3 姿なき声の姿
それは、眠るように閉じていた目をゆっくり開くと、自身を囲んで見下ろす二つの顔を交互に眺めた。
そして、跳ねるように飛び起きる。
慌てて一歩退いた俺とミュイユの間で立ち上がると、得意気に胸を反らしながら、俺を見上げて言った。
「んっふふ……成功したようね。ある意味では初めましてね、フィーノ。どうかしら、あたしの真の……美貌……」
と喋りだしたところで、違和感に気付いたらしい。
俺を見上げる顔に皺が寄る。
「……フィーノ、あなたなんだか異様に大きくないかしら? いえ、胸のことではなくて」
余計な訂正をしなくてもわかるけどさ。
ただそれは恐らく俺の背が高いわけではなく……。
「…………待って」
それ――顕現したロティと思しき人物は、自身の両手と体を見下ろし、振り向いてミュイユを見る。
無言で顔を見合わせた後、ロティは再度自分の体を確かめるように見下ろすと、居間の隅に立て掛けてあった姿見へ慌てて駆け寄った。
そして鏡に映った姿を見て――、
「……ちょっ……なっ…………何よこの体ぁーーッ!!?」
「小っちゃいフィーノ様だーー!! かっ……きゃわっ……可愛いぃーー!!」
ロティの絶叫と、それに被さるアステルの黄色い歓声が同時に居間に響き渡った。
「で、どういう事なのか説明してもらおうかしら」
と、ひどく不満げな表情でロティが言った。
俺とミュイユを睨みつけているようだが、アステルの膝の上で抱きかかえられた格好では威厳も圧もあったものではない。
反応に困りつつ、俺は横目にミュイユを見る。
ミュイユは困惑したように首を振って答えた。
「いや、知らないし。アタシは外見までは操作なんてできないから。むしろこっちが説明欲しいんだけど」
その言葉に嘘は無いのだろう。
『顕鏡』はあくまで再現と召喚の術。対象の外見をどうこうする効果は含まれていない。
しかし、ならばこれは一体何なのか。
実体化したロティの姿は何故か、外見の特徴としてはおおよそ俺と似通っていた。
肩を越すくらいの、銀の髪。俺のものよりは短く、またわずかにくすんだ色合いに見える。
その特徴的な紅い先端は、少し癖が強いのか、外向きに軽く跳ね広がっている。
不愉快そうに半分閉じられているその目には、やはり俺と同じ、髪の先に似た真紅の瞳。
その顔や手から窺える肌の色は、血色が良さそうとでも言うのだろうか、俺ほど極端に白くはない。
細部は違えど、ほぼ虚躯と同じと言って間違い無い容姿だった。
ただ一点――明らかに幼い子供にしか見えない、という決定的な差異を除けば。
俺と比べ、極端に低い身長。
ミュイユと同程度か、下手すると若干低いかもしれなかった。
手足の細さが更にその印象に拍車をかける。
先程のアステルの言の通り、ロティの外見への総括的な表現とするならまさに、小さな俺だった。
俺をそのまま子供にしたような人物が目の前でアステルに抱えられている光景は、なんというか……正直気味が悪かった。
ロティの様子から察するに、これは本来の姿ではなく、何かの間違いで虚躯に引き摺られた容姿に顕現させられたようだが……。
「駄目ですよーロティちゃん、ご両親からもらった体に文句言っちゃあ」
「文句の一つも言いたくなるでしょうっ!? なんでこんなに小さく……いえ、待ちなさいアステル。何よ両親って」
椅子に座ったアステルの膝の上でじたばたと暴れていたロティが、ふと振り返り訝しむように尋ねた。
ロティを背後から抱いた――というか胴をがっちり固めたアステルが、いやに眩しい笑顔でその問いに答えた。
「だってフィーノ様とミュイユちゃんの子供みたいなものですよねっ!」
「違ぇわッ!!」
「なワケ無いでしょうっ!?」
「なんかもう全部違う」
一斉に否定の声が飛んだ。
浴びせられた三人分の異議にきょとんとした様子のアステル。
「え、でも」
「でもじゃないから間違ってるから根本的に」
何を返す言葉があるのか、まだ何やら言いたげなアステルを制し、俺は嘆息しつつ改めてロティに向き合った。
術で顕されたものでありながら、どこか造り物めいた俺のものよりよほど生身の生き物らしいその体を一瞥する。
そして未だ不機嫌そうな紅い眼を見つめて、話し掛けた。
「えっと……ロティ、でいいんだよな?」
ずっと一緒にいながらも、一度も顔を合わせたことのなかった奇妙な相方。
どことない気まずさを覚えながら、確認するような問い。
ロティはにやりと笑って答えた。
「えぇ。改めて、敢えてこう言うわ。――初めまして」
初対面の挨拶。
そして続ける。
「あたしは導祇。この地の『道』の象徴、転じて『導き』を司る祇心。こう言ってわかるかしら?」
それは、俺がロティと初めて会った時の言葉。その再現だった。
苦笑し、答える。
「……うん、全然わからない。元々よくわからなかったけど今は尚更だ。なんだよその姿。人の膝の上で大層な名乗りを上げられても反応に困る」
照れ隠しからの軽口に、格好の揶揄。
目の前の子供とあの尊大なロティの印象が、どうにもうまく結びつかないのは本当だが。
うるさいわね、と仏頂面をしてみせるロティ。
そこに、しばらく黙って酒を飲んでいたゼオがぽつりと口を挟んだ。
「……『導祇』、って、今そう言った?」
不可解そうに尋ねるゼオ、それを聞いて「あれ?」と首を傾げるアステルの様子に、ふと思い出す。
そうだった。そもそもは、俺がずっと避けてきたこの存在の説明という話だった。
ロティが実体をもって現れた今、詳しい話は直接本人から聞けるんじゃないか。
そう思ってロティに目を戻すと。
「ふふ、よくぞ訊いたわ。……ほら離しなさいアステル」
ロティは得意満面でアステルの腕を振りほどくと、立ち上がり、居間の中央で俺達に向き直った。
そして、高らかに言い放つ。
「そう、あたしは導――」
ぐうぅ~、と。
何やら盛大に語ろうとした直後、その声は妙な音によって掻き消された。
居間に満ちる沈黙。
顔を見合わせる俺達。
……なに今の。腹の音? みんなさっき食べ終えたところだろ。
いや、違う。音の出どころは食卓を囲んだ四人ではなく。
「……フィーノ」
四人の視線を集めながら、ロティは神妙な、そして心底意外そうな表情で、俺に向かって言った。
「大変よ。お腹が空いたわ」
「…………は?」
導祇の名乗りを遮ったのは、他ならぬ導祇自身による空腹の訴えのようだった。




