↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

選挙で応援した副会長と惚れてた堅物会長が付き合ってたけど、今は派手に踊ります

作者: はぢてる
掲載日:2026/09/09

短編。3000字くらいでまとまるかと思ったら膨れ上がりました。

「あなたにこんなことを頼むのは筋違いであることは十分承知しています。ですがどうか、学校祭の準備を手伝っては頂けないでしょうか…!?」

 

 校舎裏。

 日陰とは謂え、秋の始まりにまだ夏の名残がじんわりと溶けた暑さを感じる。

 特に激しく動いた後だと、厚着をしていることもあって首元に汗が滲む。


 滴りがシャツの下に伝うのを感じながら、俺は後ろでポニーテールを結わえた後輩の後頭部を見ていた。


 クラスの出し物に加え、個人的な事情からやらなければならないことがあった俺はそれらの準備に追われていた。普通であれば彼女の頼みを断っていただろうが。


 今更ちょっとくらいやること増えても大して変わらんしなあ。


 その時の俺は若干ハイになっていた。

 フラミンゴを思わせる全身ピンクの衣装で身を包んだ俺は「いいよ」とサムズアップした。


*****


 遡ること半年前。

 俺は人気のない廊下で真っ赤になりながら深々と頭を下げていた。


「藤先輩のことが好きです!どうか俺と付き合っては頂けないでしょうかっ…!?」


 少し考える間のような沈黙が流れた後、目の前の女性は「…すまない」と言った。


「高野君の好意は嬉しいが、今は生徒会の活動に専念したいんだ。去年や一昨年は果たせなかったことも、生徒会長という立場に就ける今年だからやり遂げたい」

「……」

「特に学校祭は過去最高のものにしたいんだ」


 藤先輩が学校祭にかける思いが生半可でないことを知っていた俺は何も言えなかった。


 藤可奈子先輩は俺の一年上の学年で、過去二年間生徒会で活躍してきた才女だ。俺含め多くの生徒の憧れの的だった。

 去年の学校祭で運営委員に選ばれ生徒会とやり取りすることが多かった俺は、そこでパイプ役だった藤先輩と親しくなった。学校祭後も廊下ですれ違う時は言葉を交わしたり、下校時に一緒になった際は隣り合わせでバスに乗るような関係にまでなって、彼女に恋心を抱くまでそう時間はかからなかった。


 期末試験が終わり、藤先輩も生徒会の業務が一段落したタイミングを狙った。

 普段会話する時の感触から少なからず勝算はあるものと信じて告白したものの結果は見事なまでに玉砕。


 意気消沈する俺だったが、藤先輩はまだ言うことがあるらしく言葉を続けた。


「ま、待って。話は終わってない。その…言っただろう。君の好意は大変嬉しい、と。今の私はやりたいことがあるので付き合うことができない。けど、今年の学校祭が終わって…その時に君がまだ同じ気持ちなら、私も君に応えよう、と…その、思うんだ……つまり……」


 振られはしたが脈はあるようだった。


 藤先輩と別れた後、悲喜こもごもといった足取りで帰り支度をするため教室に戻る。

 すると同じクラスの松本燈矢が声をかけてきた。


「あ、高野!いいところに!」

「松本?何か用?」


 松本は俺の方に駆け寄ってくると、手を合わせて俺に頼んできた。


「頼む、生徒会選挙で俺の応援演説やってくれないか!?」

「はあ?」


 ウチの高校では春休みに入る直前の3月に在校生の中から来年度の生徒会役員を選出する選挙を行う。

 来年の生徒会役員を決める選挙は2日後に迫っていた。

 ちなみに新入生の役員は4月入学直後に執り行われる宿泊研修で1年生のみの選挙を行い後から加わる。

 

 生徒の総意として次期生徒会長と認められており対立候補がいない藤先輩と違い、次の生徒会選挙で副会長候補として立候補している松本は中間調査でかなり接戦を強いられていた。

 明後日の全校集会で行われる投票前の最終アピールに一縷の願いをかけていたものの、応援演説をする予定だった友人がこのタイミングでインフルエンザに罹ってしまったという。


「ピンチヒッター探して手当たり次第に声かけてるんだけど、誰もいい返事くれなくてさー。高野、お前なら引き受けてくれるだろ?な?な?」

 

