愕然
私には学校に通えない事情があった。
すべてを忘れてしまっているためか何なのか文字が読めないのだ。一通り読める様には成って来たけれど未だ長文はきつい。一年生に混じって初めから――はさらにきついので学校が配慮して宿題を上げてくれるのだ。最近は計算問題付き。いつも妹に手伝ってもらって解いている。――ちなみに兄様は問題外で一応教えてもらおうとしたら難しい公式と理論を披露し始めた。ただの足し算なのに。
それにしても嫌だな。勉強。
ため息一つ落として私は妹に引きずられようとしていた。しかし兄様は負けじと制するように私たちの前に立つ。そして勝ち誇ったように胸から封筒を取り出したのだ。少し鼻歌交じりで不穏だった。
いやな予感しかしない。
「なに。それ」
差し出す封筒に目を落とすと端正な字で『ライラ・ストローズ様』と刻まれている。私宛だ。私宛。強調するけど私宛。ここの住所すらまともに知らなくて友達もいないのに。近所の子供にはなぜか本気ですぐ逃げられるこの私に。すごい。誰からか知らないけれど。
受け取って宛名を見ようとしたけれど宛名など存在しない。その代りと言っては何だが蜜蝋で封をしてありその上から獅子の刻印が刻まれたスタンプが押してあった。
仰々しい。それが私の印象。
「領主様かな?」
妹が微かに呟く。そう。蜜蝋なんてそんなものは身分の高い人間しか使わないのだ。そんな高い人で、私に用事があるって言ったらせいぜい領主様くらいだけど、いちいち呼び止めればいいだけの話で――訳が分からなくて眉を潜める私に兄様が苦笑を浮かべた。誰からか兄様は分かっているらしいがそれを言う事は無いようだ。
知っているなら教えてくれてもいいのに。と思う。
「開けてみてよ」
「――うん」
封を破ると見たことも無いしっかりとした紙が入っていた。いや。封筒自身もだけれど。真っ白の汚れ一つない紙に黒いインキで美しい文字が走っている。
「ええと。『親愛なるライラ・ストローズ様。貴方を我が校の生徒と認め入学を許可する。ウェルザ国立学院長マヤ・カルティナ』――は?」
読んで素っ頓狂な声を上げたのは妹だった。二枚目からは入学のための必要事項とか細かな記載がされている。
ええと。私は未だ理解できずにニコニコととても嬉しそうな笑顔を浮かべている兄を見つめた。
「僕と一緒だね」
キラキラとした笑顔に心の中で『なんで?』と呟いてみる。
「……ええと」
「お姉ちゃんてば文字もろくに読めないのに?」
何かの間違いではないのだろうか。学校で成績一番は当然兄様だろうけれど二番目の人と間違えているとか。ともかく兄様ですら飛び級で異例なことのはずだ。それより下。一般知識の乏しい私を選ぶなんてありえないことだ。
それ以前に。
行きたくなど無い。
けれど断ることはおそらくできないだろう。国立を出ると言う事は将来を保証されたに等しい。それに事はると言う事は少し大げさだけれど『王命』に背くと言う事だ。何故なら入学者全員王様が直接決めているらしいのだ。――兄の入学が決まった夜、父が上機嫌に話していた。
「ふふふ。僕が推薦しておいたんだ。家族一人ならいいっていうから」
血が引きつつある私の顔とは正反対に良い笑顔の兄様。少し周りが輝いて見えた。推薦で入学出来ると言う事が驚きだけれど、そんな事より。兄様はろくなことをしない。その目は何か霞でもかかっているのだろうか。殺意を込めて笑い返してみるがそんな事などどこ吹く風。嬉しそうに『用意をしなくっちゃ』などとほざいている。
ああ。頭が痛くなってきた。
喧々囂々。妹と兄様が対立する中、勉強反対――と私は声にならない声を振り上げていた。