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エピソード5 舘野 涼子

Episode5

登場人物

濱平 万里:主人公

お竜:黄龍

西野 仁美:第六師団 大尉


朝、

窓の無い部屋で時計の針が私を急かす。


眠れなかった、と言うか聖獣達と交信している時は ほぼ半睡眠状態だったから、寝過ぎって事なのだろうか。


着替えもないし風呂にも入ってないから少し気持ちが悪い。


万里:「頭痒い…」


何だかずいぶん長い間、女子らしい生活をしていない気がする。


万里:まあ、生きているだけましと言うべきか。



独房のドアを開けて作戦室に向かう。

うろ覚えだが、目立つ垂れ幕のお陰で何とかその部屋に辿り着いた。


作戦室では香澄、もといお竜が伊織と連絡をとっている。

何故だか昨日の晩からずっとお竜のままだった。


お竜:「…了解です、そちらにヘリを向かわせますので、それに乗ってこちらに合流してください。」

お竜:「後、通信機の電池が切れ掛かってますので、ご注意を。」

お竜:「はい、…それではお気をつけて、」



加地伊織が来るらしい。

確か彼はエインヘリャルに襲われていた筈だったが、大丈夫だったのかな?


万里:「お早うございます。 少しは休んだんですか?」

お竜:「あっ、お早うございます。」


お竜があからさまな作り笑いをする。


お竜:「私達は消耗しても破損しても直ぐに修繕するので睡眠を取る必要が無いんですよ。」


この女、表の顔も裏の顔も変わらず人との関わりが事務的に感じる。 距離を置いてると言うか見下してると言うか、この女が内面を曝け出して心を許す人間なんて存在するのだろうか。



兵士1:「アメリカ海軍からの情報はいりました。」


この人も昨日からずっと働き詰めで大変そうだ…。


兵士1:「衛星からの映像、モニターに出ます。 6時間前の画像です。」



地球の反対側の衛星写真が90インチモニターに映し出される。 「今日も地球は美しい…」と眺めてみるが、ところどころ海岸線が変わってる。


兵士1:「画像処理かかります。」


青緑掛かって着色され、…海の中に蛙の卵のような何か?が浮かび上がる。


万里:「何これ?」


兵士1:「幅100km、高さ1km、長さは、現在計測中ですが、およそ地球を1.5周相当、約60000kmの何かです。」


西野:「何かとは何だ?」


そこに体操服とブルマの大尉が立っていた。


万里:律儀だ…



兵士1:「深海探査船の報告では、厚さ10m程の水溶性高分子の膜に包まれたメタンガスの様です。」


西野:「メタンガスの泡だと? 何故メタンガスが水に沈んでいるのか?」


兵士1:「不明です。 通常の物理法則が適用されていません。」


万里:いやあ、もうイチイチ驚かないけど…、



西野:「要するにこれが海面を13m押し上げた原因か?」


兵士1:「概算の体積増加量は合致します。」


そう言えば、昨日もう一人いた男の人(兵士2)の姿が見えない。 どうしたのだろう?



西野:「何処からこんなものが現れたのだ?」


兵士1:「海底のメタンハイドレートが変質したものと推定されます。 ほぼ同等量のメタンハイドレートが消失した形跡があります。」


万里:「何だっけ、それ、どっかで聞いたことがある。」

西野:「メタン水和物のシャーベットだ。」



西野:「余り考えたくないが、この泡から一気にメタンガスが開放されたらどうなる?」


兵士1:「予測不可能ですが、ペルム紀に起きた生物大量絶滅は海中の メタンハイドレートが大量に気化して海中と大気中の酸素濃度が低下した事が一因だと言われています。」


万里:「どうするんですか? こんなもの…」


西野:「現在各国の科学者による対策会議が行われている。 その結論を待って緊急サミットで対応を協議する予定だ。」


万里:「そう言えば西野さん、もう「ぶぅ」は止めたんですね。」




西野、一瞬で我に帰って凍り付く。 さあーっと血の気が曳いて青ざめる


…すっかり忘れてたらしい。



西野:「お願いです、アレだけは…勘弁して下さい。 他の事ならどんな事でもやりますから!」


西野、涙目になってお竜の足元に平伏す。


お竜:「やだなぁ、あんな事…しないですよぉ。」


万里:何? アレって?何???