 浅くも広い交友関係を築いている松本はそれなりにできる奴だがややお調子者なところがあり、特に同学年で支持基盤を広げるのに苦慮しているようだった。


「高野、確か藤先輩のこと好きだろ?俺が副会長になったら藤先輩にお前のいいとこ話したり、先輩に関する情報お前にこっそり教えたりするからさー!」


 そういうとこだぞ、と内心で軽く呆れつつも、だが松本の対立候補よりもマシかと思い直す。

 何しろ対抗馬の奴は仲間内から遊び感覚で立候補しただけの候補で、当選したら今年の学校祭で自分の友人を優遇すると吹聴して憚らぬ輩だ。というか正直なところ、本人もさっさと選挙レースから降りたくて適当な発言を連発しているようなフシもある。傍から見ると学年の人気者という立場がそうさせてくれないといった感じだ。

 何にせよ、一応仕事はちゃんとこなす松本の方ががまだマシだろう。


「…そういう余計なことはしてくれなくていい」


 俺はそう断ったうえで彼の要望に応じた。


「副会長として藤先輩をしっかりサポートできるっていうなら、応援演説くらい引き受けてやるよ」


*****


 翌週には藤先輩を生徒会長、松本を副会長の座に据えた新生徒会が発足した。

 当初は俺も派手に応援をかました手前、松本がちゃんと副会長としての仕事をこなしているかそれとなく話しかけて聞いてみたものの、元々あまり親しい仲でもなかったし学年が上がるとクラスも分かれたため次第に言葉を交わす機会は減っていった。

 

 二ヶ月ほど経ったある日、久々に下校時間が藤先輩と被り途中まで一緒に帰ろうということになった。

 俺は「勿論」と答えたものの、彼女の隣にいる松本の存在を気にせずにはいられなかった。


 いや、生徒会なのだから同じタイミングで下校していてもおかしくはないのか。

 

 そう自分を納得させたものの、俺と会長が言葉を交わしているとやたら口を挟んできたり、俺が先輩の隣に並んで歩こうとすると無理やり割り込んでくる松本に思うところがないでもない。

 彼を適当にあしらいつつ、藤先輩に尋ねた。


「そういえば松本は副会長としてしっかり働いていますか?あんな応援演説をかました手前、気になりまして」


 すると先輩は軽く思い出し笑いをして「ああ、あれは今思い出しても傑作だったな」と言った。


「場の勢いとは謂え、先輩には生意気な発言に聞こえたかも知れないと反省しています」

「ああ、自分の応援演説って分かっててもあれは軽くドン引きだったわー」


 松本の発言は無視する。

 じゃあ代わりに応援演説してくれる奴を探せば良かったろうに。


 藤先輩は頭を振った。


「いや、高野君の言っていることは正しい。私も生徒会長になることが内定していて少し気が緩んでいたところだったのであれには冷水を浴びせられた気分だった。むしろ感謝したいくらいだよ」

「そんな…」

「言い過ぎですよ、会長。こいつをおだてちゃいけません。っていうか俺もめっちゃ頑張ってますよね?」


 同意を強いるような松本に困った顔を浮かべつつ、だが先輩は「ああ」と言った。


「そうだな。高野君、安心していいよ。松本君は十分な戦力として活躍してくれている」

「そうだよ。高野に余計な心配かけてもらわなくても俺、会長のサポートしっかりできてますよねー?」


 松本が少なくとも負担になってないなら何よりだが、それはそれとしてこいつは鬱陶しい。 


*****


 それからも何度か藤先輩と校内や下校時に遭遇することはあったが、松本はその度に彼女の隣に控えており、俺と彼女の交流に割り込んできた。


 段々と藤先輩への態度が馴れ馴れしくなっていく松本には辟易したが、同時に当初こそ適度な距離を保って接していたのに少しずつ態度を軟化させている藤先輩も俺の心をもやもやさせた。


 夏休みが終わり九月も半ばを過ぎた頃。

 学校祭が半月ほど先に迫る中、俺はこっそりと学校祭に向けた準備を進めていた。

 今年の学校祭は藤先輩による陣頭指揮の下で様々な改善案が採用された結果、去年まであった諸々の規制が大幅に緩和され、準備段階から期待に胸を膨らませる生徒が多かった。

 

 彼女の学校祭に寄せる思いを知っている俺は少しでもその盛り上がりに貢献すべく、クラスの準備の合間を縫っては人気のない空き教室やラウンジで衣装の準備を進めていた。

 

