第58話 告白の紅白
「ほら、あの木のところ」
「あら本当、あの容姿は『聖王』ですわね。……えぇっ!?」
こちらを指すフューフィルに、驚きの声を上げるラヴァリッサ。
どうやら向こうから俺を見つけたようだ。それ程きっちり隠れていたつもりも無いが。
まぁ見つかったものは仕方無い。素直に姿を現すことにする。
……しかし、外套で全身を覆っていてもやはり容姿で特定されるのか。既に何度か指摘されている事ではあるが、そろそろ何か他の変装を考えるべきなのかもしれない。
仲間達を手で制しつつ、木陰から出て彼女達の方へ踏み出す。覗きがバレたようなきまりの悪さもあり、少し頭を下げながら。いや実際覗きがバレているのだが。
何やら慌てたようなラヴァリッサを尻目に、フューフィルが俺の歩みに呼応するよう木の根から立ち上がった。
そしてふらついた足でこちらへ数歩歩き、淡々と告げるように言った。
「あなたが『聖王』フィーノね。クレウグから話は聞いているわ」
その口から飛び出た名前。それを理解するのに、少々の時間を要した。
……クレウグ?
セラン・ユプセンでの依頼に同行した、遺跡探索家を名乗っていたあの青年。
魔王の部下だか同僚と言って、拒葉剣を持ち去った彼。
あのクレウグの事を、目の前の少女は言っているのだろうか?
何故あの名前が出てくる?
進めていた足が思わず止まっていた。
同時に胸中に沸き立つのは警戒。
このフューフィルという少女――あるいは後方にいるラヴァリッサも共に、クレウグの……いや、魔王の関係者だという事か?
未だ状況はよくわからないが……敵対勢力の一員だというのなら、迂闊に近寄らない方がいいのかもしれない。
あるいは逆に――、
「……クレウグから何か聞きましたかしら?」
「聞いたわ。なんだか美味しい料理を一緒に食べた話をね」
「それだけですわよね。いかにも何か詳しい情報を伺ったような雰囲気を出す必要無いのではなくて?」
「嘘は言っていないわ」
「何も聞いていないも同然なのは実質嘘だと思うのですけれど」
――繰り広げられる緊張感の欠片も無い会話に、折角の警戒心がなんか薄れていく。
なんなんだこの二人。俺に用があるのかないのか。俺はどうすればいいのか。
脱力を覚えつつ、背を向けて話しだしたフューフィルに、仕方なしにこちらから尋ねることにする。
「あの……お二人は一体どういった……?」
どうにも曖昧になってしまった問い掛けに、フューフィルは思い出したようにこちらを振り返ると、朴訥とした調子のまま言い放った。
「『聖王』フィーノ。私達は、魔王の仲間の趣味……いえ要望で、南部への転送道具の動作確認ついでに貴女を偵察に来たの。もちろん、隙あらば襲撃するつもりで。でも見つかってしまったみたいだから観光だけして帰ることにするわ」
…………。
何だって?
