エピソード2 池内 瑠奈
Episode2
登場人物
濱平 万里:主人公
源 香澄:黄龍の尸童
そうだよ、
これは彼女の心
(皆が苛めるの)
(私は耐えてるの)
(だって私じゃなきゃ駄目なんでしょ)
憂鬱、というか元々自分から望んでやってる事じゃないから疲れてしまう。
大体、鳥越啓太郎の指示はコロコロと変わるから嫌い。 それなのに「この前こう言ったじゃないですか、」…は禁句。
鳥越:「お前の知らない事情ってのがいっぱい有るんだよ。 狭い了見で上司に意見するんじゃないよ。 お前は言われた通りの事をやってれば良いの!」
その晩、私は自慢の愛車で東名高速を東京に向かって走っていた。 親友の香澄から頼まれた仕事だから断れる筈もない。 大阪府警に保管されている「赤い箒」を取って来て欲しいと言うのだ。 聖獣がらみだし鳥越啓太郎も渋々承認した。 まあ、奴は大抵いつも渋々なのだ。
それなのに突然「お前は邪魔だから当分帰って来るな。」の指示。 大体言い方が酷くない? そうは言っても香澄に頼まれた品物を届けるのは重要な気がする。 さてどうしたモノか…と言うのが只今の状況。
(皆がエロイ目で見つめるの)
(私は耐えているの)
(だって私のこと欲しいんでしょ)
浜名湖のサービスエリアで途方に暮れる。
取りあえずオシッコ行こう。
男1:「おい、あれアユアユじゃね?」
女1:「本当だ、すごっ芸能人見ちゃった。」
男2:「写メOKかな?」
男3:「握手してもらおうぜ。」
どうやら私はアユアユとか言う芸能人に似ているらしい。
「らしい」と言うのは、私自身殆どテレビを見ないからその芸能人の事を良く知らないのだ。 それにしても全く傍迷惑な話である。
歩いているだけで視線が突き刺さる。
男4:「嘘っ! アユアユ、トイレ入ってった。」
女4:「芸能人だってトイレくらいすんでしょうよ!」
男4:「いや普通しないって、ウンコもオナラもしない。」
いちいち観察しなくて良いって言うの!
それに人違いだっての!
出したら喉乾いた…。
何か温かいもの飲もう。
女5:「可愛い、顔ちっちゃい。」
女6:「良いよね、足細い、」
男7:「出てるとこちゃんと出てるツウカ、エロ過ぎだろ。」
男8:「お前バカ? 聞こえてるって。」
男っていっつもそればっかり、
何だか義務感? エロを褒める事に責任感じてたりする訳?
そんなに見たいのかしら? 別にただの女の身体じゃん。
(でも本とのとこ私は所詮誰かの代わり)
(間に合わせの都合の良い女)
(誰も私を見てくれない)
(誰かの好き勝手な幻想の身代わり)
一人寂しく自販機で缶コーヒ買う。
男9:「あのぉ、写真撮らしてもらっていいっすかぁ?」
瑠奈:「あぁ、ごめんね、私人違いだから、…他人のそら似って奴。」
男9:「全然OKっすよ、ていうか、まじアユアユがそう言う服着てんのって無いから、何か萌えっつうか、…」
瑠奈:何よ、こんな格好じゃ悪いの? まじリクルートスーツっぽくて悪かったわね。 私だってもっと可愛らしい服着てみたいわよ。 大体何処撮ろうとしてんのよ? おいおい、アングルが既に軽犯罪じゃないの!
私、すーっと警察手帳を見せる。
瑠奈:「ごめんねー、それ以上変な事すると、君 今晩お家に帰れなくなっちゃうけど、良いかな?」
男9:「警察? やべっ!」
女10:「何? ドラマの撮影?」
男10:「こんな時間に? 大変だなぁ。」
もう、いちいち説明するのも面倒くさい…
助手席に乗せた 伊織人形の頭にデコピン喰らわせる。 勿論、腹いせだ!
