5 椅子の値段
導祇という祇心の事。
俺がこの世界に来た時からずっと、この体の中に存在した事。
陰から色々と、俺達の旅路に助言を与えてくれていた事。
俺とロティで代るがわる、交互に補足し合うようにしてその辺りについての話を伝え終えた頃。
アステルは食卓に突っ伏して寝ていた。
「……難しかったかしら、話」
「単にもう満腹だったからじゃないかな……」
話の途中からうつらうつらとしているのは気になっていたが、どうやら最終的に眠気に耐えられなくなったらしい。うなだれたと思ったらそのままゆっくり食卓に頭を預け、そのまま寝息を立て始めたのだった。
その様子を横目に眺めつつ、俺はロティと、途中からこちらへ移動してきたミュイユと一緒に酒杯を傾けていた。
食卓の椅子は四つしか無い。遠慮したのか単に酒とつまみを移動させるのが面倒だったのか、ゼオは少し離れた居間の低い長椅子に腰掛けたまま話を聞いていた。
説得が成った、というよりは単に対象を排除しただけのような結果になってしまったが、ともかく止める者がいなくなったため、改めて俺はロティに酒を用意した。
少なくとも酒に弱いということはないらしい。
ロティが言うには、
「信仰の形態によっては酒を祇心に供える地域もあるでしょう? 概念的にはそれらをずっと飲んでいたようなものだから。酒に弱くて祇心は務まらないわ」
との事だった。正直何を言っているのかはよくわからない。
ロティは最初の一杯を嬉しそうにあっさりと飲み干すと、
「果実由来かしら、随分と甘みが強いわね。もっと衣揚げに合いそうなものは無いの?」
などと別種を要求してきやがった。
ロティの前には、少しばかり残された衣揚げ。
ゼオに許可を貰い、俺は先程のやたら苦い褐酒の瓶を開けた。
ロティの杯と、ついでに自分とミュイユにも注ぐ。
ロティは、「はぁ~……イイわこれ」などと妙に貫禄ある感想を呟きつつ、衣揚げと共に褐酒を呷った。三度も揚げたからだろうか、少し冷めたようだが、衣揚げはまだサクサク感を保っているようだった。
眠ったアステルを囲むような形で、三人で酒を飲む奇妙な光景。
そのうち二人が子供のような容姿をしていることが、奇怪さに輪をかけていた。
まぁその二人こそがこの場の年齢上位二名ではあるのだが。
なお俺の年齢については、計測不能ということで身分証では空欄になっている。虚躯基準だと百歳は軽く超えるが、この地に生まれた時間から計ると一歳未満になる。どちらにしても不自然なので聖王特権ということで未記入を許してもらっていた。そんなとこで使っていいのか特権。
「それにしても、これが導祇ねぇ。普通に人型してるもんなんだ。何度見ても小さいフィーノにしか見えないけど」
「あなたにだけは小さいとかなんとか言われたくないわね。それにさっきも言った通り、この姿は本来のあたしのものじゃないんだから」
小さい二人が何やら言い合っている。
結局、何故ロティがこんな姿で顕現したのかはわからないままだった。
術の構成に何か問題があったんじゃないかという話にもなったが、何せ全く前例の無い術。検証のしようも無かった。
本来の姿とやらがどんなものなのか気にはなるが、一旦はこれで諦めてもらおう。
「で、ずっと陰からこっそり見てたんだ。他人の答案を覗くのとかに便利な感じ?」
「祇心を試験の不正行為に使わないでほしいのだけれど。そもそもあたしが視界として認識できる範囲はあくまでフィーノ基準の……あら?」
と、喋りかけたロティの体が、不意に白い光に包まれた。
全身から輝く粉雪が噴き出すようなその光景は、何だったか、幾度となく見覚えのあるものだった。
「あ……時間切れか」
ぽつりと言ったミュイユの言葉で思い出す。
そうだ、これはミュイユの術による再現物が消える様子。投げ放った剣の類がその姿を失う時と同じだった。
「えっ、ちょっと待って。早すぎないっ!?」
「むしろだいぶ保った方だと思うけど。本来数秒しか持続しないからねその術」
慌てるロティに淡々と答えるミュイユ。
「知ってるわよ! だから主体権をこちらに持たせるように改変して消費を……いえそんな事よりっ!」
と、目の前の皿に手を伸ばすロティ。
その手にした三叉串が衣揚げに届く寸前――ロティの体は、細かな光の粒に弾けて消えた。
残されたのは、衣揚げの最後の一欠と半分ほど飲み残した褐酒。そして食卓の静寂。
しばしして、ミュイユがぽつりと口を開く。
「……じゃ、それアタシがもらおうか」
「うん、どうぞ」
《どうぞじゃないわよ! それっ! あたしが楽しみにっ!》
聞き慣れた、頭の中に響く声。
それを聞き流しつつ、俺はミュイユの方へ皿を寄せた。
「お、なんかカリッと感増しててこれも美味しい」
《あぁー……あたしの…………》
小気味よい咀嚼音にロティの悲嘆が混ざる。
「ちなみにさ、もう一回呼び出せばいいんじゃないのか?」
尋ねると、ミュイユは首を横に振る。
「顕鏡ってそう何度も繰り返して使えるものじゃないからね。ロティに負担を半分以上投げた上でなのに疲労感すごい。今日はもうやりたくないね」
「術自体も改変が入ってるからねぇ。もう少しうまく構成しないと、下手するとロティ君の実体化と引き換えにミュイユ君が倒れかねないかな」
ミュイユの返答にゼオも続いた。
「そっか、じゃあ仕方無いな。まぁそもそもの目的だった引き合わせは済んだし……」
《諦めないわよ。こうなったら、導祇の全権能を駆使してでも術の安定を確立させる方法を探してやるから》
何やら不穏な決意を口にするロティ。
そこに、今更目を覚ましたらしいアステルが寝ぼけたような声を上げた。
「……あれ……ロティちゃんはどこへ……?」
「ロティなら帰ったよ。アステルも、寝るなら部屋に戻ってちゃんと休んで」
促す俺に、ふぁい……? と首を傾げつつ居間を出るアステル。
それに倣うよう、ゼオとミュイユも自室へと帰っていった。
それらを見送り、俺は食卓に残された食器類を流しへ運ぼうとする。
ロティが使っていた杯を持ち上げようとして、その中にまだ濃褐色の液体が半分残っているのが目に入り――一瞬だけ悩んだ後、一気にそれを飲み干した。
ロティからの反応は無かった。
空の杯を流しに置き、洗うのは明日でいいかと俺も自室へと向かう。
喉に残った苦味を感じながら、俺は工業区の家具屋の場所を思い浮かべていた。
……椅子っていくらくらいで買えるものだっけか。
これから増えるかもしれない食費と併せて、出費の不安が酔った俺の頭を苛んだ。




