タイトル未定2026/04/08 15:08
俺の元幼馴染、道又真理愛はいわゆる、学園のマドンナ、いやアイドルである。
そして今日はバレンタインデーだ。この学校の多くの男子は女子たち、特に道又からのチョコレートをどうにかしてもらえないものかと、頭を悩ませている……のだろう。ただし、そこに俺は含まれていない。なぜなら、俺は道又真理愛のことが嫌いだからだ。
道又とは、小、中ではそれなりに仲が良かったが、高校に入ってからはほとんど話していない。道又はクラスの中心で、いわゆる一軍的存在だ。反面、俺、須藤岳は特に目立つこともなく、誰と関わることもなく、ひっそりと学生生活を送っている。今の道又の人生に、俺は不要だし、今の俺の人生に道又は不要だ。だから、もう昔と変わったあいつには興味もない。
教室では、女子同士のチョコ交換会が開催中だった。道又も女子全員に自作のチョコを配っていた。
おおかた交換会が終わった頃、道又の手元に一つのチョコレートが残っていることにクラスメイトの一人が気づいた。
「あれ、このチョコは?」
「バカ、本命でしょきっと」
隣りにいた友人がたしなめる。
「いやいや、これは一個余っちゃったのをラッピングしてみただけだよ」
道又は黒いハート型の箱でラッピングされたチョコを手に取る。
「でも、まだ誰にあげるかは決めてないかなー……なんて」
道又のその言葉を契機として、学校全体を巻き込んだバレンタインチョコ争奪戦が始まったのだった。
――
「余ってるって言うなら、俺が食べてやってもいいけど?」
「馬鹿、なんで上からなんだよ。あっ俺もいつでも受け取れるから、処分に困ったら全然もらうよ?」
「変に紳士ぶるなよキモいな」
――
「ねぇねぇ、真理愛ちゃん、仲村先輩が呼んでるって!」
「えーあの仲村先輩が? すごいじゃん」
――
「みんなありがとねー。気持ちは嬉しいけど、もうちょっと考えて決めようかな」
道又は幸せそうな表情のまま、次々と来る男子たちを華麗にかわしていった。かく言う俺は、そんな姿を馬鹿だなと思いながら眺めていた。
――
昼休みになり、俺はみんなが食堂へ駆け込むのを見届けながら、教室で弁当を広げる。クラスの大多数は食堂に行くので、教室にはいつも数人しか残らない。
しかし、今日は珍しく道又が教室に残っていた。食堂に行けば人に囲まれてしまうからだろうか。
「ふぅ。思ったより大変なことになっちゃったなぁ」
道又が俺に話しかけてきた。
今更なんのつもりだ。
「相変わらず馬鹿なことやってるな」
「馬鹿って言わないでよ」
「大勢から言い寄られたって、何も嬉しくないだろ」
「そう? 私はみんなが好きって言ってくれたら嬉しいよ。だってそれって、みんなを喜ばせてあげられてるってことでしょ?」
昔の道又なら絶対に言えない言葉だ。やっぱりこいつは、昔とは変わったんだな。
「アイドルにでもなったつもりかよ」
「アイドル? そうだね。今はアイドルみたいにみんなを笑顔にしたいな。あっそうだ、岳……須藤くんは私のチョコいる?」
「いらない」
「……そっか。じゃあ私行くね」
道又はどこか気まずそうに教室を去っていった。
嫌いなやつからのチョコなんて貰えるか。
去年までは毎年もらっていたが、それは俺たちがまだ「幼馴染」だったからだ。
今は違う。
昔のあいつは、こんな馬鹿なやつじゃなかったんだけどな。
――
つい数年前、俺たちが中学生の頃。
道又はいじめられっ子だった。今ほど人付き合いがうまくなかった道又は、俺とは別のベクトルでクラスで孤立していた。
小学校、中学校を通して、同じくクラスで孤立していた俺はそんな道又に一方的に仲間意識を感じていた。いや、正直に言うと、ずっと道又のことが好きだった。
辛いことがあると道又は階段を最後まで登った、屋上へつながる扉の前で、よく一人でうつむいていた。昔の俺は、本気で道又を助けたいと思っていたから、彼女を励ましに何度も階段を登った。
その日もいつものように、屋上へつながる扉の前に彼女はいた。
「どうしてみんなは私のこと嫌うのかな……? 私、何かみんなに悪いことしたかな」
「単に真理愛が美人だから嫉妬してるだけだろ」
「美人だなんて、大げさな。それに、こんなに嫌われるのってやっぱり、私にも原因があるんじゃないかなって……」
「馬鹿か。誰にも嫌われない奴なんているわけないだろ」
「馬鹿って言わないでよ。もう」
――道又は昔から周りのことを過剰なまでに気にする奴だった。誰にも嫌われないなんてことは不可能だし、俺は道又をのぞいて、誰に好かれようが嫌われようがどうでもいいと思っているが、彼女はそうではなかった。俺は道又が自分に自信を持てるように、何度も彼女を励ましに階段を登った。
でも、それも無駄だった。