(そろそろ私だってもう耐え切れない)
こんな仕事してるから? 出会いもなかったし、今となってはヘンテコリンな聖獣とやらに取り憑かれちゃってるからまともに彼氏も作れやしない。
(誰か私の言いたいこと聞いてくれる)
そう言う訳で助手席に乗せた事がある男子は 伊織 ただ1人だけだった。
(誰か私のやりたいことさせてくれる)
瑠奈:「ああっもう、 伊織!帰ったら絶対「飲み」つき合いなさいよね!」
(飾らない本当のだらしない私の汚いとこ全部受け入れてくれる)
酔っぱらって、くだ巻いて、あまつさえ悪戯して、持て余した肉体で思いっきりハグして、ちょっとだけあちこち噛んで、最終的に酔いつぶれた後の面倒を見させられるのは伊織位しかいないのである。
(私の自由になる男なんて貴方しかいないじゃない)
瑠奈:「私ってブラコンなのかな?」
(だから貴方覚悟しなさい)
伊織の事を考えていたら、急にムラムラして来た…。
(今度こそめちゃくちゃにしてあげる)
天竜川を越えた辺りを走行中、いきなり道路が水しぶきを上げ始めた。 突然の渋滞が始まる。
瑠奈:「何なのよ、一体」
ラジオを付けてみる。
ラジオ:「…沿岸部にお住まいの方は、今すぐ少しでも高い場所に避難して 下さい。 繰り返します。 現在、原因不明の高潮、海面上昇が発生しています。 気象庁の発表によりますと、現在のところ各地で地震や津波に関する情報は出ていません。 海面上昇は現在5メートルから6メートルに達しており、尚も上昇を続けております。 この海面上昇に伴う交通機関への影響は次の通りです…、」
何だかパニックになっている。
いよいよ車は完全に詰まって止まってしまった。
それどころではない、水位は静かにしかし着々と上がり続け、既に車の床に達しようとしていた。
瑠奈:「おかしい、雨だって降ってないのに どうして?」
その時、携帯メールの着信音…
本文:「34.97.59、 139.09.25、Nagai, Koji、34.97.59、 139.09.25、Nagai, Aiko、35.25.60、139.15.60、Miyashiro, Kakeru、35.25.60、139.15.60、Miyashiro, Mirei、35.25.60、139.15.60、Miyashiro, Tomoaki、35.45.29、139.39.16、Moritsu, Nami、35.45.29、139.39.16、Moritsu, Shindo、35.28.35、139.56.92、Kiyokane…、…、…、」
延々と続く数字と名前…100人以上は数えるのを止めた、
瑠奈:「何なのこれ? 誰かの悪戯?」
差出人は…不明、
瑠奈:「もしかして新手のウイルス? 詐欺?」
しかし本文の最後に身に覚えの有る名前…
本文:「…Kindly Regards, SHIRO 」
瑠奈:「シロ? なんでシロが私にこんなモノ送ってくるのよ。」
と、それどころではない。
今私は大水害のまっただ中にいるのだ。
いよいよ水は、車のドアの半分の高さ迄来ている。 一向に収まる気配はない。
瑠奈:「これって、不味いわよね。」
取りあえず貴重品と、ワザワザ大阪から回収して来た赤い箒を持って、ドアを…
瑠奈:「開かないじゃないの!」
水圧で押さえつけられたドアは既に人力ではビクとも動かない。
恐る恐る窓ガラスの開閉スイッチを入れる。
ウィーン〜
といういつも通りの音がしてきっちりドアのガラスが全開する。
瑠奈:「流石! 国産車!!」
シートベルトを外してドアから外に抜け出す。
颯爽とかっこ良く…とは行かないで頭から水没する… 所謂、犬神●状態。
瑠奈:「もう、全くぅ!」
明らかに塩っぱい。
ぷかぷかと流されて行く赤い箒を必死で追いかけて、…
瑠奈:「どうしようか?」
今や水量は胸の高さに達しようとしていた。
その時、携帯の着信音
瑠奈:「流石! Made in Japan!! ってそれどころじゃないんだけど。」
非通知…だけど、さっきのメールの件もあるので取りあえず出てみる。
