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02.海坊主と坊主

気がつけば約3週間もかかってしまった……。

こんなに掛かるなんて思ってもいなかったです、はい。

次はもっと早く仕上がるようにがんばります!

 凪いだ水面がキラキラと陽光を反射している。

 時折ウミネコの鳴き声が聞こえることもあり、非常に平和を感じさせる。

 

 しかし、ここで気を抜くことは命取りだ。



 ――なぜなら、ここは最近化け物が出ると噂されている海域なのだから。






 


 ことの始まりは数日前に遡る。


 旅の坊主である拙僧は、たまたま霊地として有名な孤島の近くを訪れていたため、いい機会だと、その孤島にあるという祠を参拝しようと、地元の漁師に漁のついでに運んでもらえないかと交渉に臨んだ。


 しかし――




「船が出せない?」


「ああ、最近このあたりの海は危険でな。悪いが、しばらく船は出せねぇ」


「頻繁に嵐でも来るのか?」


「あー……まあ、似たようなもんだ」


 歯切れの悪い返答に何かあるのかと怪訝な表情をしてしまったが、彼の反応を見るに、村の者でもない自分にそう簡単に教えてくれそうもないと思い直し、船を出してもらえるかは数日待って、無理そうならば潔く諦めればいいと結論付けた。


「わかった、今日のところは諦めよう。ああそれと、この村の村長の家の場所を教えてもらえないだろうか」


「村長の家ならすぐそこだ」


 ほら、あそこだ、と男は指差した。その指を目で追うと、歩いて一分もかからない距離にその家はあった。

 たしかにすぐそこだが、村の者以外には普通はわからないのだからそんなにめんどくさそうにしなくてもよいのに。


 とにかく男に礼を述べ、村長の家へと歩き出した。







「――というわけで、数日の間この村に滞在させていただきたく、その間の宿をお貸しいただければと挨拶に参りました」


「そうかい。まあ、構わんよ。船着場のすぐ傍に旅人用の小屋があるから、そこを自由に使ってくれてかまわん。もし分からなかったら、適当に誰か捕まえて聞いてくれ」


 これまでの事情などを話し村に滞在する許可を求めると、村長は多少めんどくさそうにしながらも拙僧に滞在の許可を出した。

 よそ者に対して警戒している風に見えなくも無かったが、村長の表情に一瞬苦悩の色を見た。

 やはりこの村では何かが起こっていると思いながらも、その場でどうこうすることはなく、大人しく礼を述べて村長宅を後にした。


 しかし村長まで旅人相手にめんどくさそうな表情をするとは……よほど拙僧が厄介な時期に来てしまったのか、それともこの村の気質なのか……後者だとはあまり思いたくないな。





 そして船着場に向かった。船着場の近くにあると教えられたとおり、すぐに小屋を見つけた。


 見つけた、が――


「……どっちだ」


 小屋は二つあった。これがどちらも使われていないようであれば適当に選んで使わせてもらったものの、生憎どちらの小屋も物置として使われているように見えた。


 仕方ない、と人を探しに行こうとしたとき、視界の隅に人影が見えた。年のころは15、6の、素朴ながらも可愛らしい印象の少女だ。

 これ幸いとばかりに、少女に声をかけた。


「すまないが、尋ねたいことがある」


「はい?」


 突然声をかけられて少々怪訝な表情をした少女だったが、気にせず続ける。

 旅をしているとこんなことは慣れっこだ。いちいち気にしていられん。


「拙僧は旅の者で、この村に滞在する間ここの小屋を使うよう言われたのだが、その小屋が見てのとおりの状態で、どちらを使えばいいのか迷っていてな」


「ああ、なるほど。確かに旅人用の小屋なのにみんな気にせず物置にしちゃってますからね。たしか右側の小屋に軽いものや小さいものを纏めてあったと思うので、そっちを軽く片付けて使ってください」


 それでは、と去っていく少女の後姿を見ながら、なんとも言いがたい不安をこの村に覚える。

 漁村の人間が漁に使うであろう道具を余所者に触らせていいのだろうか。いいや、よくない。普通は。


 まあここで拙僧がどう思おうと、どうしようもあるまい。

 さしあたって、まずは寝る場所を確保することのほうが重要だ。

 保存食なども小屋にいくらか置いてあるとのことだが、この有様ではどこにあるのかもいまいち判断がつかない。


 ……日が沈む前に終わるだろうか。

 そう思う程度に乱雑な状態の小屋を前にして、ため息を堪えることは難しかった。









 次の日も、そのまた次の日も村の漁師が船を出すことは無かった。

 海が荒れているのなら船を出さないのは当然だが、この二日間の海は凪いて漁をするにはもってこいだった。


 だというのに、一人も船を出す漁師がいなかった。


 どう考えてもおかしい。


 そんなことを考えながらも小屋に帰る途中、一軒の家の前で数人の男たちが言い争いのようなことをしていた。




「他に、他に何か方法はないのか!?」


「これ以外に俺たちに思いつく手が無いのはお前さんだってわかってるだろう!」


「それに公平なクジ引きで決まったことだろう!村のためだと思って耐えてくれ!」



 少し聞こえただけでも想像できるその逼迫ひっぱくした状況に思わず足を止めた。


「わかってる!村のためだってことはわかってるんだ……!でも、納得はできない。お前たちだって俺と同じ状況になればわかるはずだ!」


 その一言に周りにいた男たちは皆一様に顔を伏せ、ばつが悪そうにしていた。

 