 そうして取り敢えずピンクの羽毛に塗れたコートを完成させてほっと一息ついていいたところ。


「……」

「………」


 人の声がした。

 誰かがこっちに来るのを察して咄嗟に物陰に隠れる。

 本番まで秘密にしたい俺はまだ人に見られるわけにはいかない。


 姿を現した二人の人物を認めて俺は息を呑む。


 藤先輩と松本だ。

 

 二人はほとんど密着するような距離で隣り合ってこちらへ歩いてきた。


「ちょっと、まだやることは山積みで…」

「少しくらいなら大丈夫ですって」


 やたら近い距離で親しげにやり取りする二人だったが、やがて松本が先輩の口を塞ぐようにキスをした。

 先輩は最初驚いたようにし、だがすぐに目がとろんとなって相手の唇を吸い返した。


 たっぷり三十秒ほどキスをしていた二人はやがて顔を離すと。


「…まったくしょうがない人だ」

「可奈子も嫌がらなかったじゃんか」


 タメ口になった松本に苦言を呈すでもなく、二人はそのまま抱き合ったりキスを交わしたり。

 散々いちゃいちゃした後、ようやく先輩から「流石にそろそろいかなくては」と言って立ち上がった。


「しゃーない。ぱぱっと済ませて続きにしようぜ」

「人前では言葉遣いを戻して、な?」


 来た時よりも密着した隣合せで去っていった。


 二人が去った後も俺はしばらくその場から動けなかった。


 いつから?

 どうやって?

 

 藤先輩と松本。

 二人があんな関係になっているとは。


 あんな藤先輩は見たくなかった。

 あんなに意気込んでいた学校祭の準備よりも松本に媚びることを優先させる姿など。


 最初はショックだった。

 だが、それを通り越して怒りが湧いてきた。


 藤先輩に対する俺の気持ちを知っていながら立場を利用して彼女の隣を独占し、遂にはその心を射止めてしまった松本にも。

 自分の告白を反故にしてまで臨んだ学校祭が間近に迫る中、松本とのイチャイチャに耽る藤先輩にも。


 そして結果として二人の仲を取り持つ道化となってしまった自分にも。


 だがその怒りも徐々に徒労感に変じていく。


 何もかもがどうでもよくなり、だが何もかも忘れたい俺は、とりあえず学校祭の準備に全力を傾けることにした。


*****


 学校祭当日が迫るに連れ、あちこちでトラブルが目につくようになった。


 本番が近づけば想定外のことに見舞われることが増えるのは例年通りといえばそうだが、話をよく聞くと藤先輩の不在が原因らしかった。

 どうやらちょいちょい行方がわからなくなるらしい。

 そのため連絡や確認作業が遅れてトラブルを引き起こしているということだった。

 

 今年の学校祭は藤先輩あっての催しだ。

 監修責任者である彼女が度々いなくなるのでは準備が滞るのもある意味当然と言えよう。


 ところで彼女がいなくなる際には本来代わりを務める筈の松本副会長も連絡が取れなくなるらしい。

 まあ、この間のことを考えれば何をしているかは大体予想がつく。

 

 俺はと言えば相変わらず、クラスの準備と自分の準備に精を出していた。

 藤先輩と松本のことを考えると全部なげうってサボってやろうかとも思ったが、そうすると折角作った衣装が無駄になるのも何だか悔しい。それに今はとにかく忙しくして嫌なことを忘れたかった。

 そんな理由で準備を続けていた。


 そうして学校祭が3日後に迫ったある日。

 放課後、クラスを抜け出した俺は本番に着るド派手なピンクの羽毛で覆われたコートを羽織ったり脱いだりしながら、誰もいない校舎裏で一心不乱に練習に励んでいた。

 すると。 


「ん…?」


 迷い込むようにふらふらと歩いてくる一年生と思しき女子生徒の姿が目に入った。

 余程疲れているらしく、こちらに気づいた様子はない。目が虚ろで足取りも覚束ない。


 やがて彼女は何もないところで足をもつれさせ。


「危な…っ」


 転倒しかけたところを咄嗟に飛び出した俺に抱き留められた。

 顔からずれ落ちた眼鏡もギリギリキャッチ。


「……え?あ、あの……」


 何が起こったか分かっていないのか、彼女はぼんやりと俺の顔を見上げてきた。

 

