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妹に婚約者を奪われ10年間侍女としてこき使われた公爵令嬢の最後

作者: 辻 ミモザ
掲載日:2026/10/28

死者多し、御注意下さい。



「「ポシャン」」

衛兵はこの音を聞いた時にまたかと思った。

深夜に堀に響いた水音、古参の衛兵は何度かこの音を聞いた事がある、人が自ら身を投げた音、おそらく女、急いで堀に向かってはいけない、息のあるうちに引き上げてはいけない、全てを丸く収めるにはその方がいいのだ、女は多分平民の下級メイド、貴族に身籠らされて捨てられた、妊娠が分かれば追い出されて路頭に迷うせめて一矢報いんと、書置きを城壁の上に残して飛び込むのだ。

その貴族が処罰される場合もたまにはある。

貴族の足の引っ張り合いや、派閥の力学で。

しかし、ほとんどは闇に葬られ終わってしまう。

衛兵はゆっくりと城壁の上を探して、靴と手紙の束を見つけた。

しかし、その靴はメイドの履く安い革靴ではなく、高価な子牛の皮でできていた。

そして、きっちりとした封蝋で閉じられた手紙。

衛兵は顔色を変えて隊長を呼びにいった。

この事件を知った者には箝口令が敷かれた。

何も起こってないという事になっていたが、古参の衛兵にはすぐに誰が身を投げたのかわかったし、なぜそうしたのかも、20年以上王城で働いてきた彼には分った。

あんな仕打ちをされてきたのだからやむをえまい。

10年前に王太子との婚約を妹に奪われ、その後は、その妹がなった王太子妃の侍女として仕えた公爵令嬢シルビア。

あの夜以来姿が王宮で見られなくなり、体調を崩して療養していると噂になった。




婚約解消に大掛かりな舞台は要らなかった。

王宮の奥まった1室で、まるで事務作業をする様に、それは決定されていった。

「とにかく可愛げがないんだ、いつも口うるさいし、それに比べてナタリアは可愛いし優しい、婚約者をシルビアからナタリアに代えてくれれば、俺ももっと政務を頑張ろうという気になると思うんだ」

王太子の結婚という国家の大事を、オスカーは何のためらいもなく変更しようとしている。

この部屋にいるのは、国王夫妻、王太子、婚約者で18歳のシルビア・デルボー公爵令嬢と一つ下の妹ナタリア、そしてデルボー公爵夫妻、当事者だけの会議だ。

「しかし、10年間王太子妃教育を受けてきたシルビアと、まったくしていないナタリアでは、能力が全く違うぞ、それはどうするんだ」国王は心配する。

「それは大丈夫、シルビアがナタリアの侍女になるんだ、そうすればわからない事は教えてもらえるし、難しい事はシルビアがやってくれるだろう」

オスカーがスラスラと話す所をみれば、この婚約者変更はかなり案を練って仕掛けたのがわかる、思いつきではないのだ。

「まあ、侍女に支えてもらえば出来ない事もないわね。肝心なのはオスカーが愛しているかどうかですものね、王家の責務は子をなす事です、愛し合ってないと難しいわ」

王妃は一人息子のオスカーを溺愛している。

そして、王太子妃教育で完璧な成績を見せているシルビアを、うっとうしく思ってもいた。

姑の立場の自分よりも、貴族名鑑を覚え、他国の言葉を操り、政策を熟知している、官吏たちも王妃よりも王太子の婚約者でしかないシルビアに、政務の相談をしているのを、面白く思ってなかった。