 ……本来よそ者である拙僧がでしゃばるのもどうかと思っていたが、ひとつお節介を焼くとしよう。


「何やらのっぴきならない様子だが、拙僧に力になれることはあるか?」


「な、何だあんたは?……その格好、もしかしてあんた法力僧か?」


「うむ、旅をしては妖や怪異に悩む人々の助けをしている。拙僧にできることなら格安で引き受けるぞ」


「人々を助ける坊主が金とるのかよ!?」


「ある程度の路銀が無ければ助けて回る旅ができんからな」


 なにを当たり前のことを。

 まあ懐に余裕があれば金など取らんのだが、そろそろ厳しいし。


 などと内心でつぶやいていると

 

「頼む!助けてくれ!」


 ……そちらの状況を説明してくれんと拙僧も何をすればいいのかわからんぞ?

 









「ふーむ、海から黒い坊主頭の巨大な化け物……か」


「ああ、あいつが現れると突然海が荒れるんだ。それで、もしかしたら知らない間にこのあたりに祭られている神様を怒らしちまったんじゃないかってことになって、それで……」


「村の若い娘を生贄として捧げることになった、と」


 ああ、と頷く漁師の茂吉。その目は正に藁にも縋るといった様子で、悲壮感に満ちていた。

 

 しかし良かった、これなら拙僧の管轄だ。これで人同士のいざこざが原因だったらよそ者の拙僧はどうすることもできなかったかもしれん。



「安心するといい、おそらくそれは神ではなく海坊主であろう。見た目といい、神の怒りにしては規模が小さすぎることといい、ほぼ間違いないだろう。妖が相手なら拙僧の専門分野だ、対処法も知っている、必ず何とかして見せよう」


「ほ、本当か!?」


 途端に表情を輝かせる茂吉。

 どうでもいいが顔、顔近い!ええい、おっさんに詰め寄られても何も嬉しくないぞ!

 

 と、正直失礼なことを考えていると、家の中から一人の少女がでてきた。


「もう、父さんさっきから何騒いでるの……て、この間のお坊さん?」


「おお、この間の娘さんではないか。あの時は助かった、改めて礼を言おう」


 奇妙な縁だ……うん?もしかして生贄とは彼女か?

 ……ならば尚更何とかしてやらんとな。












 娘さん……佳代に事情を説明するのにまた一悶着あったものの、なんとか無事に話はついた。


 こちらの準備をと整える時間と村長をはじめとした村人たちを説得する時間をとるため、海に出るのは二日後の昼ごろとなった。

 これは、海坊主は基本的に夜に出ることが多いが昼に出ないわけではないことと、この村の目撃情報が昼に集中しているためだ。


 海坊主を追い払うだけなら本来ならたいした準備など必要ない。だが少し気になることが発覚した。


 準備の一環として念のために他の漁師達にも話を聞いてみると、どうにもその内容がばらばらなのだ。

 共通していることは、突然坊主頭の何かが海から現れて襲われた、ということだけ。

 

 それ以外は見た目も襲い方も――船を沈める、直接漁師たちに襲い掛かるなど――様々で、中には群れで襲い掛かってきたと言う者までいる。


 これは最悪の場合、本当に何種類もの姿の海坊主が群れで存在しているかもしれない。


 気を引き締めないとかなり危険かもしれん。準備は万全に行わねば。










 そして今に至る。


「なあ、荒天さん、本当に大丈夫なんだよな?」


「大丈夫だ、問題ない。ただし、もし複数出た場合は拙僧の言うとおりにして落ち着いて行動してほしい」


「……わかった。信じるぜ」




 そうして待つことしばし、海に変化が現れた。


 急に船から少し離れたところが不自然に盛り上がりはじめ、凪いでいた海面は荒れだした。


「現れたか!茂吉殿は船が波で転覆しないように専念してくれ!」


「わ、わかった!」


 そうこうしている間に巨大な頭が海面から顔を出し、さらに腕も出して船を沈めようと手を伸ばしてきた。


「させん!縛!」


 術を込めた符を貼り付けた銛で伸ばされた腕を刺し穿つ。すると海坊主はその場で動きを止めた。

  

 なんとか動こうともがく海坊主だが、微動だにしない。

 