 取り敢えず休ませた方がいいな。


 隅の方へ連れていき、まだ空けてないスポドリとカロリーバーを与える。

 言われるがままそれを受け取った彼女は小動物のように両手でバーを口にした後、こくこくとペットボトルから飲み。

 そのまま気を失うように眠ってしまった。


 何か妹が家で飼ってるハムスター思い出すな。


*****


 目を覚ました彼女はしばし自分がどこにいるかわからずきょろきょろしていた。


「起きた?」


 俺が尋ねると、彼女はようやく頭を俺の膝に乗せていたことに気付いて跳ね起きた。


「あ、あわわわ…す、すみません……私、とんだご迷惑を……!」

「いやあ、何だかめちゃくちゃ疲れてるようだったから」


 俺がそう言うと、彼女は一瞬はっとした表情になり、そのまま顔をくしゃりと歪めて感情が決壊するままに涙を流し始めた。


「ううう……!ご、ごめんなさ…っ……う、うう…」


たっぷり十分ほど泣き続けた後、彼女はようやく落ち着きを取り戻してぽつぽつと語りだした。


「私、生徒会書記として学校祭の準備に携わっているんですけど…今年は会長の肝いりで新しい試みを色々やるというのに、肝心の会長が副会長と共に度々姿を消してしまわれて」


 後輩は真っ赤になった目元を袖で軽く拭ってから、受け取った眼鏡をかけ直した。

 その顔を見てようやく彼女を見たことがあることに気づく。

 生徒会の一年生だったのか。


「連絡を取ろうと思っても中々応えてもらえず…できるだけのことはやっているんですが、私まだ一年生なので上級生とやり取りするのに緊張してしまって…」

「まあ、一年が一人で上級生相手にするのはなあ」


 ウチの高校は自主性を重んじると言うか生徒の個性を重視すると言うか。

 そういう校風では得てして我が強い生徒も多い。今年はとりわけやる気を出している生徒も多いため、相手にする生徒会も一苦労だろう。

 見たところ目の前の少女は気が強い方には見えないし、パワフルな上級生相手には萎縮してしまうだろう。


「他の役員とか、運営委員会のメンバーは?」

「出来る限りのことはしてくれますが、藤会長がいないとやはりまとまりを欠いて……私も一年なので話を聞いてくれないこともあって…」


 下級生なら強く出れば折れると思って高圧的な態度を取るやつもいるのだろう。

 俺は彼女に同情すると共に藤会長と松本に対する不満が膨れ上がる。


 すると後輩の彼女はおずおずと俺を見上げて尋ねた。


「あの…高野先輩、ですよね?選挙で副会長の応援演説をしたっていう」

 

 生徒会で俺のことを聞かされていたのだろうか。何だか知らない内に有名人になっていたらしい。


 少女はおもむろに俺に向かって頭を下げてきた。


「私、生徒会書記の宮原彩花っていいます。あの…あなたにこんなことを頼むのは筋違いであることは十分承知しています。ですが…どうか、手伝っては頂けないでしょうか…!?手伝いといっても、上級生とやり取りする際、近くにいてくれるだけでいいのでっ」


 あんなフラフラになってしまうまで校内を駆けずり回っていたであろう後輩を放っておける筈もない。


 忙しくなるのは事実だが、ここまで来たらどうにでもなれだ。


 フラミンゴを思わせる全身ピンクの衣装で身を包んだ俺は「いいよ」とサムズアップした。


*****


 取り敢えず俺は宮原さんのサポート役として上級生との仲介をすることになった。

 設備の管理に関する確認事項だとか、スケジュールに関する打ち合わせとか、クラス同士で不意に発生するトラブルなど。


 予想していたとおり、開催まで準備が大詰め段階となって皆かなりテンションが上っているようで、宮原さんが対応するに当たって語調が強くなる人や、出し物となる劇や踊りの練習の真っ最中でピリピリして声をかけ辛い人もちらほらいた。


 だがそんな人達もあら不思議、彼女の隣にピンクなボディの男が立っているだけで失笑のアイスブレイク。


「高野、もしかしてその衣装、例の?やば!……ん、そっちの子は?」


 と、まあこうなるわけです。


 本番まで隠すつもりでいたピンクフェザーなコートをこの段階で晒すのは本意ではなかったが、今はこちらの都合よりも円滑なコミュニケーションだ。

 おかげで先輩方の態度も軟化し、宮原さんも幾分かやりやすそうだ。


 まあいいさ。衣装は他にもある…!