「しかし、シルビアにはなんの落ち度もございません、好き嫌いだけで妹と婚約するのは周囲を納得させられないと思いますが」

デルボー公爵は不満顔だ。

「シルビアは病気になって、子が出来ない身体になった。1週間位、寝込んだふりをすればいい」

オスカーはこの案も考えていたのだ。

ナタリアを引き寄せ、微笑み合った。

「それでは、シルビアはもう結婚はできなくなります。我が家にはこの二人の娘しかいないので、後継者がいなくなりますぞ」

デルボー公爵に怒りの表情がみえるが

「大丈夫さ、第2王子か第3王子を養子にすればいい、僕たちなら何人でも子ができるさ」

ナタリアは頬を染め、オスカーはニヤリと笑う。

「シルビアにそこまで譲歩させるのでしたら、王家としては、我がデルボー公爵家にそれなりの物をいただけるのでしょうな」

デルボー公爵の顔は、今度はずるそうな商人の顔になった。

デルボー公爵は権力と金が好きだった。

だから優秀な姉のシルビアが婚約者に決まった時には、大喜びだった。

王妃の父として権力をふるえる。

この姉妹の交代は、王妃の父の立場は変わらないが、王家には貸しを作れる。

これは最大限に使わなければいけない。

水利権、徴税免除の土地の拡大、親類縁者の官職への登用、引き出せるものは全て引き出して、デルボー公爵の顔に満足の表情が浮かんだ。

「良かったわねナタリア、貴女の思いが叶って。シルビア、貴女は姉なのだから妹を支えなさいね。それがデルボー公爵家の為にも、王家の為にも、国の為にもなるのよ」

デルボー公爵夫人はナタリアに笑顔で、シルビアにも笑顔で屈託なく言う。

夫人は昔から、妹ばかりを可愛がっていた。

シルビアが優秀な娘なのはわかっていたが、甘え上手なナタリアが可愛く、王太子妃教育の為に王宮で過ごす事の多い姉より、身近にいたので余計に情が湧いた。

しかし、その愛情は親としての教育的なものではなく、躾や指導はおざなりで、ナタリアは淑女としての資質は低かった。


こんな自分の人生を貶められる様な決定がなされている時、その場のシルビアはどうしていたか、彼女は背筋を伸ばし、表情を変えず、身勝手な要求、強欲な要求、残酷な要求を聞いていた。

「シルビア、ではこの決定を受け入れてくれ、お前が我慢すれば皆きれいに収まるのだ、国の為だ」

国王の言葉にシルビアは静かに了解のカーテシーをした。





シルビアが亡くなってから一月ほど経った頃、橋が落ちた。

その橋は南部と中央の王都を結ぶ重要な道にあり、大河を跨ぐ大きな橋だったが、木製で作られていたので、定期的に大規模改修されていたのだが、最近は大きな補修工事はなく、応急的な工事しかしていなかった。

「だからこんな事になるんだ」

事情を知っている官吏は深く息をついた。

この状態から橋を使えるようにするには時間がかかる、木製の橋は全て腐食していて、橋を架けなおすには大量の木材がいる。

「当分、麦の輸送は迂回路を通らないといけないが、あの道は使われなくなっていて、整備が大変だ」

官吏は頭も胃も痛くなりそうだった。


迂回路に盗賊が出た。

幸い人的被害はなかったが、荷物の麦は全て奪われた。

そして、盗賊の襲撃は何度も続いた。

麦は平年通りの収穫量があり、食料が不足する事はないと政府はわかっていたので、王都の住民に不安を感じさせない為に、橋の修理や盗賊の出現は知らされない様に図られていたが、どこからか、橋が落ちて麦が届かない、盗賊が麦を奪っている、そんな噂が王都の下層民達に流れだした。

不作ではないが、今の王都に麦が少ない状況では、パン屋は値段を上げたくなる。

入荷が少ない商品は値が上がってくるはずだ、その為には金を用意しておかねばならない。

パンが値上げされ、それにつられる様に食料品が値を上げた。

買い占めが起っていると噂になり、金持ちが備蓄として買う量を増やした。

商店から次々と品物がなくなり、スラムに近いパン屋が暴徒に襲われだした。

しかし、王宮の官吏たちはこの事態を深刻には考えていなかった。

彼らには麦の作柄が平年並みと知っていたので、食糧難が起きる事などないとわかっていたのだ、だから、王宮の備蓄を出す、炊き出しをする、などの施策は不要と考え、盗賊対策として、軍を派遣するという対策をとった。

