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Callin you  作者: 戸理 葵
1/10

「おい、あさみ。・・・あさみっ。あさみっ。」



その日は大学の講義も無いので、普通に寝ていた。夕方からのテニスサークルには顔を出そうと思っていた。

大学3年ともなれば授業のコマ数も減るし、週3日に講義を集中させて週休4日のスタイル。

昨日は夜遅くまで友達とバカ騒ぎをしていたから。



「あさみっ。起きろってばっ。おいっ。」


ぐらんぐらんと揺すぶられる。弱冠の頭痛を感じた。二日酔いだ。


「んー・・・あ・・・え・・・浩輔??」



ぼんやりと目を覚ますと、目の前に眉毛を八の字に下げた浩輔がいた。

見慣れた、柔らかいカーブを描く顎。小さめの瞳。華奢な体。

およそ男らしい体格とは言えないこの幼馴染は、小さい頃からとにかくマイペースでいつも笑っているか、眠そうか、という表情をしていた。


それが、今は相当困っている、顔。


どちらかというと女顔のせいか、おかげで余計に頼りなく見える。


「・・・何?どうしたの・・・?」


私は思わずため息をついてしまった。



小さい頃からよく、私は彼の面倒を見てきている。だからつい、上から目線で話をしてしまう癖がある。

だけど浩輔はいつもニコニコ、私に近寄ってきていた。

高校生ぐらいになると私も、彼は一見頼りないように見えて、その実本当に頼りないのだけれど、本人はそれを良しとしていて案外肝が据わっており、なにより万人に分け隔てなく優しい、滅多にいない最高の男だ、と気付くようになっていた。


その最高の男が今、私を上から覗きこんで困り果てている。・・・少し焦っている?


「・・・あれ?何で浩輔、ここにいるの?」

段々私は覚醒してきた。



「ここ、私の部屋じゃん。」

「おばさんがいれてくれた。」

「えー??何でー?」

「あさみがいつまでも寝てるから、俺が起こしにいって、少しは恥をかけばいいのよ、とか言って。・・・っていうかあさみ、本当に今まで寝ていたの?」



困り果てた顔の中に、信じられないって表情がありありと見える。

私は少し、いやかなり恥ずかしくなってしまった。

時計を見ると、もう4時。あいたた、これは母親が怒るはずだわ。



「だって・・・昨日は夜中の2時まで可憐達と遊んでて・・・。」

「そうなの?それは良かったね。・・・でも、本当に寝てたの?ここで?」

「すみません。たまにはいいでしょ。眠かったんだもん。て何で浩輔にこんな言い訳しなくちゃいけないのよ。」



私は彼を見上げた。

今更スッピンを隠す仲でもないけど、21歳のうら若き乙女の部屋に当然の様に入りこむ神経ってどうよ?

幼馴染といっても男と女、一線を画すべきじゃないかしら?



という言葉はすぐに消えた。

小学校から大学まで同じ、所属するテニスサークルまで同じ、友達の部屋で飲む時は男女の隔たりなく何人も集まり、朝まで飲み明かす中。

そのままみんなでごろ寝、なんて事も両手では足りないくらいの回数を重ねている。


もちろん、グループ内で間違いが起こった事は一度も、ない。

特に私達二人の間柄は皆が知る所。ぼんやりとした浩輔と、それの世話をする羽目になる私。

お互いカレカノがいた時期もあったけど、この関係が崩れる事は無かった。



「本当に一日中ここにいた?」

「いたよー。どうしたの?何を確認したいの?私があまりにも怠惰な生活を送っている事に、苦情を言いに来たの?わざわざ?」

「そうじゃねえよ。」


彼は頭をガシガシと掻くと、ほとほと困り果てた様な顔をして、床に胡坐をかいて座り込んだ。

そして頭を抱えて俯いている。


「・・・どうしたの?」

「・・・本当はあさみ、信濃町にいたでしょ?」

「・・・はあ??」

「信濃町の、総武線のホームにいたでしょ?」

「私が??・・・いいえ?今日?まさか。」


私はTシャツ姿に下はスウェット、で浩輔と同じように胡坐をかいた。ただし、ベッドの上で。

(もちろんノーブラだけど、あまりの驚きにそのまま起き上がってしまった。)


