手の温もり
シリアスになるととたん筆が進まなく……。
いや、コメディ書いてるつもりも無いんですが(T_T)
私は小さな悲鳴を上げて飛び起きていた。夢を見ていたらしい――どんな夢かは忘れてしまったけれど怖かったことだけは確かだ。
早鐘の様に鳴る心臓。荒い呼吸。身体中、夏でもないのにびっしりと汗をかいていた。
心に残るのは不安――。何かあったのかもしれないと辺りを見回すが暗闇と静寂が辺りを支配しているだけだった。悲鳴一つ聞こえない。すべてが眠りについているようだった。
大きな窓から入る淡い月明かり。一瞬ここがどこかと言う事を思い出してため息一つ吐き出した。
そう言えば王城の中、私にあてがわれた部屋だった。寮の何倍くらいあるのだろう。広い部屋の中、見慣れたぼろぼろで使い込まれた家具は一つもない。当然と言えば当然だが美しい艶を放つ家具だった。調度品はすべて高そうで、入り口に置かれた大きな壺は白く美しい輝きを放っていた。
貧乏人だし、身分など無いに等しい私は身の置き場も無くて――使用人の部屋をとそれでも贅沢な願いをしたのだけれどそんな事はソルト様に気持ちのいいほどの笑顔で却下された。
なぜこんなことに――何度考えても分からない。私は頭を抱えようと手を上げたがようやく気付いた。
「う……ん」
「え?」
私の左手をしっかり握る誰かの手。月明かりに照らされ白い肌はさらに白く見えた。その先に視線をめぐらすと柔らかそうな髪と細い肩が目に入って来る。長い睫。幼さを残しているものの整った顔立ち。右腕に巻かれた包帯が痛々しく思えた。
ローエルだ。
力こそ感じられないが、彼は私の手を放すことなく規則的な息を立てて眠り続けている。
「ローエル?」
ずっと握っていてくれたのだろうか。自分だって傷があるのに――自惚れでなければ、私の事を心配して。
とても優しくて温かな掌だ。右手を延ばすとすぐにローエルの頭。猫のような柔らかい髪が私の掌に触れていた。
半ば無意識に彼の頭を撫でる。
「……う、ん。――ふふっ」
「……」
何か――小動物を撫でまわしている気分になって来た。言いたくないし、悔しいが、かわいい。ものすごく。擽ったいのか笑う少年に思わず私は微かに頬を染めてしまう。
誰も居なくてよかった。この状況、誤解を生む。絶対。リュートに見つかれば終わりそうな気がするし、下手をすると変態だ。
――でもやめられない私が悲しい。もしかたら私は兄様に似て――。
そこまで考えた時、視線を感じたような気がしてふと頭を上げる。
静寂が支配する部屋の中。一見誰もいないように思えた。ため息一つ。気のせいだろうか。そう視線を巡らし、元に戻そうとしたのだけれど……。
何かが私の視界に引っかかる。
慌てて顔を上げ、目を凝らしてみると扉の前に誰かいるのが確認できた。気のせいかもしれない。寝ぼけているのかも、と目を擦ったり頬をつねって見るけれどーー消えてくれない。
「ーー」
月明かりを反射するように両眼が輝いている。軽い絶望を覚えた私とは正反対で嬉しそうに。楽しそうに。顔なんて暗くて窺い知ることは出来なかったが何となく雰囲気で誰かなんて分かった。
「あ、遠慮しないでくださいーーふふ。続けて?」
柔らかく言う声は聞き覚えがある。ゆっくりと歩みを進める彼。射し込む淡い光の元に立つとーーやはり。と言う低い声が心の中に落ちた。端正な顔立ち。しなやかな姿態。ソルト様はローエルの背に立つとニコリと私に笑いかける。
私は心の中で悲鳴を上げていた。もちろん『続けて』などそんな事を言われてもできるはずも無く、私は愕然としたままソルト様を直線的に見た。今どんな顔をしているだろうか。自分自身でも想像がつかないけれど、一つだけいいことがある。暗くてよく見えないことだ。
き、きっとさきほどの変態は見られていない。ーーそう、信じたかった。
「え――えと。あの?」
逃げ出したい思いで私はソルト様を見上げた。珍しく騎士団服を着ていない。
ラフなパンツとシャツと言う出で立ちだったがその腰には剣をぶら下げていた。
動揺する私に笑みを落とした後、その優しげな双眸は握られた手に向けられていた。それがとても恥ずかしくて衝動的に解きそうになったけれど、私は其れをぐっとこらえる。
だって、あまりにもローエルは幸せそうに眠っているから。起こすのはとてもではないが申し訳ない気がしたのだ。
恥ずかしいけれど、仕方が無いと息を付く。
それに、こうしているのは『悪くは無い』から。
「貴女はこのベッドでどれくらい眠っていたかを?」
昨日の夜に眠りについたので一日――まだ夜だけど――ではないだろうか。質問がおかしいような気がして私は小首を傾げた。
「二日です――よほど疲れていたんですね、ローエルがとても心配しまして看病をと」
一体どれ程私は疲れていたのだろうか。精神的にはいろいろあってかなり、まいっていたのは事実だが実際に何かされたわけではないと言うのに。何か害のあったのはローエルの方で。
一瞬『あの時』の記憶が脳裏に過って私は無理矢理その記憶から目を反らした。そうしなければ――飲み込まれそうだったからだ。
恐怖に。
今更なぜこんなに恐ろしいと感じるのか分からない。兄様と――国王様と話していた時も私は平気だった。事実は事実。感情と切り離して考えることが出来たと言うのに何故今更。
殺されかけた恐怖――いや。人があっさりと死んでしまった恐怖に竦む。私が殺した訳でもローエルが、兄様が悪いわけでもない。相手に刃を向けたのだから返ってきても自業自得。そうは思うのだ。そう思うのだけれど、心は言う事を聞いてくれない。
そこまで考えたところで微かに握られた手が強くなった気がして私はローエルに視線を向ける。
彼は相変わらず幸せそうに眠っていたけれど。
気のせいか――心の中で呟いて考えることをやめた。