兵士が囲んだ麦を盗賊が襲うはずはない、しかし、盗賊は現れ、荷物は奪われ、兵士は皆殺された。

生き残った人夫が盗賊の強さを語った。

「奴らはみんな強かった。兵士と剣を打ち合っても全然負けてなかった。特に盗賊の頭はめっぽう強くて3人の兵隊に囲われてもすぐに切りぬけて、隊長相手でもあっという間に勝ったんだ。ただの盗賊じゃないな、多分傭兵か元は軍にいたんじゃないかな」

整備されていない迂回路は道幅が細く、川と崖の間の様な難所も多かった。

麦の輸送に、軍は多数の兵を割かなければいかなくなった。


最初は貧民街だけの混乱が、王都全体に広がっていた。

パン屋が襲われ、食料品店、酒屋、そして服屋、欲望へのタガが外れ民衆は動き出した。

王都を警備していた兵士が麦の輸送に送られ、人員が不足しているのを見越しているかの様だった。

さすがに官吏たちも、これが異常な事態だと考え出した。


長官が集まり、大臣に進言し、国王、王太子も会議に加わった。

「なぜ橋が落ちたのだ、20年ごとに大規模改修工事をする予定ではなかったのか」

オスカー王太子が大臣を問い詰める。

「10年前がその時期でしたが、まだその工事はしなくてよい、簡易な工事をしておいて後で大々的にするからと指示されました。丁度王太子ご成婚の慶事がありましたので、予算をそこに割くといわれました」

オスカーは思い出した、婚約者交代の話をうやむやにし、それまで功績のあった姉から妹に妃の座を認めさせる為に、予定よりも盛大な式にする様に言ったのだ。

予算を渋る大臣を説得したのはシルビアだった。

あの時は予算などどうとでもなると詳しく聞かなかったが、これがからくりだったのだ。

「しかし、その後10年も放っておいたのはどうしてなんだ、お前たちの怠慢だろう」

オスカー王太子の怒声に長官が答えた。

「何度か進言いたしましたが、その度にシルビア様が王太子殿下はちゃんとわかっておられる、抜本的な工事を考えられておられるから心配せずに、簡易に対策をしておけとおっしゃいました」

「俺はそんな事は言ってないぞ、おのれシルビアめ、俺をはめようと嘘をつきやがって」

オスカー王太子は怒りを振りまき会議は進まず、とりあえず王都と小麦輸送の為に国境付近に配置された兵を動かす事だけが決まった。


「これはシルビア姉さまの企みよ、私達を恨むって、報いを受けさせるって、あの手紙に書いてあったじゃない」

私室に戻ったオスカーに、青い顔をした妃のナタリアが詰め寄った。

「涼しい顔をして、10年間恨みを溜めていたのよ、姉は賢いのよ、きっとまだ何か仕掛けてあるのよ」「お前こそ気づかなかったのか、シルビアはお前の侍女なんだから様子もわかっただろう」

「あの女に政務をさせたのは貴方じゃない、私は王太子妃の仕事の、外交や慈善事業を手伝わせただけよ」

堀の上にはシルビアの靴と共に、6通の手紙があった。

国王、王妃、王太子、王太子妃、デルボー公爵、公爵夫人、そこには、シルビアの恨みつらみ、復讐の念が書かれていた。かなり長く具体的な内容だった、そして最後に死しても必ず恨みを晴らすと書かれていたのだ。