万里:「あのう、西野さん。」


西野:「何でしょうか…ぶうぅ。」


万里:「もう良いですよ、それ…あんまり面白くないから。 それより、海斗の事、何か分かりましたか?」


西野、目が赤い…


西野:「未だ消息不明です。 収容されていた警察病院は水没しましたが、救出された患者のリストには海斗さんの名前は載っていませんでした。 潜水調査も行われましたが、今の処、遺体も見つかっていません。」


万里:「どこへ行ったんでしょう?」

西野:「済みません、今は未だ分かりません。 引き続き調査します。」



海斗が、エインヘリャルがそう簡単に死ぬとは思えない。 スコルに脳の一部を破壊されたのは確かだが、その後の警察の報告では「外傷は無かった」と言っていた。 つまり傷は治っていた筈なのだ。


だとしたらどうしたのだろう?

まさか、セーフリームニルに心を乗っ取られて聖獣達の先兵に作り替えられてしまったとでも言うのだろうか?


昨日の夜は一睡もせずに海斗の心を探したのだが、結局見つける事は出来なかった。


万里:「うまく行かないものね…、」




突然、警告ブザーが鳴り響く。


兵士1:「変化が有ったようです…。」

西野:「何か?」


西野が通信士のノートパソコンに食い入る


兵士1:「モニターに出ます。 水が引き始めています。」

西野:「海中のメタンの状況はどうなっている? まさか流出したのか?」


必死にデータソースを選り分ける。


兵士1:「衛生からの観測情報では大気中の成分濃度に変化は観測されてい無い様です。」


兵士1:「変化点見つけました! メタンの泡が縮んでいます。 変化の起点は…相模湾です。 衛生画像、切り替わります。 十秒遅れの映像です。」



モニターに映し出された相模湾が…白い? 凍っている? まるで南極みたい…


その流氷?で埋め尽くされた日本列島の近海から変化が起きていた。 例の蛙の卵がしぼみ始めているのだ。 ぎゅうぎゅうに絞られたメタンガスの風船は、まるで痛みから逃れようとして蠢いている生き物…様に見える。



兵士1:「アメリカ宇宙軍からの連絡です…。」


万里:「宇宙軍って?」

お竜:「ナサの事かと…、」


兵士1:「海水温度、下がっている模様です。」


お竜:「これは玄武の仕業ですね。」

万里:「玄武って?」



兵士1:「海水温低下効果の原点、割り出し完了、ズームされます。」


衛星カメラのアングルと倍率が変更、相模湾の流氷の先端をズームする。

そこに現れた一個の点…、



万里:「…人間よね、あれ、」


どんどんズームされて照準された地点には、涼子が海に向かって立っていた。


万里:「人工衛星からこんなにはっきりと見えるんだ…。」


普通の家庭用ビデオカメラで運動会を撮影しているのと殆ど変わらない。



兵士1:「 現在2mの水位低下を確認、更に低下します。」

西野:「コイツがやっている事だと言うのか?」


現象の中心に立っていると言うだけで、具体的に物理的な何かが観測されている訳ではないから、イマイチピンと来ない。


お竜:「まあ、水に溶かしたり分子運動を止めて温度下げたりってのは得意でしたからね。」


西野:「つまり、元のメタンハイドレートに戻してると?」



お竜:「悪い予感がします。」


お竜が口元に手を当てて呟く。


万里:「何? 悪い予感って?」

お竜:「こんな事をして、連中が黙っている訳が無いですね。」


万里:「連中って?」

お竜:「この巨大ミミズを作った連中です。」




その時、誰かが強制的に頭に侵入して来た。

この声? 聞いた事が有る…そうだ、これは、


万里:「スコルがいるわ。 どこか涼子の近くに…居る。」

お竜:「研究所の液体窒素に沈めておいたんですけどね…脱出しましたか。」






そうだよ、

いきなり理解する…これは彼女の心だ、


玄武=クロ子:「お兄ちゃん、敵が来るわ。」


ツインテールの少女は海を見ながらそう呟いた。


伊織:「又、あの番号札の男達か?」


クロ子:「もっと別の聖獣みたい、」

クロ子:「でも大丈夫。 お兄ちゃんは涼子が護ってあげるから。」



ヒラメ顔の男子がツインテールに近づいて来る。


伊織:「大丈夫か?」

クロ子:「お兄ちゃん…涼子もう、駄目かも…、凄い…おっきい…。」


ツインテールの少女が吐息まじりに言う。


伊織:「お前わざと下品な言い方してるだろ…。」

クロ子:「お兄ちゃんが喜ぶかな? って思って…。」


クロ子、チョロっと舌を出す。



体育会系少女が駆け寄って来る。


青龍=貧血:「ご主人様、来ました。」


氷上に、ポツンと男の子?女の子? とにかく小さな子供が立っている。 皮のポンチョ?の様なモノを羽織ってる。



貧血:「あの子、聖獣です。 ハティ…だって名乗ってます。 こちらも名乗りますか?」


伊織:「喧嘩しないで済むならそれにこした事は無いからな。 礼には礼を返して平和的に行こう。」



クロ子:「無駄よ、お兄ちゃん。 あの子の目的は…私達の殺害よ。」


ツインテールが視線を向き直ると…

氷上を裸の男が歩いて来ている。 赤毛で、見覚えの有る逞しい体つき。


貧血:「スコル、復活したんですね。」



いきなり、クロ子の左腕が…落ちる。

すっぽりと、肩の部分が消滅している。





痛み?恐怖?が、私の脳を直撃する!

