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Callin you  作者: 戸理 葵
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軽く可憐の頭を撫でながら。

浩輔が、軽く言った。


「ところで可憐。今日、昼間に信濃町にいた?」


え?今、このタイミングで聞くの?うわあ、びっくり。



「え?しなのまち?」


可憐が顔をあげて、きょとん、と聞く。


「うん。信濃町」


浩輔が可愛い笑顔で、にっこりと言う。



「いないよ?だってずっと部屋にいたもん。ここで修羅場してたから」

「そっか」

「何?どうかしたの?」

「ううん、何でも無い」



ニコニコと答える浩輔。優しく可憐を慰めながら、目的達成。

・・・やっぱ頭の中は、ちゃんと男の子なんだなあ。冷静?合理的?あ、さっきの演説(?)は理論的、ってヤツだった。


私は少し感心して(少し呆れて)彼を眺めてしまった。





落ち着いた可憐を部屋に残し、私達は外に出た。自転車を何となく押し、二人して無言で歩く。

可憐と光、こうなったらもう、どういう形であれ落ち着くといいなあ・・・。


でもやっぱり、少し落ち込む。


しばらくして私は、隣の浩輔を少し横目で見ながら、言った。



「確かに素晴らしい働きを見せました、浩輔さん。確かに可憐さんは貴方に救われたようです・・・・・・ですが」


「違いましたね」

「違いましたね」



二人で難しい顔をして、イヤに真面目なフリをして頷き合う。

そして私は、少し上目遣いになった。


「やはり思い違いでは?」

「それはナイ」

「えー」



もうどうして、この質問になると即答するのよぅ。


「じゃあ、誰よ?」


「うーん・・・俺は思い浮かばないよ。あさみ以外」

「あのねえ」



私は立ち止った。いいかげん、埒があかないんだもの。

自転車を押していた浩輔も立ち止まって、不思議そうに私を振り返る。

私は憮然として言った。



「私が。あなたに。泣いて助けを求めていたように見えますか?」


「・・・・見えません」


「となると?」


「・・・ドッペンゲルガー説を採用致します」



浩輔はすっかりしょぼくれて小さくなり、これまた上目遣いに片手を顔の横に上げて、まるで宣誓するような仕草で答えた。

私は大袈裟な溜息をついてみせた。



「じゃあ、私、気をつけてソレを見ないようにしなくちゃ」

「え?何で?」

「だってドッペンゲルガーって、本人が見たら死ぬらしいじゃない」

「え?そうなの?」

「昔、読んだ事がある」

「まずいじゃねえか」



しょぼくれ一変、真顔で眉根を寄せて私を見ると、真剣な面持ちで彼は言った。



「信濃町に行くなよ。」



ちょっとそれ、本気?っていうか、どこまで本気?まさか最初から本気?純粋にも程があるでしょ?



と、本気で諭すのもばかばかしくなって、私はあえて話を合わせてみた。


「何それ。そんなの無理。っていうか、相手も動くから」

「え?移動するの?」

「するでしょ。地縛霊とは違うんだから」

「・・・そっかあ」


するとね。今度はね。感心するんだよね、君は。


「あさみって、さすがにホラー好きだなあ。普通に言えるんだ、そう言う事」



その柔らかな頬がますます子供っぽく見えて、どう言う事だろうね。何に感心してるんだろうね。そしてさっきのアレはどこまで信じているんだろうね?