王妃も国王に不安を訴えていた。

「シルビアはオスカーやナタリアだけでなく私達も恨んでいたのよ、息子可愛さに我儘を聞いて、婚約者を姉から妹に代えたのを、その上シルビアに子が出来ないと汚名まで着せて、侍女として王宮から出られない様にした事を。それに私が出来てもいない仕事を、シルビアには出来て当たり前だと押し付けた事を、もちろん私は出来るわよ、あえてあの子の為にとやらさせてあげたのに逆恨みして、手紙にはずけずけと書いてあったわ」

「そんなに気にするな、シルビアはもう死んでいるのだ、死者になにが出来る、嫌がらせに仕事をさぼって橋の改修が遅れてしまい、責任を取らされるのを苦にして自殺したんだろう、気にする事はない」

国王は自分の不安を打ち消す様に言ったが、考えれば考える程、この食糧危機はシルビアが自分達への復讐として企んだに違いないと確信を深めた。

シルビアが自分をそんなに憎んでいた事を、国王は彼女の遺書を読むまで知らなかった。

直前での婚約者の変更を、王としても、父としても認めるのは浅はかだ。

婚約は解消したのに、自由を与えず王族の仕事を押し付けた。くどくどと恨みつらみが書いてあった。

しかし、国王はそれを読んでも、何も反省も、同情もしなかった。

臣下の娘、特に公爵家の娘が、国に尽くすのは当たり前だ。

公爵夫婦も賛同したのだ、不満があろうが国に親に従うべきなのだ。

しかし、これだけ不満があったのなら、橋の改修以外にも何か手を打っていたのか。

国王は、王太子の勉強の為と10年前の婚礼から、次々と政務を移行させてきた。

王太子はその仕事を、見事にこなして評価を上げていた。

あの仕事をすべてシルビアが行っていたとしたら、いやな予感がした。




王都と食料運搬の護衛任務の為、国境の駐屯地から兵を移動させる時に、気になる情報が寄せられた。

帝国が軍事演習の為に、国境付近に軍を集めている。

昨今では友好的になったが、帝国とは長年にわたる仮想敵国の状態だったのだ、兵を減らしても大丈夫かと。

「大丈夫さ、第6皇子のクリスチャンと俺は親友だ。共に学院で学び、人質同然のあいつの面倒をみてやったんだ、おかげで、商取引は盛んになっただろう。帝国の商人も王都にはたくさん来ているんだ、そこに攻め込むほど、帝国は馬鹿じゃないだろ」

王太子オスカーは自信満々に言った。

このアキテーヌ王国の東には、領土拡張主義の帝国があった。

国境付近で何度か衝突があり、アキテーヌ王国の方が優勢に勝っていたので、休戦し、皇子を一人アキテーヌ王国へ留学させてきた。

「つまり人質だ」

同級生になるオスカーは、第6皇子クリスチャンをそう見て、蔑む様な態度を度々とっていた。

外交問題としてそれは困るとシルビアが言っても聞かなかった。

だから代わりにシルビアは、できるだけ丁寧にクリスチャンに対応し、友好関係を作ろうと努力した。

クリスチャンも如才ない人物で、オスカーへの不満もアキテーヌ王国への不満も表に出す事なく、卒業後は帝国の大使として、アキテーヌ王国に残っていた。


兵は王都に集まって、民衆を監視する様になった。

数人でも人が集まっていれば近寄り、何を話していると尋問される。

酒場で深酒をしながら、パンが買えないのは政府のせいだとくだを巻いていたら兵士に連行された。

これで食料品が安くなれば不満は起こらないが、品薄高騰は収まらない。

金を持つ者は買い占めをやめないし、入荷の目途が立たないので在庫を放出する事はできない、王都の食糧危機は改善されない、兵士達も不満が広がっていた。

苛立った群衆から石を投げられたり、反抗的な態度をとられたりして、段々と兵と民の関係が悪化していった。


またも対策会議が開かれた。

オスカー王太子はそこで案を出した。

「帝国から兵を借りたらどうだろう、国民も盗賊も自国の兵だと思うからなめてかかるんだ、帝国兵が輸送や治安に加わればあいつらもビビるんじゃないかな、帝国と王家はしっかりと繋がっているのを見せつければ、民も盗賊も王家の威光にひれ伏すだろう」