高校に入って、道又はクラスの中心になり、一見、誰からも好かれる学園のアイドルになれたように見える。だが、俺はみんなに好かれることに囚われた今の道又が気に入らない。目先の好意ばかり気にする道又を見ると、結局俺の言葉は無意味だったんだと思い知らされる。初めから俺と道又は相容れない人間同士だったんだろう。俺が道又から距離を取り始めると、道又もそれを察して俺から距離を取った。そうして、俺たちの幼馴染としての関係は終わった。
――
午後は教室の熱も少し収まり、道又もすこしほっとしているようだった。
あれ、道又のチョコ、机に入ってたはずだよな......? もう誰かに渡したのか。
そんなことを考えているうちに、帰りのHRが終わった。
放課後、道又のチョコがなくなっていたことにどうにも煮え切らない思いを抱えながら、ぼんやりと廊下を歩いていると、前から同じクラスの女子二人が歩いているのが見えた。
「ねぇ、美久、マジで捨てちゃったのー?」
「うん。だって、あいつ仲村先輩までたぶらかしてウザかったし」
「美久、仲村先輩のこと好きだったもんねー」
「そうそう、てか、あんなことして周りから嫌われること考えてないの普通に無理でしょ。いくら美人だからって調子乗りすぎ」
「捨てた」、「仲村先輩」……まさか、あいつ道又のチョコを捨てやがったのか。
俺はすぐに近くのゴミ箱を確認する。
しかし、その中身はすでに空っぽだった。
「もう回収してるのかよ……!」
窓から外を見ると、ゴミ収集車が学校の敷地に入っていくのが見えた。
まずい、間に合わない。
全力で階段を駆け下り、校内を右に曲がり、左に曲がり、ついに俺はゴミの仮置場に到着した。
「ちょっと待ってください!」
「どうしたんだい?」
俺に呼び止められた用務員のおじさんはきょとんとしている。
ゴミ袋は今まさに車に運び入れられようとしていた。
「その中に、大事な物があるんです!」
「ええ? どこだい?」
「ちょっと見せて下さい」
「いいけど、あんまり時間は取れないからね?」
俺はゴミ袋を漁り、必死にハート型の物体を探す。
いくら道又が調子に乗っていようが、俺の言葉を無視して目先の好意に囚われていようが、だからといってこんな仕打ちにあっていいはずがない。
俺は道又のことは嫌いだが、道又の不幸を願っているわけじゃない。
できることなら、幸せになって欲しいと思ってる。
――いや、そうか。
「あった……!」
俺はあいつのことを嫌いになんかなれてなかったんだ。
俺はあいつがいつの間にか遠いところに行ってしまったことが嫌だったんだ。
俺がいなくても幸せそうにしてるのが、嫌だった。
真理愛のことが好きだったから、ずっと俺に頼ってて欲しかったんだ。
俺は今でも真理愛が好きだったんだ。
なんとか見つけたハート型の箱は、埃で汚れていたが中身は無事なようだった。
俺はそれを持って、階段を登った。
最上階に着いた。そして案の定、屋上の扉の前であいつはうずくまっていた。
「岳……?」
「やっぱここか」
「なんで、ここに……」
「その、見つけといた」
「へ?」
「真理愛、ウェットティッシュ持ってるか?」
「え? うん、持ってるけど……」
「一枚もらっていいか」
「うん」
俺はもらったウェットティッシュでチョコレートの外箱を拭き、道又に手渡した。
「これって……」
「たまたまお前のチョコを捨てたって会話が聞こえたから」
「でも、もうゴミは回収されちゃったんじゃ……」
「ギリギリ間に合った」
「もしかして、ゴミ袋漁ってまで、探したの?」
「そうだけど」
「……岳は私のこと嫌ってると思ってた」
「俺もさっきまで、真理愛のことは嫌いだと思ってた」
「どういうこと?」
「真理愛が遠いところに勝手に行ったみたいで、それが嫌だったんだよ。それで冷たい態度取ってた。馬鹿だろ」
「うん。馬鹿」
ずっとうつむいていた真理愛がくすりと笑った。
「でも、私も馬鹿だよ。本気でみんなに好かれてるって勘違いして、調子に乗ってさ」
「ああ、馬鹿だな。全員に好かれることなんてできないってずっと言ってただろ」
「うん。こんなに近くに、私を大事に思ってくれてる人がいたのにね」
「いや、別に俺はお前のことがどうとかじゃなくて……」
「チョコ、見つけてくれてありがとう」
「……おう」
久しぶりに間近で見る真理愛の笑顔は俺には眩しすぎた。
「これ、今度は受け取ってくれる?」
真理愛は、手に持ったチョコを俺に差し出した。
「幼馴染として、でいいんだよな?」
「そうじゃなかったら……?」
「馬鹿言うなよ。その手には乗らないからな」
そう言って、俺は真理愛からなかば奪い取るような形でチョコをもらった。
もちろん、照れ隠しだ。
「もう、馬鹿って言わないでよ!」
怒りながら笑う真理愛は他の誰よりも可愛かった。
――
帰り道、美久と呼ばれていた女子が仲村先輩と思わしきイケメンに振られている姿を見つけた。
二人で笑いながら帰った。
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