プロローグ
――もう一度やり直すことが出来たなら――
命の灯が尽き果きる前に幼い少女はそう言った。どこか悲しそうに。どこか夢うつつに居る様に。光を失った黒い双眸はもう何かを映すことはなくただ虚空を見つめているだけであった。
「――嫌だよ。誰か。助けてよぅ」
泣いているのは、少年だ。少女と同じく幼い。月夜に照らされる白い肌と闇夜に浮き立つような赤い双眸。柔らかい肌を乱暴にこすりながら彼はただ泣くことしかできなかった。
目の前にある小さな身体――血まみれで切り刻まれた小さな体をどうすることもできずただ必死に手を握ることしかできなかった。この世界から逃すまいとただ必死に。それでも時間が経過する度、冷たく強張っていく掌。幼い彼はそれをさすりながら必死に温めていた。
それが意味のなさないことと言うのは分からずに。
「誰か――」
半ば悲鳴のような声には誰も答えず木々に反芻して空気に溶けていく。誰も来ないのだと、そのむなしさに微かな嗚咽を上げて彼はさらに少女の手を強く握った。誰かに助けて欲しくて誰も居なくて――不安と悲しみ。恐怖と苦しみでいっぱいになった心をどうにか押さえながら彼は堪える様に奥歯を噛んだ。ぽたぽたと大きな目から零れる涙は頬を伝い少女の頬に流れ落ちる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。――だから。だから、逝かないでよ。ライラ。僕は何でもするから――ぼくの命半分あげるから」
だから。
彼は願う。心から。それはとても純粋なものだった。何の思念も含まない。ただ『助けたい』そう願うだけの想い。しかしどれだけの純然たる思いや願いを重ねても奇跡など置きはしない。それが世の常。無常だ。死ぬべきものはただ死ぬのみ。
けれど。
彼は知らなかった。まだ、この時は。『自分が普通ではないこと』を。
全ての願いに呼応するようにしてゆらりと視界が揺らめいた。まるで空間がねじれた様に。
――何だクソガキか
くくく。
喉を鳴らしながら低く声が響く。それは女性のようでもあって男性のようでもあった。
けれど何でもいい。そう少年は思った。
それがたとえよからぬものでも何でもいい。
ただその幼い少年は彼女を助けたかっただけだから。その正体が何であろうとどうだってよかった。
「お願い――」
彼は懇願するように声を発した。
「ライラを助けて」
――翌日。村の隅で発見されたのは血まみれで横たわる少女の姿だけであった。