「なんと愚かな、他国の兵を借りて国難を乗り切ろうとするなど、王太子としてその様な判断をされては困ります」

軍を束ねる騎士団長が声を荒げた。

「帝国を甘く見るでない、あの国は常に広がろうとしているんだ、今は友でも明日はわからぬ」

国王の言葉に頷く家臣は多かった。

「失礼ながら、帝国に何か相談をしようといたしましても、大使であるクリスチャン皇子は帰国されており、次の大使も着任されておらず、交渉できない状態でございます」

外交を担当するまだ40代の若いアルフォード伯爵が話すと

「帰国だと?いつ帰国したんだ」オスカーが驚いている。

「あれはシルビア様がおられなくなった日でございます、王宮が混乱しておりましたので、帰任の挨拶も簡単なものでした。本国からの急な要請があったとの事でした」

「人質なのに帰国させたのか」

「いやあれだけ友好的な関係になっていて、疑うのは難しい」

口々に言い合うが、親友扱いしていたオスカー王太子がクリスチャンの帰国を知らなかった事で、帝国との今までの関係を不審に思う空気になった。

「シルビアめ、飛び込む日まで都合の悪い日にしやがって」

「今になってあの時の事を思い出したのですが、随行員がやたら多くついてきていたのです。いつもは護衛を入れても数人でしたのに、あの帰任の挨拶には10人以上がついて来てました。見慣れぬ顔も多かったので不思議に思いましたが、何しろ王宮がバタバタとしていましたので」

アルフォード伯爵の言葉に

「シルビアがその中に紛れ込んでいたかもしれないのか」

皆沈黙する、それなら、この事態の黒幕はシルビア、そして、帝国。

「それから、あの盗賊団の事だが」騎士団長が言う。

「盗賊の首領と戦っていた兵士が『貴様ケント・アコードか』と知っている者の様に言ったのを、荷運びの人夫が聞いたそうだ、腕の立つ盗賊はケント・アコード、あの近衛の男かもしれん」

「誰だその男は」

「シルビアに惚れていた騎士ですよ、目障りだから近衛から辺境に送ってやったのに、生きていたなんて、盗賊退治で死んだはずなのに」

オスカーは忌々し気に答えた。

「二人で計画して動いているんじゃないか」その言葉に一同はゾッとした。

「堀から遺体は上がってないのか」オスカーは怒鳴る。

「はい、目立たぬ様に始末しろとのご命令で、衛兵たちも気をつけているのですが、いまだに」

「ええい、堀の水を抜け、あいつの死体を見なければ落ち着かない」

オスカー王太子は声を張り上げた。

「しかし、警備上の問題が起こります」

「帝国が攻めてきたとしてもそれまでに水を入れる時間はあろう、確かめるのが先決だ」

国王もそれに同意した。会議の面々も、シルビアが生きて帝国側に付いていると考えると、恐怖を感じざるを得なかった。



シルビアが生きているかもしれないと聞いて、王妃も王太子妃も恐怖を覚えていた。

ナタリアは自室に籠り、二人の息子を抱きしめていた。

姉は自分と息子たちの命をねらっているはずだ、8歳と6歳の王子たちは母親の行動を見て侍女としての伯母に対して我儘に振る舞っていた。

下級メイドの仕事をシルビアにさせたりして喜んでいた。

あの手紙にはそんな事も怒りとともにつづられていた。

子供だから、甥だからと容赦することはないだろう。


王妃もシルビアの復讐におびえていた。

侍女のバーリー夫人は慰めていたが

「どうして私がシルビアに恨まれないといけないの、貴女は王妃教育でシルビアの面倒を見てきたから、あの子の気持ちがわかるでしょう、オスカーがナタリアを選んだのはオスカーの責任よ、選ばれなかったシルビアがいけないのよ」

