微妙な関係
「――ライラぁ!」
突如として扉が勢いよく開いた。
今度は何だろう。これ以上は抱えきれない気がする。私はぼんやりとして扉を見つめるとそこには見慣れた少女が血相変えて私に近づいてきていた。白い頬が微かに高揚している。
「リュー!」
ソファに乗り掛かるように後ろから私の顔を包むように抱きすくめる。柔らかくいい匂いがするけれど――苦しい。軽く腕を叩いてみるけれど放してくれなかった。
「聞きましたわ! 怖かったでしょう? それにしても、賊が入って来るなんて――もっと警備を厳重にしてもらわなければ困りますわ! 私のライラですのよ? もちろんローエル様も大切ですが」
「……ほほほ。息まくことも大切ですが、座りません? それではライラちゃんが窒息してしまいますわ」
何だろう。一瞬だけ。本当に一瞬だったので気のせいかも知れないけれど空気が変わった気がした。警戒するような――緊張の空気。ただ今は微塵も感じさせず王妃様はニコニコ微笑み、国王様とソルト様は紅茶をたしなんでいる。そろそろお代わりが必要だろうが言う前に使用人のおじいさんが注ぎ直していた。
リュートは私を放すと隣に座りたそうだったか夫婦は当然譲る気配もない。そこは譲って欲しいんですが――と希望も言う事など当然できず私は身を小さくするしかなかった。
彼女は仕方なくと言う雰囲気だったがソルト様の横に腰をかけた。けれど――少し嬉しそうに口許が微笑んでる。本当はそちらに座りたかったのかもしれない。
「で? 何の話をしてらしたの? お義父様自ら賊についての聴取と言うわけでもないですし――第一早すぎませんか? ライラだって被害にあって疲れているのに。ローエル様だってまだ寝ているのでしょう?」
少しだけ責める様な言葉。彼に答えるように国王様はカップをテーブルに置いた。
「大したことでは無い。リュート姫」
「そうよぉ、ただローエルの対戦相手を見るためにたまたまスケジュールを開けてあっただけなのよ。そしたらこんなことになっちゃって。まぁ、巻き込まれたのもその対戦相手だっていうし――じゃぁついでに聴取しちゃえって感じ? 犯人に付いて聞いてたのよ?」
嘘くさい笑顔で王妃様はコロコロ笑う。そんな事は一言だって聞かれていないし、きっとスケジュールだって嘘の気がする。なぜそんな嘘を付くのか分からず首を捻っていると『ねぇ』と王妃様に同意を求められた。いや、それは同意と言う名の脅迫。そして背中から向けられる威圧感。おかしな汗が額にジワリと滲む。そんな気がする。
同意しないと――不味いことになる。もしかしたら一族郎党――下手をすれば関係など無い領主様まで――考えて私は顔を引き攣らせた。
「え、うん。――はい」
「よねぇ」
ほほほ。軽く笑う王妃様に『うむ』と低く言う国王様。そして柔らかく笑みを浮かべているソルト様。私も笑う様に頑張ってみた。できているかどうかは分からなかったけれど。
それを不審げにリュートが見ていたのは言うまでも無い。
ついでに私は嘘が下手くそであったりもするから。
「ともかく。ライラ嬢は我が王家の責任として預かることにした」
「へ?」
国王様の言葉に私は間抜けな声を出した。畳みかけるように王妃様の優しい声。
「当然です。ローエルの所為で襲われたのです――責任は取らないとね」
言葉の響きが何だか怖いのは気のせいだろうか。なんだか顔は薄ら笑いを浮かべているし、微妙に鼻息が荒い。開いた薄い唇から洩れる言葉は『ロードランド教会はどうかしらね』だ。――怖い。ロードランドと言えば結婚するカップルが多いと有名な――怖すぎる。
何だろう。私の将来いろいろな意味で真っ黒に塗りつぶされていく気がするのだけれど。王妃様の頭の中何故そんな事になっているのだろう。
「えっと。あの」
そう言っている間にも、私は囚人よろしく両腕を夫婦に持たれたまま立たされた。縋るようにリュートを見るが彼女は美麗な眉を潜めたまま黙って私を見ている。いつもなら助けてくれるのだけれど――やはり嘘を付くべきでは無かった。心底思う。
後で謝れば赦してもらえるだろうか。いや、事情を言えば王命で一族がこの世からいなくなるかもしれない。
けれど――どうすればいいのだろうか。
そんな事を考えている間にリュートがニコリと微笑んで私は眼を瞬かせた。怒ってないの。そう問いたかったが口から出てくることは無かった。
「――でしたら、王城に住まわれると言う事でですわね」
「ええ、しばらくは犯人を見たため護衛が張り付きますが――お泊りとかもできますね」
これはソルト様だ。ニコリと微笑み合う二人は本当に絵に描いたような『お姫様』と『王子様』だ。――ああ。と私はようやく思い出した。ソルト様が王子と言う事はリュートはその婚約者なのだと。リュートの故意に関しては、どうやら別に初めから頭を悩ませることない問題だったらしい。
そんな事よりも。
「ローエルも遊びに行かせますよ?」
「結構です」
にこりと微笑むソルト様に私は辛うじてそれだけは拒否の色を示すことが出来た。




