4 揚げ焼き程度で良かったのに
祇心とは、本来自然現象や概念として遍く存在する超常存在。
食事を必要とするようなモノではない。
祇心にとって必須の栄養素とは人々の信仰という形の無い物。
生存のために口から何かを採り入れるような事はしない。
かつて俺にそう語った張本人であるロティは、今俺達の目の前で美味そうに枯蓄鳥の衣揚げに齧りついていた。
どうやら、実体を得てしまったがために、存在維持のため急遽人間と同じ形式での栄養摂取が必要となってしまったようだ。
ロティ自身にも想定外の現象だったらしく、空腹という状態に戸惑っていた。
まぁ祇心の実体化なんて恐らくこれまで誰も試したことのなかった行為。俺とロティの関係だから起こり得た特例中の特例みたいなものだ。
いくら博識なロティといえど、知り得なくても流石に仕方無い事だろう。
それはそれとして、別に美味いものを要求する必要性は無さそうなものだが。
突如空腹を訴えたロティは、残り香からか、夕食に俺達が食べていたのと同じものが欲しいと駄々をこね始めたのだ。
祇心としての威厳や誇りはどこへ投げ捨てたのか、その幼い外見に似合い過ぎる我が儘を振りかざすロティに、俺はしぶしぶ明日の朝食用に分けておいた小粒の衣揚げを温め直したのだった。
野菜と一緒に焚砕麦に挟んで食べるの、ちょっと楽しみにしてたのに。
「それにしてもほんっと美味しいわね。ざくりとした衣の奥から柔らかな肉が現れる食感の対比も楽しいわ。あなた達、あたしを差し置いてずっとこんな素敵なもの食べてたのね」
食卓に座り、妙に理屈っぽい感想と共に衣揚げを貪るロティ。その様子を、向かいに座ったアステルが何やらにこやかに見守っている。親か。
図らずも三度揚げすることになったため、俺達が食べた時よりも更に衣の歯応えが増しているようだった。先程より少し硬質な咀嚼音が食卓に響いていた。
明日の楽しみを奪われたのは少し癪だが、料理を褒められて悪い気はしない。
が、それはそれとして。
「差し置くも何も、呼びようが無かっただろ今まで。意図して除け者にしたような言い方されても困る」
「いえ、実体化に必要な要素は全て既に揃っていたわ。こういうものをあたしにちゃんと捧げる意志があったのなら、もっと早くに気付けたはずよ」
「食べたい意志があったならもっと早く自分で気付けただろ。今まで一度も食事したいなんて言わなかったじゃないか」
「そこはうまく気を効かせなさいよ。こんなに美味しいだなんて知らなかったんだから」
無茶を言うな。
言い返す代わりにひとつ首を振り、俺は台所で酒杯に口を付けた。
揚げ直す間なんだか手持ち無沙汰になったため、何気なく甘口の果酒をおかわりしていたのだ。
夕食時に褐酒を飲んだところだが、まぁたまにはいいだろう。寝酒ということにしておこう。
……ゼオが伝染ってる気がしないでもないが。
自嘲するように息をひとつついた時、ふとロティがこちらを見ているのに気付いた。
俺の手元の瓶と酒杯を何やらしげしげと眺めていたかと思うと、おもむろに、
「フィーノ、それあたしにも一杯くれるかしら」
などと言い出した。
「それ、って……この酒か? 別にいいけど、」
「駄ー目ーでーすーーっ!!」
頷いてロティ用に杯を用意しようとした俺の言葉に、必死な様子の大声が被さった。
アステルが、椅子から立ち上がって前のめりになりながら、俺を制止していた。
かと思うとロティに向き直り、
「ロティちゃん、あれお酒ですよっ! わかってるんですかっ!?」
と詰め寄る。
「わかってるから要求したのだけれど」
「駄目ですわかってませんっ! あれはもっと大人になってから嗜むものなんですっ!」
「多分あなた達の誰より圧倒的に年上だと思うわあたしが」
「子供はみんなそう言うんですっ!」
「どんな大人ぶりたい子供も自分が年上とは主張しないんじゃないかしら……」
異様に頑ななアステルに困惑し、助けを求めるように俺を見るロティ。
そんな目を向けられても困るんだが。
でもまぁ、とりあえず助け舟を出してやるとする。ロティが飲んだとこ見てみたいし。
「えっと、とりあえず落ち着いてくれアステル。ロティは見た目通りの年齢じゃない。本人が言ってる通り、俺達より遥かに年上だから。ミュイユみたいなもんだと思って欲しい」
「その言い方だとアタシが老婆みたいじゃない?」
「じゃあミュイユちゃんもお酒禁止ですっ!」
「なんでさ」
酷いとばっちりに居間からミュイユの抗議とゼオの苦笑が聞こえる。
しかし、これではロティに酒を飲ませられない。
どうにかアステルを納得させる方法は……。
「……あ」
そこで、そもそも俺はロティ――導祇というこの存在についてまだ特に説明していなかった事を思い出した。
そうだった、ロティが空腹だどうだと言い出した後、そのまま何を食べるとかの話になってしまったため結局紹介も何もできていなかったのだ。
そりゃ誤解も解けないというもの。いや俺の子供だとかいう方面に誤解するのは意味がわからないが。
「あー……アステル、ちょっといいか?」
「ちょっとでも駄目です」
「……いやそうじゃなくて」
頑固な態度を崩そうとしないアステルに、俺はおずおずと切り出した。