「私思い出していたのですが、王妃様と一緒に孤児院に出かけた時に、王妃様は院長と話しておられる時にシルビア様は孤児たちと交流されていました。護衛は王妃様に付いていましたから、シルビア様は一人で孤児と接していました、名代で孤児院を訪れる時も護衛は少なかったと思います。あの時に孤児たちを手懐けて自分の言いなりにして、今度の騒ぎを起こさせたのではないでしょうか」

「シルビアが民衆を扇動してるの、なんて恐ろしい事をするんでしょう」

民衆の波の中にシルビアが潜んでいる、王妃は震えた。




堀の水は抜かれた。

靴と遺書のあった城壁の下で、シルビアの服を括り付けた、人の重さほどの石が見つかった。

国王も王妃も、オスカーとナタリアも、その目で見た。


その時だ、衛兵の叫び声が聞こえた。

「人が、王都の民が押し寄せてきています、もの凄い数です」

城壁の上からも見える、王都の住民たちが黒山の様な数で、この王宮に向かってきている。

腹をすかせた下層民、日雇い労働者、小商いの店主、子供を連れた女、学生の様な若者、手には何かしらの武器になる物を持っている。包丁、金槌、木や金の棒、そして幾つもの梯子を持っている者がいる。長い梯子だ、あれならば水の抜けた堀を越えれるだろう。

「パンをよこせ、城の中に麦があるぞ」

暴徒はそう叫びながら波の様に王宮を囲んでいる。

「お逃げ下さい」バーリー夫人が叫んだ。

「あんな何も知らない暴徒が皆様にどんな狼藉を働くかわかりません、とりあえず姿を隠してください。あの秘密通路なら大丈夫です、王宮を熟知しているシルビアも、王太子妃にならなければ教わらないあの通路はしりません」

国王も王太子も、王宮に残るとは言わなかった。

堀を越え窓を破り、王宮に侵入するのが、敵国の軍隊ならば、降伏であれ抗戦であれ指示が必要だ。

あんな荒れ狂う暴徒に、交渉などできるはずはない。

とりあえず略奪させてでも、落ち着かせてから対策をすべきだ。

国王一家は秘密通路を使って逃げる事にした。

「お気を付けて、ご無事のお帰りをお待ちしております」

図書室の壁に隠れた扉の前で、この通路を王族以外でただ一人知っている、バーリー夫人が見送った。

その落ち着いた顔を見て、王妃は安心して入っていった。







「綺麗な遺体をありがとう、これでこの後の計画が、スムーズに進められるよ。王家の血は絶えた、と証明できる。遺体が判別できない状態だと、実は生きていたと名乗る奴も出てくるからね」

遠征用の天幕の中だが、さすが帝国は豪奢だった。

厚い絨毯、マホガニーのテーブル、優美な椅子、高価な茶器に香り高いお茶、第6皇子クリスチャンと公爵令嬢シルビアは、血生臭い話をしながら、優雅な時間を過ごしている。

「しかし、どうやったら無傷で6人をあっさり殺せたんだね」

「あの通路の先の着替え用の部屋で、私の怨霊を見て恐怖のあまり、心臓が止まった。そう噂されたらよろしいのでなくて」シルビアは静かに微笑んだ。

「種は教えてくれないのか」

「2種類の液体が混ざると、毒ガスができる、でも部屋がしっかりと密閉されないといけないの、地下に作られた小部屋の様に」

「やはり君に任せて良かったよ、王宮の中の工作は私ではできなかった」

「でも王都の混乱は見事に成功なさいました。帝国の商人に食料を買い占めさせ、不満と不安を煽った」   「いや、君の友人達がよくやってくれたんだ。パン屋の店員、大工の弟子、酒場の女給、商家のメイド、孤児院育ちの彼らが目的を持って行動しているなんて、みな気づかないからね」