一瞬、逝きかけて…辛うじて踏みとどまる。


確かめる…大丈夫、私の肩は、何ともなっていない。

知らない内に立ったまま涎を垂らしている。


ぼんやりと、お竜の姿が見える。 心配そうに私を見ている。

ここは、第六師団の作戦室…


…再び、クロ子の中に引きずり込まれる。





貧血:「あの子、 今、ビジョンを跳ばしたんです!」

貧血:「スコルと同じ、異空間に何でも吸い込む能力の聖獣みたいですね。」


小さな、狼のビジョンが氷上を駆け回っている。


クロ子:「凍らせてあげるわ…」


しかし、玄武の聖獣の能力はビジョンには通用しない…。

あっという間にクロ子に飛びかかる子狼のビジョン!



それがすり抜けたクロ子の右側頭部が…消失する。


脳の機能に支障をきたし、その場に倒れるクロ子。

消失した断面から溢れ出した赤い血液が真っ白な氷原を染めて行く。




(幸せな人には不幸な人の気持ちなんて分からないのよ)

(涼子:昔ママが言ってたわ)



ポンチョの子供が、無表情に伊織と貧血をみつめている。

その足下に、子狼のビジョン。


貧血:「今度はご主人様を殺すと言ってます。」

伊織:「嬉しくないな…。」



(あの子は何にも持ってないんだ)

(涼子:昔パパが言っていたの)



走り出す子狼のビジョン、伊織に向かって突っ込んで来る。

貧血が伊織を突き飛ばして、…代わりに貧血の左の膝から下が消失する。


クロ子、残った左目から涙を流す。



(話せないあの子にパパとママが話しかける)

(涼子:だから私は誰とも話さなくていいの)



貧血:「ご主人様!」


いつの間にかスコルが、立ち上がれない貧血の前に立ちはだかっている。


貧血:「二度と再生出来ない様に、私をすっかり暗黒空間に吸い込んでやる!…って言ってます。」


貧血、何故だか泣き顔!


伊織:「貧血!」


スコルの手が、貧血の頭を鷲掴みにする。

掴んだ形に失われて行く貧血の頭部…



(あの子は皆に幸せを与える)

(涼子:私には何一つ上げられるモノが無い)



再びポンチョの子供が伊織を見つめる。

少し離れた所に、子狼のビジョン。 結構素早い。

再び、氷原を走り出す!


伊織に飛びかかり、腹部を貫通する子狼のビジョン!

消失する伊織の脾臓、膵臓、小腸。



(時々、私の心が悲鳴を上げる)

(涼子:私はそれを更に奥深くへと閉じ込める)



伊織:「これは、…気色悪い感覚だな、」


膝をつく伊織、腹に開いた大穴から、体液が零れ出す。

子狼のビジョン、振り返って…立ち尽くす。



ポンチョの子供が、溶けている。

玄武の水溶能力が、ハティの尸童の肉体を蝕んで行く。



クロ子:「貴方完全体じゃ無いんでしょ、さっさと死んじゃいなさいよ。」


ポンチョの子供は…皮膚がただれ、筋肉が崩れ、骨と内臓が剥き出しになって、それすら溶けて行く。 眼球がこぼれ、髪の毛が全て抜け落ちて、脳みそが溢れ出す。



(だって、私には涙を流す必要なんて何処にも無いもの)

(涼子:何を失えば私は独ぼっちじゃなくなるのだろう)



スコルは、すっかり胸から上が無くなった貧血を放り出した。

未だ完全に再生が完了していないクロ子に近寄って来る。


その手が伸びてクロ子に触れるより一瞬早く、スコルは全身の分子運動を止められて凍り付く。



クロ子:「何回やったって貴方が私に勝てる訳ないでしょ。」



クロ子、立ち上がって伊織に寄り添う。



(幸せな人には不幸な人の気持ちなんて分からないのよ)

(涼子:どんな痛みと引き換えなら私の悲鳴は報われるのだろうか)



涼子:「お兄ちゃん、もう大丈夫だからね。」

伊織:「ああ…。」



(私は奥の底に閉じ込めた悲鳴を解き放つ)



片腕、片顔の少女の膝の上で、伊織は息を引き取った。


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