「だって信じてないもん。現実味ゼロだから」

「ええ?じゃあ、俺の頭がおかしいって思っているの?」

「それか、私に死ぬほど惚れているか、って思っている」



こっちは話をテキトーに進めている延長で言った台詞なのに、そりゃ、少しは、ううんかなり、願望は入っているけどさ、でも。



「・・・え?なんでそこで赤くなるの?」

「あ、いや、ごめん」

「・・・そしてなんで謝るの?」

「・・・あ、いや・・・」



赤くなった浩輔につられて私も赤くなって。リトマス紙みたいな二人。そして沈黙。

立ち止まってる私達。

辺りはもう、暗くなってきた。


友達歴10年以上にして初めて訪れるこの雰囲気。

多分、自分が望んでいた事だろうに、いざとなると怖くて勇気が出ない、この中に居たくない。




「もう、サークルに行く気が失せたなあ。ドッペンゲルガーにも会いたくないし。私、家に帰ろうかなあ」


私は少しわざとらしく伸びをしながら言うと、浩輔は慌てた様にそれに乗っかってきた。


「そうしなよ。今日は、ごめん」


その言葉に、何故かカチン、とくる。自分が言いだした台詞のくせして、同意されて腹を立てていれば世話はない。

つい俯いて、ふてくされた様な言い方になってしまった。



「・・・別に、謝らなくてもいいよ・・・。心配してくれたのは確かだし・・・」



再びの、沈黙。妙な感じになっちゃった。



顔を少し上げてみると、浩輔は、言い訳も許されない立たされんぼの小学生、の様に立っている。眉毛を下げて。

・・・可愛いけど、あれみたい。ほら、反省しているお猿さん。というよりモンチッチ。

ああ、なんだか私が苛めている様な気分になってきた。いっつもそう。最後はこうなる。で、私が折れるんだ。



「・・・あと一人ぐらいに、電話してみようか。念のため。」


意味も無く空を見上げ、意味も無くいつもの様に溜息をついてしまった。今日も負けたわ。



「え?」


「だって浩輔の不安をそんなに煽る状況だったのなら・・・もし本当なら、大変な事になっているかもしれないものね?」



浩輔は嬉しいのか心配なのか複雑な表情をしながら、私の顔色を伺う様子を見せる。

私は少し拗ねた口調で言った。


「浩輔が私と間違えるとしたら・・・あと、誰?」

「え・・・誰だろう・・・?」


当惑した様に考え出した。私がヒントを出す。


「下の名前を呼ぶ女の子で」

「えっと・・・・あ。みのり」

「みのり?」


「うん。あの子、俺の名前を浩輔って呼ぶ」

「・・・理由、それだけ?」

「うん。他に思いつかない」



簡単だなー。あっさりしているなー。こだわらないなー。

・・・ああ違う、こだわっていた。あれは私だ、ってこだわっていたんだ、この子は。



みのりは、私達テニスサークルの同期の女の子。少し大人しめの、穏やかで可愛い癒し系の子。



「そうかあ。じゃあ、念のためみのりにかけてみまーす」


私は明るくそう言って、携帯を取り出した。

これで彼の気持ちも落ち着き、私達二人のこの妙な空気も収まるなら、電話をあと一本かけるなんてお安いものです。



ところが。これが思惑を大きく外れた。



「・・・繋がらない・・・」

「・・・全然ダメ?」

「うーん・・・」


困ってしまった。自分でサイを投げといてそれを回収できないとなると、なんとも中途半端な気持ちになってしまう。こんな事なら、電話をかけなきゃよかったかも。

でも、動き出しちゃったし・・・。


「みのりんち、こっから割と近いんだよね」

「あ、そうなんだ?」

「うん。二駅先」

「・・・・」


二人して再び無言で、でも今度は見つめ合ってしまった。無言の確認。


「・・・行く?」

「・・・行く?」

「・・・ここまで来たら?」

「・・・最後まで?」


言葉の確認。あーあ、決定だ。


内心、ホントめんどくさいな、って思ったんだけど、まあこれでもう少し浩輔の自転車に乗れるし。

「え?自転車で行けるの?俺、道分かんないよ?」と驚く彼をなだめて、いつもの特等席に腰を降ろした。トレーニングだと思えば、ね?





「みのりー」

「みのりー。・・・いないみたい」


自転車で15分。みのりの部屋に着いたけど誰もいなかった。アパートの一階。


「どっか出かけているのかなぁ」

「・・・家に居ないもんね?出かけているってことだよね?」

「あ、そっかぁ」

「・・・・」



何も考えていない様に返事をする浩輔を、ジッと見てしまう。

そりゃね、携帯が繋がらなかったからって家に来たってどうしようもない事ぐらい知ってたけど、一応形だけでも彼を納得させようと思って来たのに。それなのに。



「その呑気さ、みのりだって思っていないでしょ?」


「え?・・・うーん、正直・・・」


あっさりと答える彼を見て、私は思いっきりガックリと来た。これは名実共に、ムダ足、ってヤツですね??



「あーあ、なんか力が抜けてきちゃった。そして眠くなってきた」

「ええ? また? さっきまで寝ていたのに??」

「だからかなあ?浩輔の眠そうな顔を見たら余計に・・・」

「俺、眠くねえよ、今は」



違うよ。遠まわしに嫌味を言ってるのよ。真剣味が足りないって、何も考えてなさすぎって言いたいの。

なのにこの子は、私を正面から見て、物凄く真面目に言った。



「あさみ、ひょっとして生理、近い?」


「えええ???」



私はビックリ仰天、文字通り飛び上がってしまった。何、その、暴力的な話題転換はっ!!??



「何それっ?!」

「あ、ごめん。違ってた?」

「謝る場所が違うっ!!何で私の生理周期を知ってるのよっ?」

「だってあさみ、生理前はやたらと眠くなるじゃん」

「だから何でそれが生理前だって知ってるーっ?!!」

「しっ。ちょっと黙って」

「はあっ??!!」

「何か聞こえる」



浩輔は人差し指を私の唇の前に立てて口を閉じさせ、真剣な表情でドアに軽く耳をあてた。

結果、私が一人でバカみたいに騒いでいたような図が出来上がってしまう。ちょっとぉぉ!