「彼らの処遇はお願いしますよ」

「大丈夫、帝国民として身分が保証され、君達の領地で暮らせる様にする、今は帝国の商会にかくまわれているはずだから大丈夫だよ」

シルビアはホッと安堵のため息をついた。

自分の計画に孤児たちを巻き込んだのだ、彼らの人生をしっかりと保証したい。

「王宮の事はバーリー夫人に、政治の事はアルフォード伯爵に任せていただければ、混乱は起きないはずです。バーリー夫人は王妃の仕事をほぼ全て、長い間引き受けられてきた方ですから」

「君と同じ立場だったというわけか、だから協力してくれたのか」

「いいえ、あの方の怒りはもっと深いものです」

シルビアの王太子妃教育は、バーリー夫人が携わった。

それは厳しくもあり、優しくもあり母親の様に接してくれた。

実の母は妹ばかりを可愛がり、未来の義母は仕事をバーリー夫人に丸投げで、尊敬できる王妃ではなかった。

バーリー夫人には子がいなかったので、自分をこんなに愛してくれるんだとシルビアは思ったが、バーリー夫人に子がいなかったのは、優秀な侍女として仕事をさせる為に、老人のバーリー伯爵と王命で結婚させられたからだと知った。



「さあ、進軍を開始しよう、王家を失い、治安が悪化したアキテーヌ王国を友好国として助ける為にやってきたんだ。なんでも王太子オスカーは、私を親友と呼んで治安の為に軍を出して欲しいと言ったらしい、遺言とも言えるこの言葉に応えないとね」

クリスチャンはマントを優雅に翻し、天幕を出ていった。

しばらくして、歓声が波の様に広がり高まっていった。

出陣だ、シルビアはここで待つ。

クリスチャンがアキテーヌ王国を帝国の属州として併合させるのを、ケント・アコードがこの遠征の中で大功を挙げて、帝国の男爵に叙せられるのを、そして、名を改めジルとなったシルビアを妻にし、与えられた帝国の辺境の領地へ共に行くのを。あの10年前の婚約解消の夜、オスカーとナタリアはシルビアに一枚の辞令を見せた。

ケント・アコードを、近衛から辺境の部隊に左遷させる辞令だった。

「この部隊は、近くの森に質の悪い盗賊団がいて殉職者が多いんだ。君の贔屓のケント・アコードだったら強いから適任だと思ったんだ、いい人事だろ」

「お姉さまはあの騎士と幼馴染なんでしょ、田舎の領地が近かったから。私はあんな田舎には行かなかったけど、お姉さまには田舎はお似合いだったから。あ、その辞令は今日付けよ、もう出発したんじゃない」

二人は知っているのだ、シルビアがケントに助けられている事を、オスカーの我儘な振る舞いに傷つき、王太子妃教育に疲れても、ケントのシルビアを気遣う優しい視線が助けになっているのを。彼まで奪うの、王太子妃の地位も、貴族令嬢の普通の結婚も、その上、ただシルビアを苦しめる為だけの辞令だ。むくむくと怒りの衝動が沸き上がる、抑えられるのは今までに培った貴族の能面だけだった。


シルビアはその夜王宮に留められた。

理由はケントと最後の別れをさせない為だ。

月のない夜だったので、満点の星が見れた。

バルコニーに出て、星を見る。

幼い日ケントと過ごした領地も星が綺麗だった。

ケントと一緒に星が見たいとねだると、彼は塀を乗り越えてシルビアの待つ庭にやってきた。

二人、ショールに包まり冬の星を眺めた。

今、星は涙で滲んで見れない。

バルコニーの下は水を湛えた城を取り巻く堀だ、この高さなら、確実にこの悲しみを終わらせる事ができるだろう。

シルビアは覗き込んだ、星空よりも暗い水底を。

その時バルコニーに絡まる蔦が動いた。ここは王宮でも中心から離れているので、管理が行き届かずに壁を蔦が覆っていた。カサカサと動く蔦、そして

「シルビア様ですか」声が聞こえた。

「ケントなの」

シルビアは身体中に生気が高まってくるのを感じた。

「ここにシルビア様がいるのを教えてくれたのはオスカー殿下でした。私を辺境へ追いやる辞令を見せ、別れの挨拶もできないように北の塔に止めおくと、私が絶望の顔をするのを楽しそうに見ておられました」