 

 ところで宮原さんだが流石は生徒会と言うべきか。

 思っていた以上に優秀な方だった。


 一緒にクラスを巡り歩いていてわかったのは今回の学校祭が藤先輩の考えのもと様々な規制が取り払われ、大規模で派手な見世物が可能になった一方、それを管理する生徒会の負担が大きく膨れ上がっていること。


 会長副会長が不在がちになる中、宮原さんはこれまでも運営の中身を把握し尽力していたらしい。緊張さえしなければ一つ一つの問題に対し適切な対処を下していく。


「あ、ようやく会長と連絡が着きました…!」

「今更かよ…」


 スマホを取り出した宮原さんが藤先輩からメッセージを受け取ったのは既に最終下校時刻が間近に迫った頃だった。既に雑務は粗方終えられている。


「松本先輩も一緒だそうです」

「……っ!」


 不意打ちダメージを喰らってたじろぐ俺に、宮原さんが申し訳なさそうに「すみません」と謝る。


「その、会長と副会長はどうやら、その……」

「うんうん…何かそういう関係になってるのは知ってる……」

「最近は会議の場でも何だか落ち着きがなくて」

「ちなみになんだけど、何かきっかけでもあったの…?」


 ここに至るまで、俺は藤先輩が松本と何か事情があって急接近し、なし崩し的にああいう関係になったのだとどこかで信じていた。

 だが。


「きっかけ…?いえ、私が見たところ特にそういうのは。松本先輩は最初から藤会長が好きで副会長に立候補したみたいなので、日頃からのねんちゃk……アプローチに会長が絆された形ですね」


 きょとんと首を傾げる宮原さんの口から伝えられた事実に、俺は頭をぶん殴られたような感覚を覚える。

 壁に手をつき、荒くなってしまった呼吸を落ち着けようとする。


「だ、大丈夫ですか…?」

「……大丈、夫」


 そうか、俺は最初から松本に騙されていたというわけか。

 というか藤先輩も藤先輩だ。

 あんたの学校祭にかける思いはそんな簡単に崩されてしまうものだったのか。


 先輩に抱いていた思いがかき消えていく。

 失望と幻滅と諦め。


 俺は生徒会室に戻るという宮原さんに別れを告げ、トボトボと教室に戻っていった。


*****


 それでもザ・ショウ・マスト・ゴーオン。


 あっという間に学校祭当日がやって来た。


 開会式会場となる体育館。

 既に全校生徒がひしめいており、中央に設置されたステージに誰かが姿を現すのを今か今かと待ち望んでいる。

 照明の落とされた闇の中、放送部によりテンションアゲアゲな音楽が響き渡り、運営委員会が操作するスポットライトの光が踊る。


 俺はもう全校中に知れ渡っているどピンクの衣装をフード部分まで被り、ステージ脇に置かれたパイプ椅子に腰を下ろしていた。

 その姿はさながらチャンピオンマッチを控えるプロボクサーである。


 だが気分が乗ってこない。

 緊張のせいか。

 いや、そうではない。

 俺は未だに藤先輩と松本のことを引きずっているのだ。

 

