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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
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不安

 『ええ――お父様』最初の言葉だけ母国語で話すと私に分かり易いように発する言葉を合わせてくれた。



「ふふっ。久しぶり。私に会いに来てくれたのかしら? 言ってくれれば迎えに参りましたのに」



「……リュート。あの――」



 何を言うべきなのか一瞬迷ったが私は息を飲んだ後で彼女を見据える。それに対して彼女の表情が変わることは無く何かを読み取ることはできない、



「あのっ! ローエルに会わせてくれませんか?」



「……」



 一時の沈黙。それが私には長いようにも短いようにも感じていた。相変わらずの表情。微かに、どこか愉しそうに口端が上がったような気がしたがすぐにそれは消えた。



 彼女は長い髪をふわりとかき上げると金の軌道を残して輝きながらそれは空間に舞った。



「――ローエルには困っているわ」



「え?」



 父そしてこの場に居る幹部をゆるりと見た後で私に目を戻すと彼女は軽い音を立てて私と同じ目線に立った。覗き込む碧眼は冷たい海の様に輝いている。『困っている』そう言う口許とは対照的にどこまでも冷ややかだった。



「矜持なのか何なのか、ここに来た時点で裏切り者だと言うのに協力してくれないし。ライラに力が移行してるから調べても何も出てこないし――だから」



 歪な笑みに私は悪寒を感じていた。蛇に睨まれた蛙のように。逃げ出したい気分だ。だが逃げても意味はない。何よりも足は張り付いた様に動くことは無かった。



 ドクン。ドクン。心臓の音が響く。何か警告するように――。私はごくりと唾を喉に押し込んでいた。



「だから、嬉しいです。その目を返してくれて。ねえ、そう思うでしょう?」



 誰に言ったものなのだろうか。その視線は明らかに私に向けられていたけれど、私より別の誰か――第三者に向けられたものだった。



 軋む扉の音――兄様が帰って来たようには思えない。コツコツと響く足音は嫌な気分を増大させていく。



「――どう言う事だか皆目分からないんだけど?」



 聞き覚えがあるようで無いような、落ち着いた声だった。すっと入り込む心地のいい低い声。けれど未だどこか不安定なそれを『私』は知らない。けれど――弾けるように私は振り返っていた。



 震える四肢。耳元から熱を根もつた様に身体に入り込むその声に私の中にいる『何か』が歓喜している。それは『精霊』と呼ばれる者なのか私の中に眠る『記憶』なのかは分からないけれど、紛れもなくそれは、その声の主が誰かと言う事を分かっていた。



「ローエル?」



「……?」



 少年だった。『記録』にあるよりは身長も伸びて、しっかりした体つきをしているだろうか。よく似てきただろうか。ソルト様に――いや、国王に。肩口まである蜜色の髪を首元で纏め、その黒曜石のような両眼は私を品定めするように見つめていた。



 まるで私と初めて会う様に。



「――あら?」



 最初に疑問の声を上げたのはリュートだ。その疑問の意味が分からなかったのか、ローエルはリュートをしかめっ面で見た後、『総統』に目を向ける。軽く会釈後顔を上げた。



『――お呼びだそうで、参上しました』



 総統はローエルには興味なさそうに手を上げ静止させるとリュートを見下ろしていた。



『うむ。――ご苦労。しかし、リュートよ。なにも起こらんが? わしをここで待たせておいて……。よもや茶番を見せようとしたのか?』



 これが娘に向ける視線なのだろうか。殺意まで感じられるようなどこか冷気が漂う視線にリュートは平然と返す。



『うーん。お父様の記憶封じが邪魔なのでは無くて? まぁ、いいわ。ローエル様。剣を抜いてもらえるかしら?』



 いきなり何を言いだすのだろうか。ローエルでなくても困惑するだろう。彼は少し警戒するようにリュートから剣を庇うようにして立っていた。



『意味が分からない。――ここには敵はいないし、総統の前で抜くのは禁じられているんだけど? お前は馬鹿なのか?』



 眉間に寄せた深い皺。リュートはその皺を指で付くと軽く笑った。



「ふふふ。馬鹿に言われたくないわ。そんな事より、抜きなさいな。これは私からの命令です。――その女を殺しなさい」



 なぜか母国語をやめてわざわざ話すのだろうか。私の反応を見るためなのかそれは分からなかった。確かに今までの会話は付いていくのだけが精いっぱいで理解なんてしてしていないけれど。



『は?』



「いいから、ライラ・ストローズを殺しなさい――ああ、なんなら」



 私の元友達は残酷な言葉を平然と吐きながらクルリと踵を返すと近くの兵士まで歩いていく。兵士は驚いた様に見返したがリュートは天使の様ににこりと笑うと『剣を貸しなさいな』と掌を差し出した。――最初渋っていた兵士だったが総統の『好きにさせろ』と言う言葉に従うようにして細く白い掌に剣を差しだした。



「リュート?」



「ここで、かつての試合をしてもらいましょう? 楽しみにしてたでしょう? ――ああ。でも二人とも覚えてないのね」



 もったいない――そう呟いてから重そうに抱え上げた剣を私に押し付けローエルを見た。



 不快。その言葉を通り越したような侮蔑の表情を気にすることも無く彼女は笑う。



「さぁ、始めていいわ。ローエル様?」



「ちくしょ――」



 悔しそうに言った後、パチン。何かが鳴った気がした。それは微かで――空気が割れる様な音。それと共にローエルの両眼が昏く染まっていく。どんどん光を無くし……不気味な『もの』に変化を遂げる気がした。なにか、そうまがまがしい物――。私は殆ど無意識と言っていいほど、しがみつく様にして剣を抱えていた。



 そんな事をしたところで助けてくれるはずも無いのだけれど。



「義眼?」



「あら? 覚えて? ふふっ。少し目に細工をしてあるのよ。綺麗でしょう? ライラの目に負けないわよ? まぁ、それもここまでね――有難う。ライラ。その目をここまで運んでくれて――せいぜい」



『楽しませてね』



 楽しげな声と共にローエルは私をぞっとするような表情で見据えると地面を蹴っていた。

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