ケントが蔦を登り切り、自分の前に立った時、彼の胸にシルビアは身を投げた。

二人は愛し合い、その後話し合った。計画は困難だし、時間もかかった。

けれども、人生の最後に二人が手を取り合い、寄り添いその時を迎える為ならば、どんな事でもできると誓い合ったのだった。





クリスチャンの侵攻は容易だった。

王家の威信は崩れた。民衆を恐れて城を捨て、自分達だけ助かろうとした行動に、国民の多くが幻滅した。

各地の軍も抵抗しなかった。王族は残っていたがこれという人物はおらず、国を守る為の旗印となる者はいなかった。

民衆も最初は驚き逃げようとしたが、帝国軍の規律は厳しく、暴行略奪などの蛮行もなかったので、安心して、日常生活に戻った。

貴族の多くも素直に領地の通過を許し、抵抗しなかった。

しかし、幾人かは、特に亡くなった王家に近かった貴族は、報復を恐れて逃げる者もいた。

デルボー公爵夫妻は王都にいて、シルビアがこの侵攻に加担しているのを知り、逃げ出す事にした。

他国に亡命する為に、出来るだけ資産を持っていかねばならない。満載の馬車を何台も連ねて街道をいく様は盗賊にとって格好の獲物だった。

夫妻の最後を知ったクリスチャンは、シルビアに教えはしなかった。彼女が両親に何の関心もない事を知っていたからだ。



アキテーヌ王国を帝国の属州とし、その執政官にクリスチャンが就く。

それは粛々と進められ、混乱は無かった。

特にアルフォード伯爵は、外交官として帝国と長きに渡って付き合ってきたので、交渉は彼を中心としてなされた。

彼はアキテーヌ王国を裏切ったのではなかった。

帝国の拡張主義に危機感を持ち、王家に注意を促していたのは彼だ。しかし、人質と疎んじ、商業が栄えるからと無防備に交流を増やす王家に、忠誠心を持つ事ができなくなった。

アキテーヌ王国を憂いて、王家に愛想を尽かしたのだ。

愚王が3代続くよりも、賢明なクリスチャンが執政官となり統治する方がこの地には幸い。彼がこの属州化に賛成したのはこういう事情だ。




バーリー夫人はクリスチャンを王宮に迎え、彼ら一家がそこの暮らしに慣れた頃に職を辞して、帝国のケント・アコードの領地に向かった。

そこで待ち受けていたシルビアと共に、母娘の様に仲睦まじく余生を過ごした。



              終わり










誤字脱字報告ありがとうございます。


ランクインされました。これもひとえに、ブックマーク、評価を付けていただいた読者様のおかげです。厚くお礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
恋愛エンドと思いきや、血の繋がってない母娘の愛で締めくくられてるところがめっちゃ良い
メイン王族全員があっという間に亡くなったのは慈悲だよなぁ…。しばらく混乱は続くし、略奪や強盗がゼロではないけれど、この王家がいるよりはマシだ、と実務家が判断したのなら仕方ないよなぁ…。 やったことが返…
他に何の益も無いのに、働かせている=自分たちの実益の源泉に、ただただ、不快にさせるためだけに嫌がらせし、ヘイトを爆買いして、ひたすら憎悪を抱かせ、自分で自分の敵に育てた。 理解し難い、マイナスと傍迷惑…
感想一覧
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