 松本の応援演説に始まり、先輩のために学校祭を盛り上げようという思いでこれまでやってきた。

 そのモチベーションがいかに空虚であったかを思い知り、ステージ上に立つ目的を見失ったままなのだ。


 気合を入れるため自分で頬を叩いてみたりするが、あまり意味をなさなかった。


 自分の不甲斐なさを痛感していると「高野先輩…!」と聞き覚えのある声。


 顔を上げると宮原さんがこちらに駆け寄ってきていた。

 何やら様子がおかしい。


「…なんかあったの?」


 俺が尋ねると彼女は掠れた声で「か、会長も副会長も朝から連絡がつかなくて…っ!」と言った。


「は?」

「今朝は最終確認のために朝早くから集まろうって昨日打ち合わせたんです…でも、いつまで経っても二人とも来なくて……どちらのスマホとかにかけても繋がらなくて……!」


 まさかとは思うが。


「ど、どうしたら…高野先輩、私、どうしたら…?」


 彼女はパニックを起こしたように体を震わせ、スマホを見たり周囲をきょろきょろ見回している。


「おい、いつになったら開会式始めんだよっ!」


 会場内から苛立った声が上がった。

 いつの間にか会場には険悪なムードが漂いつつある。

 当然だ。

 時計を確認すると既に開会式の開始予定時刻から15分近く経過していた。

 これ以上先送りとなると、この後体育館で予定されている他の出し物のスケジュールにも影響が出てくる。


「わ、私が…私が代わりに開会宣言を…で、で、でも、挨拶とか何も用意してないし…ど、どうしよう…どうしよう……っ!?」


 その時、俺は自分の今すべきことを理解した。


 パイプ椅子から立ち上がると、宮原さんの震える肩をぽんと叩く。


「一旦落ち着こう」


「せん、ぱい…?」


 それから泣き出しそうな顔の宮原さんと目線を合わせて言う。


「宮原さんなら出来る」

「で、でももし変な挨拶になっちゃったら…」

「どうせこのテンションだ。誰も開会宣言なんてまともに聞いちゃいない。それにこれから俺がすることを思えばどう転んだって宮原さんが恥をかくなんてことないよ」

「へ?」


 俺は近くにいた放送部員に合図を送る。

 敢えてちょっときざったらしい声音で「時間稼ぎとガス抜きは任せなっ」とステージに向かう階段を駆け上がる。


「先輩?あの…な、何をするつもりなんですか!?」


 ズンチャ、ズンチャ、ズンズンチャッチャ…!

 会場にこれまでのBGMとは異なる、何かを予感させる音楽が轟き始めた。

 

 何事かと辺りを見回す生徒たちの視線を誘導するようにスポットライトの光は右へ、左へ。

 ぱっと会場の照明が落とされ、次の瞬間。


「待たせたな」


 ステージのど真ん中に立った俺を照らし出す。


「応援演説の公約、果たしにきたぜ」


 ピンクのコートを脱ぎ去る。 

 新たにピッチリ黒スパッツのズボンとスパンコールで覆われたベストが露わになると会場から一斉に爆笑と歓声が上がった。


*****


 半年前、生徒会選挙直前の全校集会。


 副会長候補二人の最終演説が終わった。


 松本の演説は良くも悪くも凡庸、対抗馬の演説も流石にここでおちゃらける度胸はなかったようで羽目を外した感じはなかった。


 有り体に言えば、どちらの演説も投票先の決め手となるものではない。


「頼んだぞ、高野!俺が当選できるかはお前にかかってんだ!」

 

 応援演説を行うべくステージへ向かう俺の背中に松本が発破をかける。


 何を言ってるんだか。本来、もっと目立つ努力をしなけりゃいけないのはお前だろうに。


 俺は若干呆れつつ、だが視界に藤先輩の姿を捉えると気を取り直して壇上に上がった。

 会場に集まっている在校生は雑談に興じたりスマホを見ていたり。すっかり演説に飽きて半数もこちらを見ちゃいない。


 まずはこいつらの気を引かないと。


 俺はマイクのスイッチを一旦切ると大声で問いかけた。 


「今日の俺のパンツの柄はー、何だと思うー!?」


 しぃん、と会場が静まり返った。

 予定調和の応援演説で、予想外の発言をした馬鹿がいる。

 生徒たちの視線が俺のもとに集まったのを見て取ると、俺はマイクのスイッチを付け直した。


「よし、注意が向いたな。ちなみに白地に赤いハート柄だ。見たい奴は後で俺のところに来い。変態と罵ってやる。今はそれより生徒会選挙の応援演説をする時間だからな」


 失笑。ざわめき。

 だが関心は俺の方を向いたまま。


「それこそどうでもいいじゃんと思う奴も多いだろう。わかるよ。現実の生徒会なんざアニメみたいなキラキラしたエリート集団じゃないもんな。普段は何やってるかわからない。たまにイベントがあれば挨拶をして誰が生徒会長か思い出す程度。一般生徒と関わるのなんて学校祭のときくらいだろう。候補と仲の良い奴でもなければ、副会長なんざ誰がなっても一緒だと思っているんだろう?正直、俺も同じ考えだ」


 壇上から眺めても俺の発言に同意して頷く生徒が結構な数窺えた。

 俺は彼らから藤先輩の方へ視線を向けた。


「だが俺は藤先輩を信じている」


 突然話題に上った藤先輩は少しぎょっとしたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻しこちらを見つめ返してくれた。


「俺は去年の学校祭で運営委員会をやってて藤先輩に世話になった。彼女の人柄を知っている。彼女がこの学校と学校祭にかける思いを知っている。だから信じている。彼女ならこの学校を、次の学校祭をより良いものにしてくれると」


