疑惑のギーズ出版社
やたら豪華な出版社の前に立ち、気合を入れて重い扉を開けた。
ギィ~、ギギィ~。
広いエントランス、豪華なシャンデリア、真っ赤な絨毯の螺旋階段!
ま、まぶしい!
ナニココ、やっぱりお屋敷じゃない!
あそこに受付嬢がいるよ。
(出版社……だよね?)
「お客様、それは? 原稿の持ち込みですか?」
「ハイ……」
袋を開けて中を見せたら、怪しげな表情の受付嬢が広々とした事務室へ案内した。とたんに数人の声がした。
「おいおい、何だよあの娘は? 誰が呼んだんだ!?」
ああぁ、わたし、みすぼらしいものね。髪の毛はボサボサだし。だけど、服と靴と手提げ袋とリボンはお嬢様用なんだよ、たぶん。
「あ、あうっ、あのっ……」
クスッ、クスクスクス……。
あああぁぁ、思い切り笑われてる……『さっさとここから出て行け!』と非難されている気がする。で、でも、ここで折れたらわたしは終わる、マジで終わる……。
「あ……あの、これ……読ん~ください……!」
わたしは自分の人生を賭けて叫んだ。
息切れしながらなので上ずった声になったかも。それに、言葉はまだまだ上手くしゃべれない。
原稿がバラバラと床に落ちた。あわてて拾おうとしたら、また笑われた。
クスッ、クスクスクス……。
「失礼ですよ、みなさま」
よく通る、やや低めの男性の声がした。
「大丈夫ですか、レディー?」
三十代くらいの素敵な若オジサマが頭上にピロピロ浮かんでいた。
若オジサマの背景がスローモーションで、円形のピンクグラデーションに輝いた。一瞬だけどふわりといい香りがし、ローズガーデンに迷い込んだような錯覚に陥った。
(チャンス、どうせ追い出されるんだったら、この人にだけには読んでほしい……)
「こ、これを……」
そこで目の前がホワイトアウトし、わたしは倒れた。
※
目覚めたらソファに寝かされていた。
ふかふかで気持ちいい……フローラルな香りとタバコの臭いがする。ああ、ここ、日本じゃないものね。この世界はオフィス禁煙ではないんだね。
(久しぶり、固くない寝床。ソファだけど)
上下左右を見回して気付いた。この出版社、外見もそうだけど、内装もやけにキラキラしい。それに、美女とイケメンしかいないんじゃない?
何なの、ココ?
(確か出版社だよね?)
「目が覚めましたか? リラックスできる飲み物を用意しましたので、どうぞ」
「ハイ……ありがとう、ございま……」
エンジドレスのゴージャスお姉さんが、飲み物とビスケットを用意してくれた。蜂蜜入りホットミルクだった。
(甘くておいしい。ミルクが濃厚)
テーブルの向かいに足を組んで座っている若オジサマが、艶やかな笑顔をわたしに向けていた。もしかしたら編集長サマかな?
「勝手ながらあなたの小説を読ませていただきました。奇抜な内容のストーリーですね、誠に興味深い。この作品は来月はじめの週刊誌に掲載しようと思います。わが出版社は首都でも首位を争う発行部数を誇る一流週刊誌、『セカオピ』を発行しておりまして」
後ろから『嘘だろ!?』『どこが一流かよ!』というヤジが聞こえる。
「本当、ですか?」
「もちろんです」
付け焼き刃で書いた短編小説がまさかの採用になるなんて、話がうますぎやしませんか。出版詐欺じゃないよね?
後でお金取られないよね、信用していいの?
わたしのペンネームは北橘佳奈をもじった『カナン・ノース』。『英語か!?』と突っ込まないで下さい。だってココ、どう見たって英語圏風なんだもの。アルファベットは微妙に違うし、一九世紀ヨーロッパ風だけど宗教感が全然ないし、空気は多少煙たいけれど、道路は綺麗で上下水道が整っているしね。
個人情報は『アイラ・サウス十七歳、サウス男爵家の娘』という設定にした。年齢は適当。怪しかったら出版社で調べてもらっていいです、なんならサウス叔父の罪を暴いても構わないです。ぜひ週刊誌のゴシップ記事に大げさに載せて下さい。協力は惜しみません。
「僕はこの出版社の代表をしています、ランベール・ギーズです。本日はわざわざ出版社まで足を運んでいただき、さぞお疲れでしょう。家までお送りいたしましょう、レディー」
(『レディー』だって!)
小説を採用してくれた上に見送りまで!
何て親切なオジサマ、神様、赤城大明神様!
ランベール・ギーズ大明神様からは、『お嬢様への差し入れです』と、お洒落なビジネスカードと一緒に、ノート・ペン・インク・お菓子・干し果物などを詰めた、ピッカピカのトランクを頂いた。
という訳で、わたしは出版社の社用馬車で、ランベール・ギーズ大明神様と向かい合って座ることになったのです。お隣にはコワモテ丸坊主・丸眼鏡の大きな男性が睨んでいた。
何だか怖い。護衛とか?
問題は……帰り道が分からない……。
案の定、『ここ? こっち?』と迷いながら、屋敷街をぐるぐる回る。そういえばわたし、屋敷の表玄関を知らなかった。若オジサマは始終微笑んでいるだけで、一度も文句は言わない。こんなボロボロのわたしに対して優しすぎじゃないですかね。
(裏があるわけじゃないよね? 代表者を名乗っているけれど、何者?)
見覚えのある赤レンガ塀を目印に、ようやくサウス邸の狭い裏路地を見つけた。
「ここで、降ります」
「裏口のようですね。ここがサウス嬢の屋敷ですか?」
「はい」
ランベール・ギーズ大明神様の瞳が、あちこち動いている。
「男爵家のご息女――なのですよね?」
「父と母は、死んで、今の男爵は、叔父です」
「叔父……複雑な事情がありそうですねぇ」
「ええと……ありがとう、ございました」
「どういたしまして。原稿料の件がありますし、次回作の話し合いもしたいから、いつでも出版社にいらして下さい。歓迎いたします」
「ハイ? ありがとう、ございま~」
(わあっ、次回だって! ミッションコンプリート!)
心ここにあらずという様子で、わたしは裏庭に帰った。
「ただいま、マリオ~さん、タンデーさん!」
「お帰り、お嬢!」
「あれ、何で、後ろから?」
「俺も、散歩」
ズボンとワイシャツ姿でお疲れ気味のタンディーさんが、汗をかきながら後ろから現れた。
~続く~
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☞アイラの目に『ランベール・フィルター』が設置され、ランベール・ギーズの目には『アイラ・フィルター』が設置されました。
☞ランベール・ギーズは一癖も二癖もある(危険)人物です。今後アイラの〈あしながおじさん〉ポジションになります。
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