人の生理を話題に出したのはそっちでしょ?!



ところがあまりにも彼が真剣なので、私も自然と大人しくなり、彼の隣で同じようにドアに耳をあてた。

確かに、ドンドン、部屋を揺らすような重低音が聞こえてくる。ううん、実際、揺れている。



「・・・何?」



不安になってきて、ドアに耳をあてたまま浩輔に聞いた。

彼も体勢そのまま、眉根を寄せて私に返事をする。



「物音?」

「何かが・・ぶつかる音?」

「人の声も聞こえない?」

「みのり?」

「わかんない。・・・取り込み中?それとも・・・」



彼がドアをノックした。

その瞬間、何かがドアに投げつけられた。固い物が激しくぶつかり落ちる音。

突然の耳障りな大きい音に、私達二人は飛び下がった。


「うわっ」


それとほぼ同時に、中から聞こえる叫び声。女の人の声。



私は、身の毛がよだった。顔から血の気が引いて、立ちすくんでしまった。


どういう事??!!



「・・・ヤバいよね?」



喉から絞り出すように声を出して隣の浩輔を見ると、彼は今まで見た事も無いくらい険しい顔をしてドアを睨みつけていた。

そしてそこから視線を外さず、とても低い声で私に言った。



「あさみ、隣近所を片っ端からノックして大家の連絡先を手に入れろ」

「何するの、浩輔?」



直後、何と浩輔は体を横向きにして、ドアを激しく蹴り始めたのだ。

私は飛び上がってしまった。



「なっ・・・!ドア壊れるよっ!!」

「脅してんだよっ!」



そう言って男の足で渾身の力を込めて、ドアを横蹴りする。金属製の扉は、蹴られたくらいじゃ壊れそうには見えなかったけど。



「な・・・もし何でも無かったらっ・・・!」

「謝って弁償だっ!!みのりっ!みのりっ!!」

「え、ちょっと・・・。」



暗くなり始めた中、浩輔が遠慮なく大声を出して激しくドアを蹴り続ける。二つの騒音が重なって尋常でない雰囲気を作り上げていた。

私は狼狽した。浩輔はそんな私の様子を意に介さない。こんなに思いっきりのいい人だったとは。



「みのりっ!・・・ドアが壊れるか、先にドアが開くか、あさみが大家に連絡するか・・・あ」




中から、ドアが開いた。

みのりだった。


意外にも、普通の恰好をしていた。

一人だった。



浩輔が落ち着いて聞いた。


「みのり、大丈夫?」

「・・・浩輔・・・?・・・あさみ・・・」


みのりは驚いた様に私達二人を交互に見た。


「何があったの?ノックしても出ないし、中から大きな物音が・・・・え?」



私は部屋の中を見て絶句した。

部屋が、メチャクチャになっている。

雑貨が散らばり、食器が割れ、本がばらまかれ、まるで暴動にあったお店屋さんの様。



「入るぞ」


浩輔は有無を言わさず中に入った。土足で。

・・・だって、こんなに色々なものが割れていちゃ、靴を脱げない。




「・・・何が起きたの・・・?」


部屋に入った私は、みのりを振り返って聞いた。

彼女は俯いて、小さく答えた。


「・・・何でも・・・」


「何でもって・・・これは、何でも無く、ないよ?」


「・・・・」


「みのり・・・手も・・・」


みると彼女の手は所々切れて、血が滲んでいた。ひょっとして、この部屋にある割れ物を投げつけた時にできた傷かもしれない。



「どうしたの、この怪我?」


「・・・怪我、しちゃったの・・・」


「何で?」

何で、物を投げたの?


「・・・うっかり・・・」


「うっかり?」



それっきり黙りこむ彼女。

私は深呼吸をすると、彼女の両肩にそっと手を置き下から顔を覗きこみ、出来るだけ優しく穏やかに言った。


「話してよ。力になれる事なら協力するから」


「・・・・無理だよ・・・」


絞り出すような彼女の声は、今にも消え入りそう。ううん、彼女自身が今、この場から消え入りたいんだ。



「協力なんて、出来ないよ・・・」


口から漏れ出す声は彼女の心が漏れ出す様で、言葉は私達に伝える為にある訳ではないらしい。


「誰も助けらんないよ・・・」



私達に伝える為で無い言葉は、かといって自分に言い聞かす為でも無さそうで、多分、自分が喋っている事にも気付いていないようだった。



それくらい、彼女の心は段々と私達から離れていく。

それが手に取る様にわかって、私は少し寒気がした。




「・・・私、妊娠しているの」



なんの脈略もない、突然の告白。

その時、この世から音が全て消え去ったのかと思った。


あまりの台詞に。



「・・・え?」


耳を疑った。




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