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Callin you  作者: 戸理 葵
9/10

重い脚を引きずるようにして家に帰ってきた。

家の門を開けようとして、そう言えばあの日浩輔をここで見送ったな、とか思ってまた涙が滲みそうになった。



「・・・ただいま」



習慣になってしまった「ただいま」は、どんなに気分が落ち込んでいても口をついて出てくるらしい。

一瞬の間を置いて、居間から妙にのんびりした声が聞こえてきた。


「おかえりー」


お母さんの声だ。


「ご飯はー?」


「・・・食べてきた」


食べたくない言い訳をするのが面倒で適当に誤魔化す。


「シャワー浴びる」

「はいはーい」


いつも以上にのんびりした返事をするお母さんは、でも居間から顔を出してこない。

今日が何の日か知っているから、私が遅く帰ってきても多分何も言わないんだ。


私はそのまま浴室に直行すると熱いシャワーを浴びた。

そしてそのまま家族の誰とも顔を合わせずに自室に引きこもった。


今度はベッドに直行する。ブランケットを頭から被った。うわ、あつい。




今となってはあの時見た浩輔が、自分の願望が作り出した幻の様な気がして来た。

過去と現在の時間が繋がるなんて、そんなSF見たいな事、ある訳がないもの。

あれは狂った私の頭が造り出した幻想。愛しい人の、幻影。



だとしたら、神様。

もう一度、彼の姿を見せて下さい。

夢でもいいですから。

お願いします。








なのに何の夢を見ていたのかも定かでない。

きっと夢見が悪かったのだと思う。揺すぶられて起きた時、かなりの頭痛がした。


「んー・・・イタタタ・・・」



顔をしかめて見上げると、浩輔が眉毛を下げて覗きこんでいた。


「まだ寝てるの?」


ああ、よかった。浩輔がいる。私の願いが届いたんだ。


私はすごくすごく、嬉しくなった。本当に本当に、嬉しくなった。



「うん。もう起きるよ。だって遊びに行くんだものね?」


満面の笑みと共に体を起こして彼に応えると、彼は何故だか面喰った様な顔をした。



「・・・どうしたの? そんな素直で」

「だって嬉しんだもん。やっと浩輔とデートが出来る」

「え?やっと?」



戸惑った表情を見せた彼は、その後照れたように顔を赤くした。


「あさみ、そんなに俺の事好き?」

「うんっ。すっごい好きっ!」



私の笑顔全開に浩輔は、今度こそ顔中を赤くしてあろう事か思いっきり目を反らした。

というか、瞳がうろたえている。キョドってる。



うわ、かわいい。



私はガバッと彼に抱きついた。

彼は私に首からぶら下がられ、バランスを崩してベッドの上に両腕をついた。

だから私のお尻は再びベッドの上。

浩輔は前屈み状態。



「ちょっと、あさみ」

「ふふふー」



アタフタする浩輔が面白くって、鼻を彼の首筋に摺り寄せ、思いっきり彼の匂いを堪能した。

ああ、嬉しいなあ。こういう香りだったわ、うん。懐かしいなあ。

というか私、ここまであからさまに浩輔に抱きついた事ないんだった。

匂いなんて、なおの事。



「ふふふじゃないよ。これはアブナイって。おばさんに見られたらどうするの?せめて上になんか着てくれよ。」

「着てんじゃん、Tシャツー」

「そんなの着てるうちに入んねえだろ」



ここぞとばかりに私は思いっきり彼に甘える。もう嬉しくってしょうがない。

すると浩輔は私の肩におでこをコツンと乗せ、そして黙ってしまった。

しばらくして少し掠れた声で呟いた。


「当たるんだよ。・・・マジで勘弁して。それとも拷問プレイ?」



当たるって?・・・あ、胸が? そっか。ブラ着けてないもんね。

・・・随分リアルな事を言うなー。設定、細かいなー。そんな浩輔も脳内で造りだしちゃうとは。



・・・て、あれ?



ちょっと待って?



