終末世界の炎と岩石の街、回収屋のとある一日の記録
雄大な火山は噴煙を吹き出し、灰色の火山灰は絶え間なく降り注ぎ文明の名残を覆い隠していく。
世界が終わっても人類は細々と生き続けていたけれど、こんな風に地球がくしゃみをするたびにあっさりとコミュニティは壊滅してしまう。
幸いにして周囲にはもう主だったコミュニティは存在しない。
住む場所はたくさんあるし、あえてこんな過酷な場所に住もうとする人間もいないのだろう。
「灰が鬱陶しいね。何とかならないの、これ。このままじゃ灰まみれになって石膏像みたいになっちゃうよ」
「我慢するしかないよ。先史文明の人もなんでこんな場所に住んでいたのかなあ」
相棒兼乗り物のピヨタンはぶつくさと文句を言いながらも灰の上を駆けていく。
ヒヨコがこんな地獄の様な場所を突き進む様は何とも締まりがなくシュールだった。
人間の僕はガスマスクとゴーグルで完全防備をしないと生きていけないのに、何ともたくましいものだ。
ピヨタンはピョン、と綺麗に隆起した地面を飛び越える。
よく見るとそれは灰でコーティングされた車の残骸であり、長い年月で火山灰が積もって埋まってしまった様だ。
「で、回収するのはコップだっけ」
「この辺りで昔作っていた切子のグラスだって。この辺りはガラス細工が有名で、芸術作品として高値で取引されていたそうだよ」
「コップなんて使えればなんでもいいと思うけどね。今時芸術作品なんてなんの意味があるのかな」
僕が依頼内容を説明すると、ピヨタンはいつも通りやる気がなさそうだった。
有毒ガスのせいでこの辺りには食べ物も少なく、イマイチ気分が乗らないらしい。
人類滅亡後の終末世界で僕は回収屋として仕事をこなしていて基本的にどんなものでも回収するけど、芸術作品を回収するという依頼はさほど珍しいものではない。
「芸術なんて結局多数決さ。それこそ落書きやトマトスープがかかった絵画でも偉い人がこれは芸術だって言えばそれが芸術になる。所詮そんなものだよ。なのにどうして人間はそんなものに拘るんだい?」
「綺麗なものを集めるのは生き物の習性みたいなものだからじゃないかな。僕にはわからないけど」
皮肉屋なピヨタンは僕に問いかけるけれど、正直僕にも芸術はよくわからない。
ガラス細工はまだキラキラして綺麗だからまだしも、芸術作品の中には理解に苦しむものも少なくないからなあ。
「ただ僕は灰に埋もれたこの街が美しいと思うね。人類の文明が残ったまま、そのまま魔法で石に変わった様なこの街が」
「随分と退廃的な芸術だね」
それにどの道滅びに魅了された僕の感性は当時の人には理解出来ないだろう。
芸術は一瞬の昇華か、あるいは永劫不変の美しさか。
どちらが素晴らしいかとしばしば論争になっていたけれど、この場所にはそのどちらも存在する。
当時の姿のまま火山灰で覆い隠された街には人々の営みの痕跡がそのまま残されており、まざまざとその光景がイメージ出来てしまう。
けれどこんなものを美しいと感じる僕は歪んでいるのだろう。
絶望という美しさを喜んで受け入れた僕はもう人間とは呼べない存在なのかもしれない。
「……さて、見つけた」
ともあれ今は芸術論よりも依頼だ。
僕は事前に目星をつけていた廃墟に辿り着き、切子を入手するために忍び込んだ。
洞窟の様に真っ暗な一階は半地下状態になっていたので早々に諦めたけれど、幸いにして二階には火山灰が侵入しておらず保存状態は良好だった。
内装から察するにここはかつて物産館だったのかもしれない。
しかし慢性的な地震のせいでガラス細工はほとんど壊れている。
かつては匠の逸品だったのだろうけれど粉々になった切子からは最早芸術性は一切感じられず、そこにはただの残骸しかなかった。
「お、良さげなの発見」
しばらく粘っていると僕はようやく原形をとどめているグラスを発見した。
光で照らすと蛍石の様に輝き、当時と変わらない美しさを保っていたのでこれならば依頼人も納得するだろう。
周囲には同じ様に完全な姿を保っているグラスが多くある。
一つでもあれば十分だけど、多くてダメという事はないか。
「他にもいろいろあるし、ついでに持って帰ろうかな」
「うーん、止めておいた方がいいんじゃない」
「なんで?」
だけど僕がそう提案するとピヨタンは反対する。
理由としては盗掘になるから道徳的に問題がある、くらいだけどそんなのは今更だし。
「そろそろドカンと噴火するから。早めに逃げたほうがいいよ」
「へえ、そんな事もわかるんだ」
「動物の感覚を舐めたら駄目だよ」
理由を聞くとピヨタンは少しばかり困る事を言った。
なるほど、そういう事なら惜しいけどすぐに逃げたほうがいいだろう。
アドバイスに従って僕は手早く道具を片付けて撤収の準備をし、急いで窓から飛び出して脱出する。
外に出るとすぐに空気が揺れ噴煙の勢いが増していた。
火山からは凄まじい勢いの白煙が噴き出て、それは聖地を荒らす盗人に罰を与える屈強な守護者の様に見えた。
直接火砕流に飲み込まれなくても高温の煙や有毒ガスだけでも人間にとっては命取りだ。
目ぼしいものはまだあったけどもうこれ以上は粘れそうにないな。
「ピヨタン!」
「わかってる」
僕はピヨタンに跨り火山灰で埋もれた街を駆け抜けた。
生身の人間や車なら諦めるしかないけど、多少の段差や悪路をものともせず難なく突き進む相棒ならばさほど問題ない。
「ヒリヒリ感を出すためもうちょっと黙っておいたほうが良かったかな」
「勘弁してよ」
ピヨタンは余裕ぶってそんな冗談を言ったけれど彼ならば実際にやりかねない。
僕も大概だけど、ピヨタンもまあまあ感覚が常人とはズレているからだ。
ともあれ相棒のおかげで街を早々に離れた僕らは無事に高台に避難する事に成功、現在は火砕流に飲み込まれる街を眺めていた。
灼熱の火砕流は人類が存在していた痕跡を跡形もなく飲み込んでいく。
けれどそれは絶望的な光景だったはずなのに、僕はそれが美しいと感じてしまった。
「見事に飲み込まれちゃったねぇ。あーあ、ガラス細工もあれじゃ全滅だね」
「いいんじゃない、形あるものはいつか壊れるものだからさ」
ピヨタンも僕もいうほど絶望はしていなかった。きっとこんな光景に慣れてしまったからだろう。
「だけどこうして世界は破壊と再生を繰り返してきたんだ。僕にとってはこの光景こそが最高の芸術かな」
「狂人の発想だね」
「それでも構わないよ。この想いは誰にも理解されなくても構わない。芸術なんて所詮は多数決なんだろう?」
「かもね」
火山灰と溶岩は人類が遺した全ての想いを飲み込んでいく。
喜びも悲しみも、やがて何もかも忘れ去られて大地に還っていくのだろう。
僕は唯一手に入れた切子のグラスを通し、噴煙とマグマを吐き出す火口を眺めた。
瑠璃色のグラスは灼熱のマグマによって赤紫色に照らされ、人類の終焉を告げる黄昏の様に光り輝いていた。
桜は散る時が最も美しいという。
ならばこの世界も滅びる時が最も美しいのかもしれない。
自然の摂理によって消え去る栄華を誇った街を眺め、僕はその絶望的な光景にそんな退廃的な希望を見出してしまった。