それから松本の方へ視線は寄越さず指で示し。


「そして今回立候補した二人の副会長候補のうち、そこの松本の方が彼女の理想を現実にするのにマシな候補だと思った。だから俺はこいつを推している」


 俺に向けられた視線の一部を向けられた松本はどうして良いかわからなず戸惑い気味に周囲を見回した後、ニヤニヤと愛想笑いを浮かべた。

 せめて手を振るくらいしてもいいんじゃないかとは思いつつ「みんなも次の学校祭を少しでも良いものにしたいと思うなら松本に投票してくれ」と続けた。


 若干だが俺を通して松本の存在を意識さえることができた。

 元々が僅差だし、これだけでもだいぶ勝率は上がると思うが。

 俺は今一度駄目押しをすることにした。

 大仰にやれやれとばかりに手を掲げ、首を横へ振る。


 「…わかった。そうだよな。そんな漠然としたエサじゃ投票しようなんて思わないよな」


 うんうん、と頷く生徒がちらほら。


「じゃあ、こうしよう。もし松本が副会長に当選したら次の学校祭の開会式、俺は自作の衣装で一発芸をやる」


 会場から困惑のどよめき。

 何いってんだこいつは、的な。


「どっちの候補者にしても良いと思ってるなら、学校祭に余興が1つ増える方を選ばないか?俺はとても派手で、とても無様な一発芸をやる自信がある。感動させたり爆笑させられるかはわからないが、少なくとも『やべーわこいつ』と弄られるくらいのネタになるくらいの何かはできると思う。ちょっと気にならないか?なら、楽しみが一つ増える方の候補にしよう。以上が俺の応援演説だ。松本燈矢、松本燈矢を副会長によろしく」


 ステージから下り、一部お硬い教師から睨まれながら俺は控え席に戻った。

 松本も何か言いたげだったが生徒たちの反応を見ると何と言ってよいか迷っているのだろう。


 副会長選挙では圧倒的な差で松本が勝利した。


 同時に俺は学校祭の開会式で一発芸を披露することが決定づけられた。

 

*****


 ピンクのコートは生徒たちに放り投げ、スパンコールで覆われたベストの懐から取り出したサイリウムを両手に持つ。


 まずはキレッキレのヲタ芸だ。

 

 2000年代後半のこってこてな萌えアニメのオープニング曲に合わせてサイリウムを振り回す。


「バカヤロー」

「バカかっこいいぞー」

「下手くそー」

「萌えー」

 

 会場から野次だか声援だかわからない声があちこちから上がる。


 そうしてある程度体が温まったサビの入りで両足を揃えて地面を蹴る。


 見ろ、アイドル動画で学んだバク宙!


 盛大な拍手が巻き起こった。

 

 よしよし、ここまではいいだろう。


 俺は放送部員に合図を送る。


 曲が変わった。

 弦をかき鳴らすエキゾチックなサウンド。


 スパンコールベストの前を勢い良く開く。

 すると同時に体育館前のスクリーンに映像が映し出された。

 

 爆笑とどよめき。


 スクリーンに映し出されたのはたった今あらわになった俺の胸筋と腹筋だ。

 

 副会長選挙以来、学校帰りにジムへ通い鍛え上げてきた我が肉体美である。

 ギリギリ間に合ったシックスパック。

 じんわりと玉の汗を浮かべる胸筋をぴくぴくと動かすとあちこちから歓声が上がった。


 ヒンズー語の歌詞が始まると俺はボリウッド映画で学んだ動きの自作ダンスを披露し始める。


 曲の盛り上がりに合わせて歓声が上がり、いつの間にか手拍子が上がる。


 所詮は素人の付け焼き刃だ。

 本場ボリウッドに比べると俺のダンスはお世辞にも上手とは言い難い。


 だが、ここではちょっと下手なくらいがむしろ盛り上がる…っ! 


 ダンスが終わると、大いに盛り上がった会場から拍手喝采が飛んでくる。


「すげえぞ、馬鹿ー!」

「最高だぞ、あほー!」

「ダサいけどかっこいいぞー!」


 そんなテンションマックス状態の中。


「みんなーっ」


 スポットライトが俺からいつの間にステージに上っていた宮原さんに移る。


「盛り上がってるかーっ!」


 肯定を示す大歓声。

 これ以上ないほど上がっていた会場が更に盛り上がる。 


「これより学校祭の開会を宣っ言っしまーーーーすっ!!」


学校中の空気が震えるほどの歓声が上がり、学校祭はかつてない盛り上がりで幕を開けた。


*****


「本当にありがとうございましたっ」

「いや、宮原さんも開会宣言のタイミングばっちりだったし。流石だね」


 一時はどうなるかと思われた開会式だったが、何とか無事に開会宣言を上げられた。

 現在は急ピッチで体育館のステージをこの後に続く出し物の舞台用にセッティングし直している。

 なんとかスケジュール通りに進みそうだ。


 乗りかかった船ということで俺も片付けを手伝っているが、さっきから他の手伝いや運営委員から「筋肉すげえな」、「ダンス下手くそ過ぎてワロタ」、「バク転は普通にビビった」、「閉会式は何もしないの?」と続々お褒め(?)の言葉を頂いている。


 何もしないと思うだろう?