私は腕を緩めた。

それから緩めた腕で彼の肩を掴み、グイっと引き離して彼の顔を覗きこんだ。


彼は少し驚いた様に目を見開き、そして同じように私の顔を覗き込み、再び困った様な顔をした。


「あ、ごめん? 怒った?」



それでも私が真剣に視線を合わせ続けるものだから、次に彼は怪訝そうな顔をした。



「・・・どしたの? 俺そんなヤバかった?」



そーゆー事を、そうやって普通に可愛い顔で訊くかな?


という突っ込みは心の中に留めておいて、私は口を開いた。



「・・・本物?」


「・・・え?俺の偽物がいるの?」



浩輔はますます目を丸く見開く。私はそんな彼の瞳を見つめ続け、次に彼のほっぺから唇から首から肩から胸から、手の平でくまなく触りまくった。

リアルだリアルだリアルだ、すっごくリアルだ!!



あまりにもリアルすぎて、かえって実感が無い。状況が呑み込めない。

私は今度こそポカン、として、彼に間抜けに質問をした。



「本物なの?」

「・・・だと思うけど」

「え?何で?どう言う事?」

「え?何?わかんない」



浩輔は困った様に眉毛を八の字に下げて、ああこれは見慣れた表情だ。



「俺、偽物なの?」



・・・それ、私に聞くのっ?


ここで一気に、自分の存在にすら自信を無くして私に聞いてきちゃうあたり、浩輔なんだよなあ。昔からこの子はいつもこんな感じでとても呑気で、その実、肝が太かった。




「・・・浩輔、何でここにいるの?」


「だってデートの約束したじゃん」



彼が少し拗ねた様に口を尖らせて答える。当たり前のように。

私は急に、鼓動が激しく胸を打つのを感じた。



「・・・今日がいつか、分かってる?」

「え?日付?んーと・・6月3日?」



6月3日?!


それって浩輔が刺された日だ!!


そんなわけないでしょ? 今日は7月22日? 23日? それぐらいのハズよ?!



私はガバッと、今度は両手で浩輔の顔を挟んだ。思いっきり、ギューっと。




「あしゃみ・・・」



タコ唇になる浩輔のほっぺはメチャクチャ弾力があって、やっぱり本物に見える!!


そんなバカな!!


私はベッドから飛び出すと浩輔を放って、バタバタと階段を駆け降りた。



「お母さん、お母さんっ!!」



大声を出しながら居間に飛び込む。

お母さんは座って本を読んでいた。私の剣幕にびっくりして呆気に取られていた。


「何、どうしたの? そんなに大騒ぎして?」


「浩輔がいるっ!!」


するとお母さんは、呆気にとられた顔のまま固まった。




ああやっぱりこれはあり得ない非常事態なんだっ!



私は顔から血の気が引いていくのを感じた。


「どうしよう、すっごく弾力があってリアルなの。どうしよう、私があんなにお願いしちゃったから化けて出たのかもっ」

「・・・え?」


私のあまりの台詞に、お母さんは少し顔を突き出した。



「何を言っているの?」

「だってすごく本物っぽいんだものっ。ううん、本物なんだものっ。どうしよう、私の部屋にいるのっ」

「え? 通しちゃいけなかったの?」

「そうじゃないけどっ、・・・・え?」



今度は私が固まった。今、何て言った?



「通しちゃいけなかったの、って・・・お母さんが通したの?」


「そうよ? いつもの事じゃない。それとも何かあったの? 喧嘩でもしたの?」


お母さんは少し難しそうな顔をした。


「だったらそう言ってくれないと。わからないから通すじゃない。浩輔君、いつも通りだったから」



何ですって?!

私は頭が混乱した。その場に立ちつくした。


えっと、えっと、これはつまり、・・・どういう状況何だろう?



「でもあさみ、いつまでそんな恰好でいるの? いくらなんでもマズイんじゃない? 浩輔君だって困るでしょ」


「・・・お母さん、今日、何日・・・?」


「今日?6月3日でしょ?」


「・・・何年の?」


「? 平成? 西暦? 20××年でしょ。どうかしたの?」



信じられない。

昨日までより、時間が一カ月半も戻っている。

嘘でしょ?


