中庭
多少シリアスめ
ふわりと花の匂いが漂う中、その少年は立っていた。学院に併設された広大な庭園。満開の花が咲き誇る中、彼自身も『花』と言っていい容姿を持つ少年は手か踊るように棒を振り回していた。最初あまりにも美しくて何をしているのか理解に苦労したけれど、どうやら『剣舞』をしているらしかった。
ふと、戻される現実。戻ってみればその光景はなんだかあまりにも滑稽だ。
何でこんなところで剣を振るっているのだろう。整った横顔は近くに来た私に気付くことも無くまっすぐに『敵』を見据えている。そんなような気がした。まぁ、大方『竜』とか『魔族』とかを見据え闘っているのだろう。そんなもの当然この世界には存在しないけれど。
それにしても、溶けあう赤と黒。そして金。なんだか不思議だ。
「あ。お前」
ようやく気づいたのか彼――ローエルはぱっと動きを止めて私に目を向けた。ソルト様と似た雰囲気で甘く笑う少年。何故笑ったし。意味が分からないけれど反応したように顔が赤くなってしまう。
よかった。リュートを振りきってきて正解だ。変な勘違いはしてほしくない。断じてそんな事ではないのだから。
軽く息を吐いて少年に目を戻すと彼はすでに笑顔を浮かべてはいなかった。どうやら反射的に浮かべただけらしい。
「何だよ。話はついただろう? 俺は悪魔の手からお前を救い出して見せる。そう決めたんだ」
『かっこいいだろ』そう付け加える少年の頭の中はまたどこかに行っているみたいだ。私に勝って、兄様を負かして――世の中の賞賛を受けているんではないだろうか。この数日で何故そんな大事になっているのかは分からないがありえないことだ。だいたい、犯罪者としてすら捕まったことも無いのだから。
それに、大してかっこよくもないし。
「あの。――そんな事より。今度の試合では負けて欲しいんですが」
楽しげな思考を遮られて少しむっとしたのか彼は眉間に皺を寄せた。
「やだ。勝つ。って言ったじゃん。俺はお前を助け出すんだ。もう決めたんだ」
困るから。絶対。ここまで追いかけてきた意味ないし。頑張れ私。と自分自身で励ましてからぐっと彼の顔を覗き込んだ。
パチパチ。不思議そうに音を立てて彼の長い睫が瞬かれる。
「剣を握ったことも無い女に勝っても意味が無いですよね? それに負けてもらわないとそれこそ困ったことに――」
「勝ちたいのかよ?」
「……」
勝ちたいけれど。何か素直に『うん』とは言えない雰囲気が横たわっている。なんだろう。派手な両眼に覗き込まれて少しだけ息を飲んだ。
「俺の相手を、したいのか?」
「は?」
「剣の相手を――」
すっかり失念していたけれど。そうだった。勝てば『ローエルの相手をする』というのが条件だった。どっちに転んでも不利すぎる賭け。どちらが『まし』か。そんなレベル。何なんだろう。あの二人。
泣きたい気分で考えているとふと思い当たった。目の前には『正義感』が強い少年。私が負けた時の処遇を知っていればそもそも『勝つ』なんて言わないはずだ。
だいたい、賭けを行った時、ローエルはソルト様の手によって殆ど気絶状態であったし。聞いていない可能性が高い。
私は再び伺う様にしてローエルを見た。その視線に彼は少し困惑したのか慌てて反らす。
「まさかとは思いますが。聞いてない、とか?」
「何がだよ?」
「私が負ければどうなるかを」
「悪魔から解放される」
さすが自称ヒーロー。良い笑顔で言った後、付け加えるように『ちがうのか』と呟く少年。彼をしり目に私はがくりと肩を落とした。
やっぱり―ー話して無かった。あの二人。半ば恨み言をつらずらと心の中で並び立てそうになったが――言えないので――私は気を取り直して頭を上げる。
なら、説得するチャンスが――。
「え?」
目線の先には少しだけ強張った表情のローエルが立っていた。次第に色濃くなっていく空気の圧迫感。滑るようにして軽く足を開くとローエルは棒を剣の様に胸のあたりで構えて見せた。
ぐっと薄い唇を一文字に結ぶ。
「どうした――の?」
突然遊びを始めた訳でもないことは私にでも分かった。彼の眼。取り巻く空気。すべてが緊張と緊迫を示していたのだから。当然良い予感はしない。粟立つような不安に私は顔を顰めた。
「囲まれた」
呻く様に放たれた言葉が彼の空想や妄想であればどんなにいいのだろうか。なぜこんなことになっているのかは理解できないまま、木々の間から現れる人間に私は息を飲む。叩きつけられるのは明らかな敵意。その手には長い獲物――剣を持っていた。
じりじりと少しずつ詰められていく間合い。囲まれている為私達には逃げ場が無いように思われた。
敵は五人の男。いずれもが大人で当然私達よりも数段大きかった。
声も出す事も憚られるような緊張。放った途端に均衡が崩れそうだ。今にも飛び込んでくるような、一触即発の雰囲気を割るようにして問うたのはローエルだった。これまでに聞いたことも無い凛とした声と表情。それにはどこか風格が漂っている様に思える。これが貴族と言うものなのだろうか。そう何となく思ってしまった。
「――ローエル・ディバスだな?」
この集団を纏めているらしき男が確認するように言った。麻色の髪と肌。漆黒の双眸が爛々と輝いている。筋肉質の青年で精悍な顔つきをしていた。――見た目だけなら『悪漢』には見えずどこかの兵士のようだった。ただし彼以外の男たちはなんだか『それっぽい』と言わざるを得ないのだけれど。人を舐める様な視線とにやにやした顔が気持ち悪い。
私は息を少し飲み込む。
「俺と知ってかよ? てめーら。歴史に名を残したいのか?」
うん。黒歴史には残ると思う。その発言。――って悠長にそんな事を思っている場合では無かった。慣れない状況。必死に現実逃避を図る頭を戻しながらまっすぐに『敵』を見据えるローエルの横顔を見た。
男たちは少し口許を歪める。どこか馬鹿にしたようでもあったがローエルは表情を変えることはない。どこか余裕気な微笑。だが明らかにその目には余裕など浮かんでいないように見えた。




