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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
39/61

放たれる矢

 丘から少しだけ離れた林の奥に一本の大きな樹が立っている。



 時折村人が木の実や薪を調達しに入って来る林だが、普段誰かが入って来ると言うことはまずないところだった。獲物も少なく痩せた木ばかり。そんなところに大抵の大人は様など無かったからだ。必然的に子供も寄り付かず定期的に訪れるのはおそらく私だけかもしれない。



 手慣れた手つきで私は大木に上る。枝に手を置き、『ウロ』に脚をひっかけては器用に上っていた。不安そうに声を出すローエルに軽く手を振りながら。



「ら、ライラぁ。危ないです!」



 少し離れていても目元が潤むのがよく分かる。



「大丈夫だよ、ローエルも早くのぼろ? 男の子が木登りできないなんて、変」



 本当はそんな事一つも思ってなどいない。貴族なのだからそんなことできなくても当然と思っている節はあったけれど、私はどうしてもこの先の光景をローエルに見て欲しかった。私は何も持っていないから、せめて私の宝物――景色を見せたかったのだ。



 案の定少し傷付いた顔を浮かべ、少し考えた後でローエルはぐっと唇を一文字に結んだ。



 その白く細い腕が木の幹を撫でる。



「――っ」



 見た目に寄らず案外負けず嫌いなのだと最近知った。たまに剣での打ち合いを二人でするのだけれど私が勝つといつも涙を浮かべて悔しそうにしているし、義兄には泣きながら向かっていく時だって、あるには、ある。どういう時だったか忘れたけれど私が何とかローエルを止めた。



 私は近くの枝に腰を掛け、ローエルが上って来るのを待つことにする。



「ライラぁ。待ってくださいっ」



 半べそ状態で声を出すローエルに私は『頑張れ』とだけ言った。何か手伝ってあげたいのはやまやまだ。けれど何も手伝えることは無かったのだ。



「ううっ……酷いよ」



「がんばれってばっ」



 別に苛めている訳ではないがそんな気分になって来た。どうしようか。ここから飛び降りて――多分問題ないだろう――また登り直そうか。それともここで待っていようか。そんな事を考えながら私はローエルを見ていたのだけれど――突然頬を過ぎる『何か』に我に返った。



「え?」



ジワリと広がる痛みと、頬にねっとりとした感覚が広がる。気になって手で触れると掌が赤く染まっていた――。



「……ライラっ!」



 何故と考える暇など無い。刹那。



 風を裂くような細い音。同時に私の甲に矢が突き刺さる――いや、手だけではない。幹にいくつもの八頭突き刺さっていた。



「――つ! ローエル逃げて!」



 私は弾けるように叫ぶと地面へ転がるようにして降り、降りて駆け寄って来るローエルの手を握ってとっさに走り出していた。



 何があったのかは分からない。ただ、狙っている事だけは分かる。良く無い者だ。人買いか――それとも誘拐か。



 力いっぱいローエルの腕を握りしめた手は、ぼたぼたと血が落ちていた。痛みは次第に大きくなって熱を持ってくる。だけれど離すわけにはいかない。力が抜けそうだったが必死に保つ。



「ライラっ」



 半べその声が聞こえてくる。だが私は其れを無視した。そんな余裕など無いのだ。林を抜ければ何とかなるはずだ。それは勘としか言えなかったけれど。



 背中から幾度も飛んでくる矢。避けることなんてできない。当たらないことを願いながら私は小さく口許を噛んだ。



 ――だけれど。



「そこまでだ。ガキども」



 視界に入って来たのは一人の男だ。それは私の行方を遮るように立った。もちろん避けようと私は軌道を変えたのだが、それを『矢』が制する。



 思わず立ち止まるしかなかった。



「……つ!」



 木を背に私はローエルを護るようにして立つ。それを男は見るとクッと喉を鳴らした。それとは反対に私はぐっと喉に唾に飲み込んだ。緊張と不安を押し殺すようにして。



「ライラ」



 大丈夫。と私は小さくローエルに呟く。まるで自分自身に言い聞かせるようにして。



 とにかく――逃げ道をと考えながら視界を巡らせた。



「男みたいなガキだな? お前。普通は反対だろうが。それに普通脅えるだろうが。泣いてさ――そのチビみたいに。ってか近づいたら噛みつきそうだな」



 何がおかしいのか、クックッと喉を鳴らす。



「……何の用だ? この子はただの『農奴』だ。お前らに支払える物なんて何も持ってない。人さらいなら、あたしだけを連れて行け。それでいいだろ?」



 ざりっと土を踏みしめる音がしてもう一人林の奥から誰かが出て来た。弓矢を持った男。おそらくこいつが矢を放ったのだろう。



 逃げにくくなったのを考えてぐっと奥歯を噛んだ。左右から距離をゆったりと進めてくる男に私は一歩退くしかなかった。



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