私はお母さんを凝視した。この人は、こういう悪い冗談に乗っかる様な人じゃない。

どういうこと??


つまりそれは、つまり、つまり、

つまり私は・・・



「・・・部屋に戻ります・・・」

「浩輔君に出てもらって、ちゃんとした服に着替えなさい。みっともないわよ」

「・・・」

「それから、あんまりいちゃつくんじゃないわよー」



無言で部屋を去る私に、お母さんがからかいの声をかけた。

いつもの私なら真っ赤になるだろうけど、今は完全に、無視。声が出ない。



自分の部屋の前で、急に息苦しくなった。

どうしよう。全てが冗談で、幻だったらどうしよう?



呼吸が、出来ない。



そっと扉を開ける。



浩輔は、私のベッドの上に腰かけて、ボーっと座っていた。



「あ、戻ってきた」



私に気づいて、ふわっと笑る。



「どしたの? 用事終わった?」




いつもの浩輔。いつもの微笑み。私は急に込み上げてくるものがあった。

慌てて時計を見る。午後3時。


あの日、浩輔が刺されて息を引き取ったのは午前11時半過ぎだった。




・・・今までのアレは、全部悪い夢だったんだ。

夢だったんだ!!




「あさみ・・・」



私は泣きだしてしまった。戸口に立ちつくす。涙が後から後から溢れ出て来た。止まんないよぉ。



浩輔が立ちあがって近づいてきた。

私は彼のTシャツを小さく掴んだ。


そうして、もう一度呟くように確かめた。


「本物、だよね?」


「・・・うん」


浩輔は優しく返事をすると、私の頭を柔らかくポンポンと撫でた。



「私ね、夢を見たの。ううん、見ていたの。」



私は俯いて、掠れた声で彼に言った。



「浩輔がコンビニで強盗に刺されちゃうの。それで死んじゃうの。私は悲しくって、ずっと泣いていたの。そしたら、ね。信濃町のホームで、死んじゃった浩輔が電車に乗っているのを見たの。・・・そう、浩輔がホームで見たのは私だった、って言う設定。」



声が震える。喉が詰まる。嗚咽が漏れる。

だって、あの時の状況と感情が一気に蘇ってきたから。


なのにおかしいの。笑っちゃうんだよ。私、笑えているの。


私はまさしく泣き笑いの顔を上げて、浩輔を見た。



「あんまり浩輔が騒ぐから、私、夢に出てきちゃったじゃん」



悲しかったの。悲しかったの。私、すっごく悲しかったの。

思い出しただけで泣けちゃうくらい、すごく悲しくて、長い夢だったの。



ところが途端に、浩輔はとても険しい表情になった。何故だか眉間にしわを寄せて私を見ている。

そしてとても真剣な声色で問いかけてきた。



「あさみ。その時、何かした?」

「え?」

「俺に向かって。何かした?」



何かを求めている様な、射る様な強い眼差し。

私はその瞳の光にドキンとするとともに、その表情に少し恐くなった。

心に緊張が走る。




「何かって・・・泣いた」

「それで?」

「・・・叫んだ」

「それで?」

「・・・もの、投げた」

「もの?」

「・・・うん。鞄。電車にぶつかって、中身がバラバラになっただけだけど」



何となく息を飲みながら私が言うと、浩輔はしばらく私を見つめ続け、それから無言で離れた。

そして床に置いてあった自分の鞄を拾い上げ、中から何かを取りだした。



「これも、投げた?」



それは浩輔の、高校の地理の教科書だった。私は何が何だか分からない。



「あ、え? え? そう、それ、あの時無くして・・・え?」


浩輔がそれを差し出す。私は混乱したまま手に取った。


「そう。これ。裏に・・・え?」


背表紙の裏を開き、私は今度こそ本当に息が詰まった。



「・・・何、これ」




そこに書いてある殴り書きは、私があの時、コンビニの前で綴ったまさしくアレだった。



浩輔の、49日の時に、彼に語りかけたくて書いた言葉。


でも待って? 今日は6月3日で、もう3時で、浩輔は生きているんでしょ?!

ちょっと待ってっ?




これは何??!!







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