「私の記憶が正しければ、わたくし、ずっとこのベッドにおりました。」

「嘘だよ。」



間髪いれずに浩輔が言う。

顔をあげて、珍しく私を鋭い目で見た。


「絶対嘘だよ。いたよ、信濃町に。なんで隠すんだよ。」

「え?いないよ、マジで。ホントに。いるわけないじゃん。何、どうしたの?何かあったの?」

「それを確認しにきたんだよ。」


困ったように、怒ったように、拗ねたように、信じられない様に、私の目を見る。


「駅であさみが泣いているのを見たんだよ。だからビックリして来たんじゃないか。」


「・・・ええー??嘘でしょ?私、そんな事してないよ!」

「あれはぜったいあさみだった!!」



更に珍しく私に大声を出すものだから、私は心の底から驚いてしまった。

この人、何かに怒っている?というか、私に怒っている?え?何で?

私、怒られる様な事をした?


「あさみが、俺に向かって泣きながら叫んでいたんだ!俺、見間違ってなんかない!あれはあさみだった!」


「・・・ええぇ??泣き叫んでいたぁ??私が?駅で?」


「そうだよ!俺、ちゃんと見たんだかんな!」




開いた口が塞がらない、とはまさにこの事。

私は頭の中が真っ白になってしまった。


私が?寝ている間に?駅に行って?泣き叫んだ?浩輔に??



「俺が電車に乗ってドアが閉まる時、ホームにいるあさみが泣いているのを見たんだ。声はよく聞こえなかったけど、あれは叫んでいた。」



浩輔は断言した。

私は未だについていけず、浩輔を疑うか、浩輔の頭を疑うか、で迷っていた。

これは仲間内の、新手のゲームなのかしら?

それにしては彼の瞳が少し潤んで見えない事も無く、無駄に演技が上手すぎない??



「・・・えっと、それ、・・・人違いじゃない?」

「だから違うって言ってんじゃん。長い付き合いのあさみを間違えないだろ。」


ぼそぼそとしたいつもの口調に戻り、見慣れた八の字眉で私を見るけど、彼が自分の発言を撤回する意思が無い事はハッキリと見てとれた。


私を見間違える訳が無い、と断言をしてくれる事は、心のどこかが少し熱くなるくらい嬉しい事なのだけれど。

いやだって私、ここで本気で寝ていたし。



「・・・じゃあ、ドッペンゲルガー?」

「そんなのいるのかよ。」

「だって見たんでしょ?でも私ここで寝ていたもん。じゃあ、私の生霊。」

「・・・あさみ、本気で考えていないでしょ。」

「・・・・。」

「そして信じてないでしょ、俺の事。」

「・・・だってぇぇ・・・。」


今度は私が、浩輔に負けないくらい眉毛が下がってしまった。

どうすればいいのよ、これって。わーい、騙されたーっ、ってバカにされるのを覚悟で信じるフリをすればいいの?それとも、しょうに合わない事をしないの、って叱り飛ばせばいいの?

それとも、この人の頭の中身を本気で心配すればいいの?



「・・・助けて、って言ってたんだ。」


浩輔が下を向いて、ボソッと言った。


「行かないで、とも言っているように聞こえた。俺の名前を呼んでいた。・・・なのに電車のドアが閉まっちゃって・・・俺、泣いているあさみをホームに置いていっちゃったんだ。」



純粋で優しい幼馴染は、小学生の頃と変わらない雰囲気と口調で話す。丸まった背中。可愛い顔での困った表情。

華奢な体はとても21歳の男には見えないけど、これが意外、テニスはサークルで一番の腕前だ。

敏捷な動きと的確なサーブ。テニスをする時の彼は、本当に別人。輝いて見える。

ま、スポーツ全般、何でもできるオールマイティなのだけれどね。



「・・・それで、わざわざ来てくれたの?」

「何度も電話しても出ないし、マジでどんなトラブルに巻き込まれたのかと思って、スゲー心配したんだぞ。」


そう言って、顔をあげた。


「ホント、焦った。」

「・・・。」


ドキッとして、顔が赤くなりそうなのを慌てて隠すべく、目を反らす。


確かに携帯の電源を切っていた。それも確信犯的に。だって誰にも睡眠の邪魔をされたくなかったんだもの。

それがこういう結果を生むとは。なんだか申し訳ない気分になってきた。



でも、よくよく考えてみれば、悪いのは私ではなくてその謎の女の子。

泣き叫ぶ?信濃町のホームで?あり得なくない?



