからなのかもしれない。
たった一人。誰も助けてくれない世界の中で、剣だけが私の心を現実に繋ぎとめていてくれた。
見上げればすぐ近くにローエルが剣を構えている。冷たい目。いつだって私を殺せるそんな顔をしていたが、『何か』を待っている様にも見える。それが何なのかもちろん分かるはずも無かった。
「なんだ――弱いじゃない」
『つまらないわ』そう呆れ気味に言ったのはリュートだった。別に私は『剣が使える』なんて一言も言った覚えはない。きっと前の私だって同じだろう。使えるのは一番初めの私。小さな男の子の為に奔走した私だ。
「わたし――は。剣なんて使えないから」
浅い息を繰り返しながら私は喘ぐようにして声を絞り出していた。
「なら、そのまま死ねばいいね。ローエル様に目も元に戻るし、ライラだってどうせ目を返しに来たんでしょ?」
敵意すら感じられない酷く冷たい声に心臓がちりりと痛む。
そうだけど――そうじゃない。確かに結果としてすべてが還る。だけれどその前に『お礼』を言いたかった。自分のすべてが終わる前に、すべて何もかも自然に帰る前に。たった一言述べたっただけだ。
その前に私が死んでしまっては意味がないけれど――。私はくっと唇を噛んでいた。どうしようもない。私には戦える物はなにもない。如何ふるっていいのか分からない剣が腕の中にあるだけだ。
ソルト様にも兄様にも皆に迷惑をかけてわがままを言ってここまで来たのに結局意味が無い事を思い知り、心の中に虚無が広がる気がした。
悔しくて、悲しくて――愚かしくて。
「ローエル」
私は剣を杖の様にして立ち上がる。すでに足には力が入らず、腕の力だけで身体を持ち上げたが、その手も軽く痙攣を起こしていた。
「……無駄よ。話しかけても。今は疑似精霊に支配させているんだけど――さすがに無抵抗の女を殺すには抵抗があるようね」
「……疑似――」
精霊。私は心の中でぼんやりと転がしていた。そう言えばと思い出す。そんな感覚は一切なかったんだけどこの身体の仲に居るのは精霊だと聞いた。しかも高位精霊。それは世の中度の精霊を持っても敵わない精霊たち――。
ローエルが本来その眼に宿していた精霊。
ローエルを助けてくれないだろうか? いや――それらが抜ければ私は死ぬんだけれど、このまま死ぬよりかはいい気がした。
助けてくれないだろうか?
『娘よ――それは無理かと言うものだ。娘に我らの力は使えんし――解き放たれた時点で今の主の身体には帰れんのでな。解放しただけ損というもの? ――それでもやるか? 我らとしては主の願いを反故にしたくはない』
「……あ?」
響いた声に私は思わず辺りを見回していた。誰もいない――。リュートやローエルが話したわけでもないし、数人いる警備兵は固い顔でこちらを見ているだけだった。ぐるり壇上に目を向けると総統はすでにここを後にしたようだった。当然その周りにいたもの達もいない。
――精霊?
考えるとクスリと笑みが漏れたようだった。それは肯定するように。
『まぁ、我らに頼む前に、そこに居る一人に頼んで見る方がいいと思うが?』
「え?」
何――が。とは尋ねてみても答えが返ってくることは無かった。
「さぁ、遊びはここまでにしましょう? ローエルにできないなら、私がやるわ」
滑るような白い手を空間に伸ばせ水が弾ける様な音を立てて空間に冷気が集まっていく。その冷気は一塊になり、空間にある水を含んで氷の剣を見る見る間に作って行った。その時間は一分にも満たないかも知れない。
これが――氷の精霊の力。
リュートは慣らすようにそれを両手で掴むと一振りすると剥がれた氷の欠片がキラキラと光りを反射しながら地面に落ちていく。
「――死になさ……」
たんっと軽く地面を蹴り私にそれを振り上げようとしたのだけれどなぜか一瞬にしてその『剣』は霧散するようにして消え去ってしまっていた。
一瞬にして細かな霧となり空気に溶けていく――その中で立っていたのは不気味なほどニコニコと笑う青年だった。
灰色の髪がふわりと舞い、同色の双眸が光の加減で銀色に見える。彼はゆっくりとした足取りで私の前に立つとリュートたちを見つめていた。
兄様よく我慢した……。何かくだらない葛藤があったらしいwww