「ばっ……ぜっ……全部バラす馬鹿がどこにいますのっ!?」
ラヴァリッサが慌てて立ち上がりフューフィルへ詰め寄る。
「いいじゃない、隠さなくても」
「隠さない利点が何一つ見当たらないのですけれどっ!?」
新手の冗談なのか本気なのか。悪びれず淡々と言い返すフューフィルの肩を、声を裏返らせながら揺さぶるラヴァリッサ。
その必死な様子が、むしろ今聞いた信じ難い言葉への真偽の裏付けになってしまっている。
即ち。
「えっと……つまり、お二人は俺を狙ってきた敵ということで……その、本当にいいんですか?」
聞く限りではそうとしか思えないのだが……二人のあまりの敵意の無さに、つい確認するような訊き方になる。
もちろん応戦する心構えは捨てていない。いつでも抉界戟を抜く準備はできているが。
「いっ……いえ、私達はただの通りすがりの観光客。この子の先程の言葉はただの冗談や妄言の類と思って適当に聞き流して下さって……」
「ただの観光客はこんな森の奥を通りすがらないと思うわ」
「フューーフィルぅーー!?」
どうにか取り繕おうとしたラヴァリッサの意図をあっさりと台無しにし、再度両肩を掴んで揺さぶられるフューフィル。実は旅芸人か何かなんじゃないのかこの二人。
もうどうしていいかわからず成り行きを眺めているところに、背後から不機嫌そうな声が掛けられた。
「何を盛り上がっているのか知らないけれど、早いところ倒すなり放置して帰るなり決めてもらえない? フィーノ達と違ってあたしには時間制限があるんだから」
振り返ると、困り顔のアステルに抱きかかえられたままのロティの姿がすぐそばにあった。
向かっていったままいつまでも動きが見えない俺に痺れを切らしたのか、急かしに来たらしい。
といっても、逐一妙なノリを挟んで話を進めてくれないのは向こうなんだけど。
困惑しつつ、もうちょっと待ってとロティとアステルに断りを入れる。
術構成の最適化だか何だか、ロティの顕現時間は最初の時に比べれば幾分か伸びたようだが、それでもさほど長いわけではない。折角の食事の前に時間切れを起こすことを危惧すれば、焦る気持ちはわかる。
そのためにも、早いところこの二人をどうにかしなければ。
再度正面に向き直った俺の前には、何やら目を輝かせたフューフィル。
俺ではなく、その後方――どうやらロティを見ているようだが。
「可愛いお子さんね。貴女によく似ているわ」
と思っていたら飛び出したのはそんな言葉だった。
「だから違うって。なんでそうなるんですか」
そもそもこんなでかい子供がいる年齢に見えるのか俺が。
否定する俺に、背後から口を挟んでくるロティとアステル。
「むしろあたしの方が親よ年齢的にも」
「それも尚更違うだろ。ややこしくなりそうだからロティはちょっと黙ってて」
「そうですよ~ロティちゃん。静かにフィーノ様のお仕事を見学してましょうね」
「あら、そちらは奥様かしら?」
「それは無いです」
……自分の時は即座に否定するんだアステル。
しかしまずい。状況が混沌としてきた。
ただでさえあの二人への対応がややこしいのに、アステルとロティまで加わっては確実に収集がつかなくなる。
どうにかうまく話を前へ進めないと。まだフューフィルとラヴァリッサの真意もよくわかっていないのに。
いや、真意自体は思いっきり聞いたけどあまりの突拍子の無さに理解が追いついていないというか。
かぶりを振り、とにかく事態を落ち着けようと一旦フューフィルに声を掛けようとする。
そこに、先んじてフューフィルの方から話しかけられた。
「そういうわけだから、私達は美味しいものを食べて帰ろうとしているところなのよ。『聖王』、貴女どこかいいお店を知って……」
と、どういうわけなのかわからない事情を急に喋り始めたところで――、
「……あら?」
「えっ?」
ふらりと、フューフィルの体が傾いた。
そのまま正面から地面に倒れ込みそうになったところを慌てて抱きとめる。
「ちょっ……大丈夫ですか?」
「え、フューフィル貴方どうなさっ……」
と、心配した様子でフューフィルの傍に駆け寄ろうとしたラヴァリッサも、そのまま倒れた。
そちらは流石に助けが間に合わず、地面に直接倒れ伏してしまっている。
「へっ? どっ、どうしたんですか大丈夫ですか顔から行ってませんかっ!?」
アステルがロティを離し、慌ててラヴァリッサを抱き起こした。
髪が下敷きになったようで、辛うじて顔に傷がついてはいないようだったが、その髪と服は土にまみれている。
そしてその顔色は見るからに悪く、体もぐったりとしていた。
フューフィルも恐らく自力で立てない状態なのだろう。俺が支えていないとそのまま崩れ落ちそうだ。
二人して一体急にどうしたというのか。
俺の胸元に伏せられてよく見えないが、恐らくはラヴァリッサと同じような状態になっているものと思われるフューフィルの顔。
そこから辛うじて、細い声が聞き取れた。
「…………お腹空いた。もう無理」
……あぁ、うん。そういう。
どうやらラヴァリッサから同じような言葉を聞いたのであろう、困惑と安心が混ざったような表情のアステルと目が合った。