「先輩はこの後、自分のクラスですか?」

「そやね。裏方だからあんまやることないけど一応顔出すつもり…」


 と、そこまで言ったところで宮原さんの意識が自分から背後、体育館の入り口付近に移ったことに気付いた。自分も振り返る。


 藤先輩と松本だ。 

 揃って重役出勤とは恐れ入る。


 後から同じクラスの女子に聞いた話によると二人はこの時点で既に肉体関係にあり、この前の日は松本の両親の留守を狙って自宅で夜遅くまでよろしくやってたらしい。

 つまり遅刻の原因は寝坊である。


 学校祭にあれほど情熱を傾けていた藤先輩がこんなことになるとは。

 俺の中で藤先輩に抱いていた憧れの最後の一片が消えていく。


「す、すまなかった、宮原さん…」

「高野も、その、迷惑かけたな…」


 流石に二人も気まずそうに目をおろおろさせながらこちらに向かってくる。

 周囲の誰も二人に冷ややかな視線を送るだけで声をかけようとはしない。


 俺は宮原さんの方へ目配せする。

 彼女は溜息を吐いて「また後で連絡します」と俺に小さな声で言うと、先輩たちの方へ歩き出した。


「おはようございます。会長、副会長」


 宮原さんの挨拶にびくりと身を震わせてから。


「お、おはよう…」

「おはよう……その……」

「取り敢えず今日のスケジュールと業務についてですが…」


 開会式を経て何だか一皮むけたように見える宮原さんの背を見送り、俺は片付けに戻ることにした。

 

 一瞬、目が合った藤先輩は俺に何か言いたそうに口を半開きにして手を伸ばしかけたが、俺がすぐに顔を逸らすと向こうも諦めたように顔を伏せるのがわかった。


*****


 更にひと月後。


「…まさかこんなことになるとは」


 場所は生徒会室。

 俺は副会長の席に座っていた。


 藤先輩と松本のサボりやら淫行は学校祭終了後に教員たちも知るところとなった。

 どうやら末期は会議中でも人目を憚らず仲睦まじそうにボディタッチしたり、人気のない多目的トイレなどで行為に及んでいたらしく、二人の関係は相当数の生徒に呆れを通り越し疎まれていたらしい。


 自由な校風とは謂え、生徒会の会長副会長という立場にありながらその責任を放棄し不貞行為に走ったという事実は重く受け止められた。

 結果、二人は停学の上、役職を追われることとなった。


 今はもう破局したらしく、二人とも目立たないように日常をやり過ごしているらしく俺もほとんど彼らの姿を見かけない。


 さて、いなくなった生徒会長の後釜として新たに就任したのが宮原さんだ。

 どうやら学校祭における奔走が多くの生徒に好意的に受け取られたらしく、是非にと推す声が多かったそうだ。


 そして何故かついでに俺も副生徒会長にという声があちこちで上がり、こうして生徒会入りする羽目になった。


「私としては高野先輩が生徒会長やった方がいいと思ったんですけどね。一年生が会長で二年生が副会長っておかしくないです?」

「いやあ、それより無投票選出なんだし元々部外者の俺が突然会長になる方がおかしいでしょ」

「ところで今日の帰りはジムですか?」

「うん」


 既に来年の学校祭に向けて肉体づくりを始めている。

 来年は腕と背中も鍛えたのを見せましょうとは、筋肉フェチであることが発覚した宮原さんの言である。

 たまに要望を受けてこっそり腹筋や胸筋に触らせて上げているのはここだけの話。


「じゃあ途中まで一緒に帰りましょう」

「おっけー」

 

 一応言っとくが別に宮原さんとは別に付き合っていない。


 藤先輩と松本のことがあった手前、生徒会内でいちゃつくのは体裁が悪いし。

 周囲から何と言われても高野副会長と宮原会長は付き合っていない。


 取り敢えず、今はそういうことにしようと相談して決めた。


 流石にクリスマスは一緒に過ごすけど。


もっと短い話をポンポン書きたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。