瑠奈:「もしもし、ちょっと取り込み中なんですが…。」
優美:「大変そうね。」
聞き覚えの有る声、例のきっつい娘…
瑠奈:「優美ちゃん、どうしたの?」
優美:「さっき 、第6師団とやらが人質にしている私達の4親等の人達の居場所と名前をメールで送ったわ、警察なんだからちゃんと助け出して安全を確保しておいてよね。」
瑠奈:「ちょっと、何の事? ダイロクシダンって何かな? うあっ!」
足を滑らせて頭迄水没する。
既に水量は首の高さを超えていた。
優美:「あなた、泳げるの? 早く逃げた方が良いんじゃない?」
瑠奈:「流石! 防水携帯!! って、それどころじゃ…うあっ!」
再度転ぶ
瑠奈:「ああっ、待って〜」
赤い箒が流される。
優美:「箒なくさないでよ。 大事なんだから。」
瑠奈:「優美ちゃん、あなた何か楽しんでない? ていうか見えてるの?」
優美:「貴方の携帯のカメラで大体の状況は見えてるわよ。」
爪先立ちで飛び跳ねて、何とか流された箒に追いつく。
優美:「それって、津波なの?」
瑠奈:「解んない、でも、流れは全然キツくないわ。 ただどんどん水位が上がって行くだけ。 だめ、もう切るね。」
ついに足が付かなくなった。
優美:「携帯壊れる前にデータを安全な所に送っておきなさいよ。」
瑠奈:「了解、って人質って何の事よ!」
立ち泳ぎしながら携帯してる女って、どうよ?
優美:「全く驚く程アンテナ低いわね 、朱雀が知ってるはずよ、濱平って女から交信が有った筈だから聞いてみて。」
そこで優美からの通話は終了、
取りあえず、一番大丈夫そうなメアドにデータを転送する。
濱平って女…
自分の名前を呼ばれて我に帰る。
万里:私、夢を見てたの?
独房のベッドに横たわったまま、何だか口元が冷たい…
万里:「うっ…」
頬に垂れた大量の涎を腕で拭う。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
時計を見ると23時15分過ぎ、源の研究施設から車とヘリでこの基地に連れて来られたのが22時過ぎだったから、それから約一時間という所だろうか。
到着するなりこの独房に監禁・放置されたきりだった。 まあ、その方が私にとっても都合が良かった訳だが…
西野仁美と名乗る大尉の言う事がまともだとしたら、此処は「大日本神国陸軍第6師団、第一特殊旅団」とやらが間借りしている自衛隊のどこかの基地らしい。
彼女達は「神の戦争」を乗り切る為の超法規国家集団を自称しており、その切り札となる「聖獣」と聖獣と直接話が出来る「さにわ」の能力を持っている私を自分達の指揮命令系統下に置きたいと考えているらしかった。
第6師団はその為に私達の4親等にあたる人々を監視し、もしも私達が言う事を聞かない場合はこの人達を処刑すると脅しをかけてきた。
源香澄と私は第6師団に身柄を確保され、それぞれ別々に監禁されていたが、引き離される際に源が…
源:「アンタが頼りよ、濱平さん、頼んだわよ!」
等と捨て台詞を置いて行ったものだから、私なりに色々悩んだ末、試しに「聖獣」と交信して事情を伝えてみたという訳だ。
本当にうまく行ったのか、或は全く私の夢の話であって実際には何の進展もしていないのかは…定かではない。
少なくとも1ヶ月前の私なら、空飛ぶ改造人間が加地伊織を殺害に行ったり、変なロボットが家の塀を壊したり、大洪水で高速道路が水没したり…等というのを、夢か夢でないかなんて事で悩んだりはしなかっただろう。
万里:「あの人達…大丈夫だったかな、」
やがて、独房の鍵が外されて、扉が開く。
二名の兵士が敬礼をして、私についてくる様に指示をした。
なんだか、基地内は騒然としている様だった。 自衛官やら、第6師団の変なコスチューム?を来た兵士やらが小走りに行き来している。
「第6師団仮設作戦室」と垂れ幕を張られた部屋に通される。
そこでは予想を裏切る光景が展開されていた。
香澄:「ご苦労様、守備は上乗…かな?」
一番偉そうな椅子には、源香澄がふんぞり返っている。
…その足下に、西野仁美が素っ裸で土下座していた。