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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
35/61

白黒の世界

 あれから幾度目かの季節が過ぎた。秋が来て冬が来て。また春が来る。繰り返し成長を始める私達。けれど私だけがその成長を拒んでいた。幸せになることも、自分を好きでいる事も何もかも。だからかもしれない。心から嬉しいと思ったことはない。心から楽しいと感じたことはない。ただ、そこには虚無が横たわっている。



 全てがモノクロで塗りつぶされたようなつまらない、世界だった。



「ライラ。ンな所に居たのか?」



 大きな、大きな領主の屋敷。その奥には整えられた庭園がある。もちろん召使いや下僕、ましてや農奴などが入っていい場所では無かったのだがここには誰も来ない。毎日毎日庭師が管理を行っているだけだ。なので『ろくでもないこと』から逃げるのはちょうどよかった。



 振り向くと人形のような整った顔立ちを持つ少年が太陽のような明るい笑顔を浮かべて立っていた。



 ふわりと黒い髪が風に靡く。



「オーエン。また、喧嘩してたの?」



 よく見ると身体は擦り傷だらけで服も泥だらけ。おそらく今日も家に帰れば怒られるのだろうが、それでも彼は『当然』と嬉しそうに笑った。



 勝っただろう。ちゃっかりその手には『戦利品』として黄色い果実が握られていた。それを一つ私に渡してからオーエン――義兄は小さな口を一杯に開けて豪快に齧り付く。



 小気味のいい音が口許から洩れ、オーエンは何度か咀嚼すると喉の奥に流し込んだ。



「あたり前だろ? 俺の妹殴ったんだから」



 この村に来てからも私は快くは思われていなかった。私が『不貞の子』の為か『よその者』の為かは分からない。義母に言わせるとどちらでもなく『愛想』の問題と言っていたけれど近づいてもらえないのに愛想もなにも無いだろう。と思う。それに敵意を持って近づいて来る子供たちに愛想なんてどう良くすればいいのだろうか。



 そう言えばこないだニコッとほほ笑んで見たが近所の子供は総じて引き攣っていた。なんだか処置なしの気もする。



「あたしは何ともないけど?」



 とにかく今日も子供たちに囲まれて――殴られた。痛いことは痛いけれど……慣れた気もする。それに、大人に殴られるよりはましだ。



 そんな私を護っているつもりなのか、義兄は何時も出てきては子供たちを撃退している。尤も現場に遭遇できなかった場合は今日の様に後から『お礼』をしに行くのが決まりになっていた。いつも思うが……情報はどこから仕入れを行っているのだろう。



 若干ずれたことを考えると私は小首を傾げる。それに対して義兄はくすくすと面白そうに肩を揺らした。どこか大人びた表情で、一人だけ成長してしまったように。それがなんとなく置いて行かれたようで、微かに淋しく感じるのは私が子供だからなのかもしれない。



「なくてもいいんだよ。ライラは俺の妹なんだから、ライラが殴られると俺も悔しいし痛いから」



「――そうなの? ベネッサも?」



 まだ小さな義理の妹。どうやらまだ幼い彼女は義兄を嫌っているようだがそれに気付いていないオーエンが少しだけ不憫のような気がした。



「ったりまえだ。かわいい妹たちだよ。俺の」



 恥ずかしげもなく言うと、彼は表情を嬉しそうに崩した。何度も言われている言葉。当初は嘘だろうと思っていたのだがこのキラキラか輝く笑顔はどうあがいても嘘には見えなかった。まっすぐな愛情。普通は嬉しいのだろうけれど私は何も感じることは出来なかった。


 恥ずかしいそう思う事すら分からない。ただ、何も思わない、返すことのできない自分に苛立ちを覚える。



「そ」



 私はそっけなく呟いて彼から視線を反らした。チクリと心に刺さるのは罪悪感。何一つ返せない私に幻滅しただろうか。嫌われただろうか。



 けれど。



 突然頭を義兄の胸元に押し込められると髪を引っ掻き回された。思わず落ちる果実。私は何が起こったのか分からず足元に落ちたそれを眺めている。



「照れんな、照れんな。兄ちゃんはお前が俺たちを大切に思ってることぐらい知ってるし」


 面白そうに軽く喉を鳴らすオーエン。その横顔には影一つ感じられない。いつもと変わらない笑顔に私は安堵したように息を付いていた。


 嫌われていない――。


 それが微かに心を温めた気がしたがうまく表すことなんてできない。思考とは別になぜか次の瞬間顔を顰め邪魔な義兄の手を叩くように離していた。


 何故うまく表せないのか――思わず自分を呪いそうになったが仕方ない。


 義兄は私に拒まれた為かどこかつまらなそうに口を尖らせて落ちた果実を拾い手で弄んだ。



「で? 今日は練習しないのか? 俺、探してたんだろ?」



「探してたわけじゃないけど――なんだかもういい気がする」


 練習。私は護身のためにオーエンに剣術を教わっている――そのオーエンは領主様の家でこっそり教わっているらしい――のだが、囲んでくる子供にもうまく対応できるようになったしこれ以上は必要ない気がしていたのだ。将来剣士になるわけでもあるまいし。おまけに『剣』の事となると厳しいのであまり楽しくはない。



 私は義兄に目を向ける。



「兄ちゃんに護って欲しいのか?」



 嬉々として『一生』付け加える言葉に何か不穏なものを感じて私は思わず立ち上がっていた。それが何かは分からない。一種の勘のようなものだろうか。



「やる、けど」



 ふと感じる視線に私は背の低い木々の間を見つめた。

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