「・・・浩輔さあ。悪いけど、人違いだから。」

「だって俺の名前を呼んでいたんだよ?人違いつっても、そうそういないだろ、そんなコ。」


浩輔が唇を尖らせて私を見た。


「どういう事?」

「私に聞かれても・・・。」


二人で途方に暮れてしまった。



「・・・でもそれって、私でないからつまり、浩輔の知り合いの誰かが、あなたに助けを求めていたってこと?」


眉根を寄せて私が言うと、今度は浩輔がポカン、とした。


「え?そんな事あるの?」

「て、自分が持ち込んだネタでしょう?疑ってどうするの?」

「だって俺はあさみだと思ったから。」

「だから私は一日中ここで寝てたんだってば。ドッペンゲルガーと生霊説を否定されたら、あとは別人説か、浩輔頭にキちゃった説を唱えるしかないでしょ。」


そういって私は彼を軽く睨んだ。


「まさかと思うけど、信じているけど、寝ている私を叩き起こしに来た単なるゲームのパシリだった、とかだったら、本気で怒るからね。絶交だかんね。」

「ナイナイそれはナイ、マジでないっ。」


彼は焦って、右手を顔の前でぶんぶん振った。ふーん、ならいいけど?



「じゃ、私に似た誰か?それで浩輔の知り合い。浩輔って呼んだの?だったら親しい人よね。」

「お前を間違えねーと思うんだけどなあ・・・。」

「諦めてよ、それは。それとも私の生霊がいた方が嬉しいの?」

「え?嬉しいって・・・。」


浩輔は驚いたように言葉に詰まった。それを見て、私は少し溜息をついてしまう。この子は時々素直すぎる所があって、年甲斐もない(?)その純粋さに最近は呆れているから。


「そこでイチイチ詰まらないの。誰か心当たりいない?」

「いないよ、そんなの。」


そういって眉間にしわを寄せる。

私も彼と一緒に、眉間にしわを寄せて考えた。


「元カノとか。」

「あり得ない。絶対違う。」

即、否定をしてきた。断定だ。


「一応、電話してみなよ。」

「えー・・・。」



心底嫌そうに、まるで小学生がするように再び唇を突き出して私を見上げてきた。

本当に子供みたい。こんな人が小学校の教員免許を取ろうとしているんだから、合っているのか不安を覚えてしまう。


「そんなに切羽詰まって私の部屋に押し掛けるくらいなんだからさ、何か大変そうだったんでしょ?その彼女に電話してご覧よ。」


普通ね、女の子が助けを求める相手って、それが男なら、彼氏とかだもんね?

私はベッドから彼を見下ろした。


浩輔はしばらく考えたのち、がくっと肩を落とし、より一層小さくなった背中でボソボソと呟いた。


「・・・やだなー・・・。怒られそう・・・。」

「相変わらずのヘタレッぷりね。」



頼りない所に母性本能をくすぐられるのか、スポーツ万能のギャップに惹かれるのか、幼い女顔に惹かれるのか、浩輔は過去にも何人か彼女がいた。ただし、一年持ったためしがない。

告られて、振られ、告られて、振られ、の繰り返し。まさに来るもの拒まず去る者追わず、なのだ。


そして、どの彼女も例外なく、気が強くて浩輔を尻に敷く。いや、敷いていた。



浩輔はしぶしぶ携帯電話を取り出すと、目で私に確認し、目で私に催促され、嫌々ながら電話をかけた。


その後ろ姿、ちょっとウケる。




なんて思う私は、最近彼にヤラれている自覚が、ある。

つまり、好きになりかかっているって事。

10年以上も友達をやっていて。今更ながら。

どうしてなのか、自分でもわからない。なのに、彼に触れたくなる。

可能性なんて低いし、長く続いたこのぬるま湯の様な関係を壊したくないのに、



キスを、したくなっている。




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