「――うおわぁ!?こここ、荒天!何か大量に出てきた!ど、どうすりゃいい!?」


 止めを刺そうとしたときに聞こえた慌てた声に振り返れば、そこには人間とそう変わらない大きさで筋骨隆々な裸体の坊主風のものがいた――




 ――群れで。




「ヤアヤア」

「ヤアヤア」

「ハハハ」

「やらないか?」



 なんだかよく判らないが、とてつもない悪寒が背筋を襲った。


「とにかく櫂で殴れ!そうずれば動きが止まる、その間に拙僧が追い払うから焦るな!」


「ひ、ひいぃぃぃ!こっち来るな!」


 まるで焦るなと言ったのが聞こえていないかのような声を上げているが、しっかりと近づいてくるものを櫂で殴る茂吉。

 本当に錯乱していたらまずい、早めにあちらの対処に移らなくては。


「アイタタ」

「アイタタ」

「もっとォ!」


 一体明らかにおかしい奴がいる!

 

 あれはまずい。早急に葬り去らなくてはいけないと本能が告げている。心の中のお釈迦様も言っている。


「ええい、ナウマク サマン ダボダナン インダラヤ ソワカ、帝釈天の雷よ!」


 真言マントラを唱え、雷を放つ。術によって発生した雷は海坊主の腕に刺さっていた銛に落ち、海坊主は耳を覆いたくなるような断末魔の絶叫を上げて消えていった。


 すぐさま群れの方の相手をしようと振り返ると、さっきの一撃の余波を受けたのか残り一匹になっていた。

 

 そしてなんの根拠もないが確信した。


 あれは一体だけおかしかった奴だ!



「た、たすけてくれええぇ!」


 見れば海坊主は船に上がりこみ、櫂で殴られないように茂吉の腕を押さえ込んでいる。というかほとんど押し倒している。

 

 いかん!根拠は無いがこのままでは茂吉の男としての尊厳が危ない!


「今すぐ拙僧らの視界から消えろおおぉぉぉ!」


 術も何も無く、ただただ気合とともに錫杖を海坊主に向かって振りぬく。

 すると海坊主はおもしろいくらい綺麗に飛んでいき、海に落ちる前に消えていった。


 殴った瞬間にちらりと見えた顔がやたらといい笑顔だったのは忘れよう。

 

 うむ、そうだ、きっと気のせいに違いない。








 やっと終わったか、と気を抜いたその時、どこからともなく声が響いた。


『カッカッカ!それでワシらを滅ぼしたつもりか?』


「まだ残っておったか。その口ぶりからしてどうやら親玉らしいな?」

 

 聞こえてきた声に答えると、水面にはなんの変化もないのに海からしわがれたおきなの顔をした海坊主が現れた。


『さて、どうする小童よ?並大抵の事ではワシらをどうにかすることなぞ到底敵わんぞ?』


「何故そう言い切れる?根拠が無ければ其れほどまでに自信や余裕もないだろう」


 答えが返ってくるとは思っていないが、一応質問してみる。

 これでぺらぺらとしゃべるような三下なら楽なんだが……


『クカカカカッ!冥土の土産に教えてやろう。どういうわけか、この辺りで祀られている神への信仰が瘴気となって海に流れ込んでおる。これを糧にしたお陰でワシらの力も強くなったわい。然るに、ちょっとやそっとのことではワシらを滅ぼすことなど不可能。例え滅ぼされたとしても、何度でも蘇るわ!』


 時間はかかるがの、と勝ち誇ったように話す翁。


 そうかそうか。これはいいことを聞いた。


「迂闊に話したのは失敗だったな。そういうことなら対処法はいくつかある!貴様を滅ぼせば終わったも同然よ!」


『な、なんじゃと!?だがここで貴様を殺してしまえば何の問題も――』


「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅爲樂――貴様も涅槃を知るがいい、喝ッ!」


 経を唱え、最初に海坊主を倒した時に回収しておいた銛を投げる。

 銛は見事に翁の額に突き刺さり、そこから大量の妖気が噴出し翁はゆっくりと崩れ落ちていった。


『馬鹿……な、ぁ……』


 翁が消え、目の前にはただ凪いだ海が広がるばかりだった。


「や、やったのか?」


 呆然と成り行きを見ていた茂吉が正気に返り、問いかけてきた。


「ああ。ただしこのままだと、いずれまた奴らは復活する。それを阻止するためにも、この近くの孤島にある祠に行きたいのだが、運んでもらいたい。もちろん準備もあるから、明日以降になるのだが構わんか?」


「ああ、もちろんだ。あんたのお陰で娘は死なずにすんだんだ、それぐらいお安い御用だ」


 








 「さて、くだんの祠に向かうとしようか」


 この時は、これから起こることが当ての無い旅に明確な指針を得ることになるとは知る由もなかった。






気がついたら手が勝手に動いてがちむち海坊主の群れという恐ろしいものが生まれてしまった。

反省はしている、後悔はしていない。



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