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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
一章
2/61

兄と妹

 私には『右目』が欠けていた。


 正確には一年ほど前事故に会って潰してしまったらしい。


 自分の事で『らしい』と言うのはおかしな気がするけれど私にはそれ以前の記憶もなかったりする。お医者様の言う事には記憶がずっと戻らなくてもおかしくはないと言う事だったけれど――普通ここで家族は悲嘆にくれる物じゃないかな。であるのになぜか私の家族と言われる人たちは微かに嬉しそうな顔を浮かべた様に見えたのは気のせいではないと思う。


 何かしたんだろうか。私。なんだか反応を見る限り怖い。


 覚醒した時を思い出しながら今日の当番『皿洗い』をしていると後ろからどんと鈍く体重が押し掛かる。その衝撃で思わず落とした皿が大きな音を立てて割れたけど背中の重みは取れてくれなかった。



「――ただいまぁ! ライラ今帰りました」



「兄様」



 背にのしかかっているのは二歳違いの兄――オーエン・ストローズ。まだ十二にもなっていないのに今年の春から飛び級で首都にある国立学園に通う事になっている賢さ。しかも私から見ても将来末恐ろしく天使のようなかわいらしい顔を持っている。この歳でよく年上年下問わずラブレターとかもらってくるけれど――絶対残念さを知らないんだと思う。



 すりすりと顔を私の頬に擦り付けて落ち着く『兄様』。いつもいつも、なんなんだろう。妹がぽつりと零したのは私か事故に会うまではこんな人では無かったのに。だ。一体どんな人間だったのか私が知りたい。



 とにかくこの粘着質を引きはがしながら私は嬉しそうに見返してくる兄様を見据えた。



「兄様。いいかげん私に飛びついて来るのはやめてください。お皿がダメになっちゃったじゃないですか!」


「え――それはライラの所為じゃないですか。僕の所為ではないです。だから僕はライラに飛びつきます。だってライラかわいいですもん」



「……」



 頬をかわいく膨らませて、邪気のない目で笑われても。なんだか不明な理論が兄様の中で展開されている。どうしても私に抱き付くのをやめたくないみたいだ。いや。やめてほしいんだけど。兄様重いし。たまに回された手が首に引っかかって『落ち』そうになるし。



 私はわざとらしくため息をついて見せた。



「あ――のねぇ」



「キモイのよ。オーエンは。大体記憶を無くした妹に『兄様』なんて呼ばせることすらキモイわ。てか、ガッコから帰ったら手洗いうがいの慣行ってママが言ってたでしょ? 早く行ったらどうなのよ」



 私の声を遮るように入って来たのは妹――ベネッサ・ストローズ――だ。幼いくせにしっかりしている妹は私の三つ違い。兄様とよく似た面差しを持つ女の子。いいな。美形兄妹。私は蚊帳の外だけど。目の色だって違う。二人とも黒曜石を溶かしたような漆黒なのに、私だけ鮮やかな赤って――。両親でさえ黒なのに。でもまぁ私は父親によく似ているらしいからこの家の子であることは間違いないと思うんだけれど。



 でも。羨ましい。



「そうはいきません。ベネッサ。ライラを独り占めしようだなんて」



 どこをどうとったらその思考になる。イラッとしたらしい妹は兄様を見据えた。



「――どこまでキモイの? このくそ兄貴。ってか、お姉ちゃんが事故に会うまでそんな喋りじゃ無かったじゃん! うちはただの農民だよ? のうみん」



 この家は農民だ。正確には『農奴』なんだけど。この地方を治めている領主様の元で働いている。農奴と言っても領主様――見たことないけど――はとても良くしてくださるので何一つ困っていないし未来選択の自由も保証してくれている――聞いた話だと他の領土ではこんなことないらしい。それもあって兄様が王都に行くことは決定しているのだけど、なぜこんな話し方なのかは私にも謎だった。当の兄様は『えー昔からですよ』とかごまかしているが目が泳いでる。ちなみに私の話し言葉は兄様の受け売り。直そうとすると変な感覚に陥るのでそのままにしてある。



 天使のような幼い顔には似合わない舌打ち一つ。彼女は私の手を取ると身を翻した。



「死ね。くそ兄貴。いこ。お姉ちゃん。この男に皿の片付けさせればいいよ。先生から渡された宿題もしなきゃなんないし」



「え? ああ。うん」



 不穏な言葉を聞き流しながら私は曖昧に答えた。



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